♯17 初めての喧嘩?

「ごめんなさい」

「ぷんぷんです。今日の私は怒ってますからね」


 家に帰るとすぐに不機嫌な汐織しおりに出迎えられた。

 理由は聞くまでもなく、絶対に今日のあれだろう。


「確かに江尻えじりさんには良いって言いましたよ! でももう一人がいるとは聞いてませんが!?」

江尻えじりさんには言ったんだ……」

「少しは正妻の余裕を見せたくてですね! それに大和やまとさんの栄養バランスは気になってましたから!」


 せ、正妻って……。


 汐織しおりが包み隠さずそんなことを言ってくる。いつもの汐織しおりなら恥ずかしがって絶対にそんなことは言ってこないのに。


「で、お弁当は二つ食べたと? そのサブチーフと江尻えじりさんのと!」

「二人ともせっかく作ってくれたわけなので……」

「私のは断ったくせに!」

「それに対しても申し訳ないなぁという気持ちはありまして……」


 何故か敬語になる俺。


 ここまで汐織しおりのほうが強くなるのは初めてではないだろうか。


 今日はお昼に二人分のお弁当を食べたのでお腹いっぱいになってしまった。


 夜ご飯はとても食べられそうになかったので、事前に汐織しおりにはそのことを携帯で連絡しておいたのだ。


 ちなみに、初めて既読スルーされた。


「まだリニューアルオープンしてから半月も経ってないのに! 全然油断できないじゃないですか!」

「でも、俺ちゃんと彼女がいるって言ったから!」

「むぅ……」


 汐織しおりがいまいち納得していない顔をしている。


 どうしよう。同棲してから初めての喧嘩? かもしれない。


「やっぱり、大和やまとさんのお弁当は私が作りますからね」

「いや、それは朝早いから大丈夫だって――」

「問答無用です」

「はい」


 こ、ここは素直に言うことを聞くしかない。

 俺はただ汐織しおりの負担を減らしたいだけだったのだが。

 

「大体ですよ! よく考えたら江尻えじりさんもお仕事しているわけじゃないですか!」

「そ、そりゃあ……」

「その江尻えじりさんにお弁当を作ってもらうと言うのもおかしな話でした。逆に私が作らないといけないくらいでした」


 冷蔵庫の中身を確認しながら、汐織しおりが声を荒げている。


「うーん、全然食材がないですね。ちょっとお買い物に行ってきます」

「今から!?」

「はい」


 時間は夜の9時。

 汐織しおりが財布を持って、買い物に行く準備をし始めた。


「いいって! 今度からで大丈夫だよ!」

「行きます。今ならぎりぎりお店に間に合いますもん。それに値下げの商品がいっぱいあるかもですし」

「いや、この時間まで売れ残っている商品って――」

「なんですか!?」

「なんでもない!」


 しまった、職業柄余計なことを言いそうになった。


 閉店間際まで残っている値下げ商品って、50%引きどころか70%引きになっても売れないダメダメな商品なのである。


 廃棄まっしぐらの商品、それを汐織しおりが意気揚々と救い出そうとしている。


「大丈夫ですよ、大和やまとさんはお疲れなんですからゆっくり休んでてください」

「心配でゆっくりできないから!」


 そう言って、俺も急いで買い物に行く準備をすることにした。




※※※




「……」

「……」


 台所には赤札が貼られた商品が並んでいる。


 50%引きになっているイカの塩辛。


 70%引きになっているカット大根が複数。


 もはや定額50円で売られていた色が変色したバナナ。


 そして、10円で売られていたたいの頭とアラ。三郎さぶろうさんが切った鯛が見るも無残な姿になっている。姿的にも金額的にも。


「これでなにを作ればいいんですかーー!?」

「だから値下げの商品を片っ端から買うのは危険だと」


 汐織しおりが頭を抱えてうずくまってしまった。


 捨てられるのは可哀想だからと、どんどんお買い物カゴに入れていくものだから結構な量の買い物になってしまった。


 価格は申し訳なくなるくらい安かったが、その悪癖は早く直してあげたほうがいいかもしれない。


「塩辛のお弁当はやだなぁ」

「うっ」

「あっ、でも江尻えじりさんに塩辛弁当は面白いかも! 汐織しおり江尻えじりさんに作ってきたって言ったらどんな顔するんだろう」

大和やまとさんって江尻えじりさんには容赦ないところありますよね」


 携帯をいじりながら汐織しおりが、いじけたような顔をしている。


「うーん、検索すると塩辛大根とか出てきますね。でもお弁当っぽくないなぁ」

「そんなにお弁当に気合入れなくてもいいって」


 汐織しおりと話ながら俺は、一緒に買ってきた冷凍食品を冷凍庫に詰め込んでいくことにする。こんなことになりそうな気がして、俺は冷凍食品を沢山お買い物カゴに入れておいたのだ。


「ご飯に冷食をチンしたやつで十分だよ。最近の冷食ってかなり美味しいし」

「でもなぁ、がっかりされたくないじゃないですか」

「がっかり?」


 汐織しおりがぼそっとそんなことを呟いた。

 前にも同じようなことを言われた気がする。


大和やまとさんの彼女として、ちゃんとしたお弁当を作りたいなって思うわけで」

「そんなの気にしなくてもいいのに」

「気にもします! 隙を見せたらすぐに攻めてきそう人たちが沢山いるので! たこさんウインナーは切れるようにしておきますからね!」

「なんで、今日の弁当の中身を知ってるのさ!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る