♯20 白河さんと新歓コンパ

 四月の二週目。


 リニューアルオープンから二週間が過ぎ、店の喧騒も少しずつ落ち着いてきた。


 人間関係でごたつきはあったが、店の数字自体は非常に好調で推移している。


 我ら鮮魚部門も、売上は予算を予算を遥か超える額をキープ。

 あとは粗利をどう取るかが今後の課題にもなってくるだろう。


 これからゴールデンウィークが待ち構えているが、一旦はオープンで疲れた体を休める時期に入ったと考えてもいいと思う。


「あの店だよな?」


 そんな仕事終わりの二十時半過ぎ。


 俺はとある場所に向かっていた。


「九時に終わるとは言ってたけどなぁ」


 今日は汐織しおりの新歓コンパの日。


 話によると汐織しおりの大学は、一年生からゼミに入ることになるらしい。今日はその歓迎会らしい。


 車を走らせると、割とすぐに会場となっている居酒屋さんに着いたので、俺は入口から少し離れた駐車場に停車することにした。


 店舗こそ違えど、仕事の飲み会でも使ったことのあるくらい有名なチェーンの居酒屋さんだ。


「……」


 落ち着かない。


 ただの飲み会ならこんな気持ちにならないのに、新歓コンパと聞くとすごく嫌な気持ちになる。


 俺の心が汚れているだけなのかなぁ……。


 汐織しおりの交友関係を狭めたくないという気持ちもある一方で、今日は「行くな」と言いたかった気持ちもあったわけで。


「大学かぁ」


 俺は、高校卒業してからすぐに今のスーパーに就職した。


 華やかで、楽しそうで、とても活気があって、それでいてみんなで馬鹿をやれる最後の場所。


 それが俺が大学に対して持っているイメージだ。


 家の経済的事情から俺は大学に行かなかったが、実はほんのりと憧れもあった。


「あっ!」


 昔のことを考えていたら思い出してしまった!


 そういえば、ゴールデンウィークにうちの親がアパートに来るって言ってた。


(私だって大和さんのご両親にお会いしたいんですからねっ!)


 同棲する前に散々、汐織しおりにそんなこと言われてた……。


 嫌だなぁ、うちって白河しらかわ家みたいに上品じゃないから――。


「おっ」


 居酒屋の入口からぞろぞろ若い男女が出てくるのが見えた。


 汐織しおりのゼミの人たちかな?


 見た目は二十台前後くらいで、それぞれ若者らしいお洒落な服を着ている。


「うーん……」


 つい男のほうを気になって見てしまうが、見事にチャラい奴が多い。


 あいつらうちの汐織しおりに変なことしてないだろうな。


 無理にお酒を飲ましたりしていたら許さないからな。


 しばらく様子を見守っていると、汐織しおりも居酒屋の入口から出てきた。

 隣にはボッブカットの女の子もいる。なにやらとても親し気だ。


「あれが汐織しおりの友達連中かぁ」


 みんな表情がきらきらしている。


 俺って今二十四歳だっけ?

 仕事やっていると年齢の感覚が飛んでいくんだよなぁ。


 つい車のルームミラーで自分の顔を見てしまった。


 仕事終わりだからか、随分くたびれているように見える。


「なんかやだなぁ」


 弱気な台詞が勝手に口から出てしまった。



プルルルル


 

 携帯が鳴った。


 このタイミングはきっと汐織しおりかな。


 携帯の画面を見ると、ただ一言だけメッセージが届いていた。


 “大和やまとさん、助けて!”




※※※




「いいじゃん! 白河しらかわさんも二次会行こうよ!」

「す、すみません! もう迎えが来ているので!」


 車から降りて、入口にたむろっている集団のところまで歩く。


白河しらかわさんのお友達も二次会に行くよね?」

「わ、私もそろそろ帰らないと……」

「えぇー! 女の子が来ないとつまらないじゃん!」

「で、でもぉ!」


 汐織しおりの友達も男連中に手を引っ張られている。


「ね、白河しらかわさんも――」

「おい」


 茶髪の男が汐織しおりの手を掴もうとしたので、俺は咄嗟にでそいつ手を掴み上げてしまった。


「え?」

「その子、俺の女だから」

「えっ!? だ、誰!?」


 いきなり知らない男に掴まれて、お酒で赤くなっていた茶髪の男の顔が一気に青ざめていく。


「私の彼氏ですッ!」


 汐織しおりが、勢いよく俺の腕に組みついてきた。



「「えぇええええ!? 白河しらかわさん、彼氏いたの!?」」



 周囲がドッと驚きの声で包まれる。


「マジ!? 年上!?」


「うわー、意外。真面目そうに見えたのに」


 なんか好き勝手言われてるな。

 俺は、こういうのに慣れているからいいけど……


大和やまとさん、もう行きましょう」

「うん。友達も送ってく?」


 一緒にいた汐織しおりの友達をチラッと見る。


「小林さん、一緒に帰ろう?」

「私もいいの!?」

「もちろんです!」


 小林さんと呼ばれた女の子が、汐織しおりと一緒に俺の後ろをついてきた。


 小林こばやしさん……?


 なんかうちの部門にも同じ名字の人いた気がするんだけど……。

 



※※※




白河しらかわさん! なんで今まで彼氏いること教えてくれなかったの!?」

「だ、だって、入学してからまだちょっとしか経ってないですし……。そういうの、自分で言うのはまだちょっと恥ずかしくて……」

「もー! 全然、言ってくれて良かったのに! しかも超かっこいい彼氏さんじゃん!」

「そ、そう? えへへへ」


 後部座席からガールズトークが聞こえてくる。


 汐織しおりが同世代の子と話しているのを初めて見た。


 くだけた感じではあるが汐織しおりって友達にも敬語なんだ。


 汐織しおりに大学の友達ができてほっとしている一方で、俺の心はさっきとは違う焦燥感でいっぱいになっていた。


 小林さん……? いやいや、割と身近な名字だしまさかな。


「私も一生で一度で良いから“俺の女”だって誰かに言ってほしぃー!」

「そう……かな……?」

「もうキュンときちゃった! キュンって!」

「えへ、えへへ……」


 やばい、やばい、やばい。


 普通に恥ずかしくなってきた。


 嫉妬やら大学生に対する羨望やらでらしくないことを口走ってしまった。


 最近、失言多くないか俺!?


「彼氏さん、何歳なの!?」

「い、今は二十四歳かな」

「大人ー! 歳の差憧れるぅー!」


 今は、小林さんを家まで送っていってる真っ最中だ。


 どんどん俺が働いてるスーパーに近づいていく。


「彼氏さん! 私、小林こばやし絵真えまって言います!」

「う、うん」

「助けていただいて本当に助かりました!」

「き、気にしないで」


 ハンドルを握っている手が汗でびっしょりになっている。

 心なしかあの人の面影があるような気がする。


白河しらかわさん、今日のゼミはやめておかない? 男の人たち怖かったし」

「うん、私もそう思いました」

「かっこいい人いなかったしね!」

「そんな目でゼミ見て回ってたの!?」

 

 小林さんに案内されるがまま車を走らせていると、俺の働いているスーパーが見えてきた。


「あー! あそこのスーパーで私のお父さん働いているんですよ! お魚切ってます!」


 確定じゃねーか!


 この子、うちの部門の小林こばやし三郎さぶろうさんの娘さんだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る