♯19 白河さんの敵情視察 後編

「「「えっ!? どれどれ!?」」」


 作業場にいる全員の視線が売り場に降り注ぐ。


 し、しまったー……。


 この雰囲気に耐えられず、余計なことを言ってしまった。


 普通に恥ずかしい。自分の顔が赤くなっているのが分かる。


「あの清楚系の女の子? やっばー、めちゃくちゃ可愛くない?」


「チーフってああいうほんわか系が好きなんだぁ。可愛いー」


 みんながそれぞれ感想を言っていく。


 地獄みたいな状況から、更に地獄を自分で呼び込んでしまった。


綾瀬あやせさん、あれが俺の彼女でして――」


 やっちまったのは仕方ない。

 こうなったら開き直って、綾瀬あやせさんにちゃんと説明しよう!


「だ、だから江尻えじりさんと付き合っているわけでは」

「わぁああ……」


 綾瀬あやせさんが、汐織しおりのほうを見ながら変な声を出している。


「あ、綾瀬あやせさん?」

「あの服、可愛い~」

「服?」


 汐織しおりの今日の服装は、真っ白なパーカーに濃いブルーのロングスカートだ。ぶっちゃけよく見る服装である。


「分かります! ああいう着飾らない服装って似合う人じゃないと中々厳しいですよね」

「うん、ああいうナチュラルなコーデ憧れるなぁ」


 何故か綾瀬あやせさんと江尻えじりさんが仲良さ気に会話をし始めた。


「あれって、元が良くないとできないよね」

「ですね~、私は怖くてできないです!」

「私も」


 急におしゃれについて会話をはずむ二人。この二人が日常会話しているところを初めて見た。


 それにしても早く汐織しおりのやつ、鮮魚売り場から出ていってくれないかなぁ。本人は気づいていないみたいだけど、みんなの視線が釘付けになっているんだよ。


「!」


 あっ、汐織しおりが俺たちの視線に気がついた。


 作業場に向かって、ぺこりと丁寧に頭を下げている。


「あっ、私にお辞儀した」

「馬鹿ッ! 俺にだよ俺!」

「なんで三郎さぶろうさんにお辞儀するのよ!」


 刺身チームと三郎さぶろうさんがへんてこな会話をしている。


 早く行け! 晒しものになっているぞ!


 汐織しおりにそんなアイコンタクト送ってみる。


 ……が。


「!」


 汐織しおりが俺の視線に気がついて笑顔になった。


 ぴょこぴょこと嬉しそうに小さく飛び跳ねている。


 違う違う違う違う違う。


 そうじゃなくて、見世物になっているから早く行けって言ってるんだよっ!


「チーフ、行かなくていいの?」


 三郎さぶろうさんがトンと俺の肩を叩いてきた。


「行ってあげなよ」

「そうだよ、行ってあげなよ」


 女性陣からもそんな声が聞こえてくる。


「いやこの前の件もあるので……」

「行ってあげてください」


 綾瀬あやせさんにもそんなことを言われてしまった。




※※※




「あっ、大和やまとさん」


 売り場に行くと、すぐに笑顔の汐織しおりに出迎えられた。


「か、買い物?」

「はい! ちゃんとしたお弁当の材料を買っておきたいなぁと思いまして」

「そっか」


 や、やりづれぇ……。


 鮮魚作業場から熱烈な視線を感じる。


「それと敵情視察もかねまして!」

「敵情視察?」

「サブチーフって、さっき大和やまとさんの後ろにいた人ですよね? 美人さんですね~。なにやら仲良さそうにお話してたのがとても気になりました」


 じとっとした目で汐織しおりが俺のことを見つめてくる。


「し、仕事の話だって!」

「はい、分かってます。それではお仕事の邪魔になってしまうので私は行きますね。桜でんぶも探さないと」

「桜でんぶ?」

「あっ、まだ秘密でした!」


 そう言うと、汐織しおりは俺に遠慮気味のあっかんべーをして鮮魚売り場から去っていった。




※※※




「ただいまです……」


 気が重くなりながら、鮮魚作業場に戻ってきた。


「チーフ! あの子とどこで知り合ったの!?」

「歳はいくつなの? 年下?」


 案の定、女性陣から質問攻めにされる。


「それはですね――」


 本当に困った。


 今日は失言が多い日だ。


 さっき江尻えじりさんの話をしていたときに、三郎さぶろうさんに同じ部門で付き合うなんてあり得ないみたいなことを言ってしまった。どの口が言ってるんだか。


「なんか、二人とも一生懸命なので応援したくなっちゃいますよねっ」


 返答に困っていたら、江尻えじりさんの声が聞こえてきた。

 後ろを向いて、いつの間にかちゃんと作業台で仕事を始めている。


「あっ、分かるー」

「彼女さんすごい健気な感じだったもんね」


 お刺身を切っていた、村上むらかみ市川いちかわ組も江尻えじりさんの様子を見て作業に戻っていった。


 あれ? もしかして助けてもらった?


 いや、この騒動自体、半分江尻えじりさんのせいだけどさ!


「いいですね! 一生懸命ってとてもいいことですよね!」

綾瀬あやせさん?」


 何故か、綾瀬あやせさんの目がきらきらに輝いていた。

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