♯13 チーフになるための条件 前編

 リニューアルオープンから三日ほどが経った。


 売上は非常に順調。


 計画していた売上高よりもかなり良い数字を作ることができている。


「……」


「……」


「……」


「……」


 が、作業場の雰囲気は最悪だ。


 疲れがピークなのもさることながら、原因は間違いなくこの前の事件からだった。


「……」


「……」


 特に綾瀬あやせさんと江尻えじりさんの関係は日を追うごとに悪化していっている。今はもう完全に仕事のコミュニケーションすら取らなくなってしまった。


(……)


 俺が原因でもあるが、この雰囲気は部門責任者としても非常にまずい。


 少し作業の時間をもらって、俺はまずは江尻えじりさんと話してみることにした。


江尻えじりさん! ちょっといい?」

「は、はい!」


 品出しをしていた江尻えじりさんに声をかける。

 早朝出勤のかいもあって今日は作業的に余裕がある。そのままバックヤードの裏にある喫煙所まで一緒に行くことにした。二人ともタバコは吸わないが、ここはコーヒーを飲んだりする小休憩所としても使われている。


「この前はごめんね。忙しくて話をするのが今になっちゃった」

「い、いえ……」


 明らかに江尻えじりさんの元気がなくなってしまっている。

 いつものはつらつとした雰囲気がどこかにいってしまっていた。


「確かに私の態度は良くなかったと思いますが……」

「ううん、江尻えじりさんは俺のことかばってくれたんだよね」

「私、ちょっとカチンときてしまいまして! だって、あんなこと言われたらせっかく来てくれた白河しらかわさんが可哀想じゃないですか! そもそも私のしたことってそんなに悪いことですか!?」

「ま、まぁ綾瀬あやせさんにとっては知らない人だから……」


 一旦汐織しおりのことは置いといて、今回綾瀬あやせさんが問題視しているのは俺と江尻えじりさんの接客対応だ。


 ……俺は正直、お客さんの接客に正解はないと思っている。


 お客さんと距離が近い店員さんもいえば、ただマニュアル通りに接する店員さんもいる。


 それが嫌だと言う人がいれば、それが良いと言う人もいる。


 これはお客さんの受け取り方の問題なので、答えが出ない問題だと思っている。


江尻えじりさんを呼び出したのは、正直俺が謝りたかったからなんだ。本当にごめん」

「そんなことは……」

「まぁ、汐織しおりのときみたいにお客さんの前で抱きついたりとかはなしだと思うけど、江尻えじりさんの明るい接客は俺はとても好きだよ」

「……」


 そう言うと、江尻えじりさんが少し照れくさそうにして俺から視線を外した。


 これでちょっとは気が紛れてくれたかな?


 江尻えじりさんのことはよく知っているので、こんなことで彼女の良さを失わないで欲しい。


「さて、ちょっと綾瀬あやせさんともお話しないと!」

「な、なにを話すんですか!? 私、あの女嫌いなんですけど!?」

「は、はっきり言いやがったな」


 チーフとしての立場があるから大っぴらには言えないが、俺だってあの人は苦手だよ! 今の江尻えじりさんみたいに“あの女!”って言いたい気持ちだってある。


 でもそれじゃダメだ。


(部門員は家族……部門員は家族……)


 思いやりをもって接しないと。


「じゃあ江尻えじりさん、作業に戻って大丈夫だよ。売り場の前出し宜しくね」


 俺は江尻えじりさんにそう言って、今度は綾瀬あやせさんを呼び出すことにした。




※※※




「すみません、綾瀬あやせさん、。急に呼び出してしまって」

「いえ」


 さっきの江尻えじりさんと同様に、綾瀬あやせさんにも喫煙所に来てもらうことにした。俺の呼び出しで全てを察したのか、綾瀬あやせさんは完全に身構えている。


「とりあえず謝罪をさせてください。この前の売り場の件は俺も良くなかったです」

「……」

「実はあの人たちは俺が親しくさせていただいる方でして。江尻えじりさんはどちらかというと巻き込まれる形に――」

「でも江尻えじり風香ふうかさんの態度は良くなかったと思います」


 綾瀬あやせさんが俺の言葉をさえぎるようにその言葉を発した。

 明らかに一歩も引かないと姿勢を見せている。


「……江尻えじりさんはとても反省しています。もちろん俺もです」

「……」

「なので、これから話す話はこの件とはちょっとだけ切り離して考えていただきたいのですが」

「えっ? 別の話ですか?」

「はい、綾瀬あやせさんのお仕事に関しての話です」

「私?」


 すぅと少し息を吐く。

 俺は立場上は綾瀬あやせさんより上の人間かもしれないが、本当はこんなことを言いたくない。


 でも、今後このリニューアル店舗で働くために。


 ……綾瀬サブチーフがチーフになれるように、必要なことを伝えることにした。


綾瀬あやせさん、このままだとどんなにお仕事ができても絶対にチーフにはなれないと思います」

「えっ?」


 強張こわばっていた綾瀬さんの顔が、一瞬でびっくりしたような表情に変わった。


 作業場の雰囲気って、長年勤めている人がいればいるほど悪い意味で変わりづらい。


 でも、今はリニューアルオープンして日が浅い……。


 この店舗の鮮魚部門が変わるなら今しかないと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る