♯7 鮮魚部門の江尻さん

「水野チーフは利益管理どうしているんですか?」

「利益管理?」

「はい、前の店舗ではしっかり結果を出していたと聞いています!」


 うわー、すごいやる気まんなんな人だ。


「別に変わったことはやってないですよ。毎日の差益表をかかさずつけているくらいです」

「あー、伝票ためて入力する人いますよね。前のチーフがそうでした」

「……」


 お、俺はなんて言えばいいんだよ。


 うちの会社では、店舗にいる事務員さんが各部門ごとに仕入れ額が書かれた伝票をファイルに整理することになっている。


 社員は、売買差益表と呼ばれるエクセルデータにそれを入力する決まりになっている。


 毎日の売り上げと毎日の仕入れ額。その差額が利益に繋がるのだ。


 売り上げはPOSデータで確認をして、仕入れ額は伝票で確認をする。


 大体の部門責任者は毎日やっている業務だと思う。


「前のチーフは最悪でしたよ! 過剰在庫とかやってましたし!」

「は、はぁ……?」


 あんまりバイヤーのいる前でそう言う話はしないほうが……。


 ちなみに過剰在庫とは、在庫の商品を持ちすぎることだ。

 在庫を持てば売り場の欠品は少なくなるが、俺たち生鮮部門は在庫を持ちすぎることを非常に嫌う。


 商品の鮮度に直結するからだ。


「そうだよね、高橋君にはいつも在庫を持つなとは言ってたんだけど」

「そうですよ! 私もちゃんとしてくださいって言ってたんですよ!」


 バイヤーが話に混ざってきた。


 うげぇ……、俺ちょっとこの人苦手なタイプかもしれない。




※※※




江尻えじりさん、江尻えじりさん」

「はい」


 江尻えじりさんに声をかける。


 リニューアルオープンの作業段取りの打ち合わせも終わり、今は新しい売り場の配置などを確認をしているところだった。


「前にも言ったけど江尻さんにはパックのシール貼りと簡単な品出しをお願いしようと思っているから。大体の商品の場所は覚えてね。商品名と値段のラベルは棚に貼ってあるからなんとなくは分かると思うから」

「分かりました!」


 江尻えじりさんがポケットからメモ帳を取り出して、必死にポールペンを走らせる。


 この子のこういうところは、素直に素敵なところだなぁと思う。


「分からないことが会ったら、俺かサブチーフの綾瀬あやせさんに遠慮しないで聞いてね」

「分かりました!」

「それと――」

「それと?」

「あんまり気負い過ぎないようにね」

「え?」

「新人さんって頑張り過ぎちゃうからさ。江尻えじりさん何気に真面目だし」


 スーパーの離職率はかなり高い。


 一年間、青果部門で頑張った江尻さんといえど、新しい環境に飛び込んで仕事をやるのはかなりのストレスになるだろう。


 前の店の五十嵐いがらしさんみたいに、年末の激務で精神的に疲れてしまうなんてよくある話だ。


 俺は江尻えじりさんにはそうなって欲しくないなぁと思う。


「最初は出来なくて当たり前だからね。これから覚えないといけないことは沢山あるけど、ゆっくりやっていこう」

「ふふふ」


 むっ、真面目に言ったのに江尻えじりさんに笑われてしまった。


水野みずのさんは優しいですね。前も同じようなこと言ってましたよ」

「そうだっけ? もしかしてしつこかった?」

「いーえ! きっとアルバイトの子にもそうやって優しく指導していたんだろうなぁと思いました!」

「すごく含みのある言い方……」


 茶化した感じで言ってはいるが、何故か江尻えじりさんは少し照れくさそうしていた。


「これから宜しくお願いしますね、チーフ」


 江尻えじりさんが俺にぺこっと頭を下げた。


 本当にちゃっかりしてやがる。


 いつもは下の名前で呼ぶくせに、新しい鮮魚メンバーの前だとちゃんと名字呼びに戻している。


 多分、色々と勘繰られるのは避けたのだろう。ただでさえ同じ店から同じ部署は噂の火種になりそうだもんな。


「うん、お互い頑張ろう」


 リニューアルオープンと言う戦争を目前にして、俺はより一層気合を入れ直すことにした。

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