♯14 チーフになるための条件 後編
「ど、どういうことですか!?」
俺はそのまま話を続けることにする。
「ここ数日のお仕事っぷりを拝見しましたが、綾瀬さんって本当にすごいなぁと思いました」
「……」
「お仕事も丁寧だし、お刺身も俺より綺麗に切れてると思います。整理整頓だって行き届いています。多分、数字管理もしっかりされているんだろうなぁと思ってます」
「じゃあなんでですか?」
「……
「そんなの当たり前です! サブチーフとして、作業が円滑に進むように周囲に気を配ってます! 段取りもちゃんと考えてます!」
「違うよ。そういうことじゃなくて、ちゃんと一緒に働ている仲間の顔を見ているかってこと」
「えっ?」
今も本人に言ったが、
商品知識も豊富だし、売り場管理、在庫管理だってしっかりしている。
「多分、俺も含めて
「じゃ、じゃあ――」
「でもこのままだと絶対にチーフになれないと思います」
再度その言葉を繰り返す。
彼女の性格的に、はっきりと物申すのが一番良いと思ったからだ。
「チーフってね、お客さんのために売り場を作ればいいだけじゃないんだよ」
「スーパーの仕事を行う上で他に大切なことってあるんですか?」
「俺たちってさ、一緒に働いている仲間が働きやすい環境も作らないといけないんです」
「え?」
「だからさ、俺のことが気に食わないからって、
なるべく優しく
社員とパートさんとの違いをはっきりとここで伝えることにした。
「……俺、あんまり誰かにやめてほしくないんです。できるだけ楽しく仕事やりたいなぁって思ってます。作業場のみんな、意外におしゃべりですよ?」
「……」
この仕事のつらいところ、悪いところは十二分に知っているつもりだ。
だから、誰かが仕事をやめると聞いたときは絶対に引き止めることはしなかった。
――多分、綾瀬さんはこのままだと仕事をやめていってしまう。
自分の理想と周りとのギャップ。
実力はあるのに評価されない不満。
それは絶対にどこかで爆発するときがくる。
……俺は、ずっとスーパーの社員になんてなるものじゃないと思っていた。一年前は、仕事をやめることさえ考えていた。
そんな俺が、初めて誰かをやめさせないために全力で誰かとぶつかろうとしていた。
「
「……ごめんなさいよりありがとうですか」
「すみません、俺の方が年下なのにこんなことを言ってしまって。でも、本当に
俺の言葉に
チーフとサブチーフ。
うちの会社では早い人は入社から二年目にサブチーフに昇進する人もいる。そのまま問題なければ三年目にチーフというケースも少なくはない。
じゃあ、たかが二年目、三年目の社員が、今まで長年勤めていたパートさんよりも仕事ができるのだろうか?
俺は必ずしもそうではないと思っている。
じゃあ、チーフやサブチーフになれる人の条件とは――?
これは俺の憶測でしかないが、誰かに助けてもらえる人……誰かと一緒に仕事をやるのが上手い人、この人と一緒に仕事をしたいって思える人なんじゃないかなと思っている。
その意味では
「
「そ、それは本当に申し訳ないです!」
俺がしどろもどろになっていると、
「売り場の件は俺も気をつけようと思います。ダメなところがあったらまた指摘してください」
「……はい」
「
「善処します」
「よ、良かったぁ! 正直、作業場のあの雰囲気はしんどくて!」
「
「そうですか? うーん?」
お、俺こそそんなこと初めて言われたよ。
それにはっきり言うって……。どちらかというと、揉め事が起きないようにオブラートに包んで言うほうだったのに。
「……まぁ、ちょっとだけ心境の変化もありまして?」
「心境の変化?」
「前はこんな仕事はやるもんじゃないなぁと思ってたんです。でも、年齢も考え方も違う人たちと、同じ目標に向かって仕事をやるのはそんなに悪いものじゃないかなぁと思ったりしまして」
「……」
「いや、今も連日の早朝出勤にふざけんな! って気持ちはありますけどね」
「あははは、それは私もです」
この店舗に来てようやく初めて、
※※※
「
「い、いえ! 私も目上の人になんて口の利き方を――」
鮮魚作業場に戻ると、すぐに
(意外に素直な人……?)
「はいっ! じゃあこの地獄みたいな雰囲気はもう終わりです! 皆さん、お仕事頑張りましょう!」
仕切り直しの意味も込めて、両手をパチンと叩いて部門のみんなにそう告げた。
「あっ、チーフが地獄って言った」
「地獄へようこそチーフ」
「も~、息が詰まりそうだったよ~」
「私たちはその地獄にずっといたんですけどね~」
げっ、余計なこと言ったかも。みんなに茶化されている!
「
「ば、バイヤー……」
今回の一番の被害者は連日応援に入っていた
バイアーのおどけた様子に、作業場からはくすくすと笑いが漏れていた。
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