♯6 新鮮魚メンバー 後編

 バイヤーに呼ばれて、鮮魚の作業場にやってきた。


 まな板もぴかぴか、銀色の作業台もぴかぴか。


 リニューアルオープンとはいえど、設備類は全部新品になっているようだ。


汐織しおりが見たら喜びそう)


 作業場の端っこにある新品の値下げの機械を見て、ついそんなことを思ってしまった。


水野みずの君、前の打ち合わせ通り、週末を含めた最初の三日間はまぐろ祭りをやるからね。メバチマグロ角切りの詰め放題は赤字覚悟でやるから」

「分かりました。その週の利益については何も言わないでくださいね」

「大丈夫! 大丈夫! リニューアルはどこの店も薄利多売でやるものだから」


 青沼あおぬまバイヤーと雑談まじりにオープン時の打ち合わせをする。


 リニューアルオープンは、元の店舗の人員に加え、本部からも応援に入ることになる。


 店全体がとても活気づくので、ちょっとしたお祭り騒ぎみたいにもなるのだ。


「おっ? 君が噂の新人さん?」

「はい、江尻えじり風香ふうかです。この度は宜しくお願いします」


 江尻えじりさんが、青沼あおぬまバイヤーに丁寧に頭を下げた。


「鮮魚部門に可愛い子が来たって他の店でも有名になってるよ!」

「本当ですか! とても嬉しいです!」

「青果部門のほうは泣いてたけどね」

「惜しまれてるってことですよね! それはそれでとても嬉しいですっ!」


 江尻えじりさんが笑いながら、青沼あおぬまバイヤーと話している。


 さすが江尻えじりさん……とても手慣れた返答をしている。


「それに江尻えじりさんがここに配属されたのには理由があってね」

「はい?」

「ここのサブチーフなんだけど――」


 青沼あおぬまバイヤーが何かを言いかけたとき、裏の作業場の扉が開いた。

 



※※※




「おはようございます!」


 元気な挨拶とともに作業場にぞろぞろと人が入ってきた。


「じゃあ皆さん。今日は顔合わせということで、宜しくお願いしますね」


 みんなの顔を見て、青沼あおぬまバイヤーの顔がビシッと引き締まった。

 

 作業場になんとも言えない緊張感が走る。


「皆さん、いらっしゃいますか?」

「全員揃ってます!」


 正面にいる女性がハツラツとした声をあげた。


「それじゃここのチーフになる水野みずの君から自己紹介を――」


 青沼あおぬまバイヤーに促されて一歩前に出た。


「ここの新しいチーフをやることになりました水野みずの大和やまとです。リニューアルオープンをチーフとしてやるのは初めてですが、一生懸命頑張りたいと思います! 宜しくお願いします」


 そう言って頭を下げると、みんなも頭を下げてくれた。


「それじゃサブチーフになる綾瀬あやせさん、自己紹介をお願いします」


 バイヤーがそう声を出すと、正面の女性が一歩前に出た。


綾瀬あやせしずくです! 年齢は水野みずのチーフの一個上の二十五歳です! 高校の頃から、ずっとこの店舗で働いてました! 宜しくお願いします!」


 はきはきとした澄んだ声で綾瀬あやせさんは自己紹介をした。


(あー、この人がそうか……)


 鮮魚部門に女性社員はほとんど入ることはない。


 会社全体でも両手で数えられるくらいしかいないだろう。


 だからか、そういった女性の噂は鮮魚部門にいると耳にすることがある。


 今まではその手の話は、全然興味がなかったから気にもしていなかったが……。


「これからチーフになれるように水野みずのさんに色々教えてもらえればなぁと思います!」

「うん、そういうことだから水野みずの君。水野みずの君には綾瀬あやせさんがチーフになれるように指導してほしいんだ」


 くぅう……なんとなく察しがついてきたぞ。


 ということは、江尻えじりさんがここに配属された意図もなんとなく分かってきた。


「分かりました。できるだけ力になれるように頑張ります」


 俺はそう返事をした。


 広がる噂というものは必ずしも良い噂ばかりではない。


 俺は綾瀬あやせさんを見て、ある噂を思い出してしまった。


 ――いつもチーフと折り合いが悪くなるアルバイトあがりの女性社員がいると。

 



※※※




 一通りの自己紹介が終わった。


 部門員は全八名になるとのことだ。



◤ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


・チーフ 

水野みずの大和やまと 24歳 男性


・サブチーフ 

綾瀬あやせしずく 25歳 女性 


・社員 

小林こばやし三郎さぶろう 55歳 男性 


・社員 

江尻えじり風香ふうか 23歳 女性


・パート 

常盤ときわ洋子ようこ 49歳 女性


・パート 

村上むらかみ美恵子みえこ 56歳 女性


・パート 

市川いちかわ昭子あきこ 64歳 女性


__________________◢




 部門員の名前が書かれた名簿が渡された。


 ……。


 ……。


 覚えられねぇえええ!


 心の中で悲鳴をあげてしまった。


 俺って人の名前を覚えるの苦手なんだよなあ……。


 責任者として早く覚えないと――。

 

水野みずのチーフ! 早速、教えて欲しいことがあるのですが!」

「な、なんでしょうか」


 そんなことを思っていたら、早速サブチーフの綾瀬あやせさんに声をかけられた。とても張り切っているようだ。


 それを見た江尻えじりさんが少しムッとした顔をしている……ような気がする。


「……」


 大変になる予感がしてきたぞ……。

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