第二部 スーパー店員の白河さんは値下げ商品をよく買ってくる

♯1 白河さんと二人暮らし

 三月下旬。


 気温はぽかぽかお昼寝日和。


 桜の足音も近づいてきて、スーパーには瑞々みずみずしいイチゴが並ぶシーズンだ。


 毎年、店に引きこもりっきりの俺たちもこの季節になると少しだけ若返ったような気分になる。


 ……俺、まだ二十代だけど。


 そんな清々しい季節だが、俺たち鮮魚部門的には少し売るものに困るシーズンでもある。


 カツオはまだ出てこないし、ブリを売る季節でもない。春の魚と言われているさわらは売り場のメインにはならない。


 旬といえば、ワカメやめかぶ、ひじぎ等の春の海藻が出回るシーズンだ。


 じゃあ海藻を売ればいいじゃんと思うかもしれないが、海藻は売り上げにならない。100円、200円で買えるようなものばかりだし……。


 この時期になると、よくバイヤーから生めがぶが各店舗に分荷される。


 螺旋階段みたいな大きな黒いめかぶが、発泡スチロールにぎっちり詰められて納品されてくるのだ!


 べとべとぬちゃぬちゃしていて、包装しづらい。


 しかも売れないという二重苦である。


大和やまとさん! めかぶが値下げされてます!」

「そう……」


 売れないということは真っ先に値下げの対象となる。

 俺も去年だったら、真っ先にこの子に値下げしてもらっていたと思う。


 俺の恋人の白河しらかわ汐織しおりさん。

 四月一日から大学生活が始まる予定だ。


 今日、引っ越しをして一緒に住み始めた。


 家の片付けもほどほどに、今は近場のスーパーに足りないものを買い物に来ていた。


大和やまとさん、めかぶ買いましょう!」

「うそぉ!?」


 赤いシールが貼られためかぶを、汐織しおりが救済しようとしている!

 お値段なんとたったの50円!


「食べ方分かるの!?」

「分かりません!」


 汐織しおりが元気よく俺にそう答えた。


 これ思ったよりもめんどくさいんだぞ。

 湯通して、細かく切り刻んで、味付けをして……。


汐織しおりはめかぶ好きなの?」

「実はあんまりです……」

「えっ? じゃあいらなくない?」

「でも、値下げされているのは可哀想かなと思いまして……」

「その感覚はよく分からないけど……」


 そういえば、前にお弁当を作ってくれたときも値下げのものを買ってきたと言っていたような?


 お母さんの影響なのかな? お財布の紐はかなり固いのかもしれない。


「あっ! あっちの大根も値下げされてます!」

「待て待て待て! 今日はいらないから!」


 や、やっぱり違うかも……。

 これはお財布の紐が固いって言わないような気がするぞ……。


 初めて汐織しおりと買い物に来たが、彼女の新たな一面を見ることができた。




※※※




 新居は、俺の勤務先と汐織しおりの大学の丁度中間地点にある1LDKのアパートだ。


 リビングが洋室、奥の部屋が和室のタイプ。

 築年数は二十年くらいで、部屋の大きさは13坪くらいの普通のアパートだ。


 今は夜の七時。

 買い物を終えて、汐織しおりと一緒に家に帰ってきた。


「欲しいものは大体買い終わりましたか?」

「うん、後はその都度でいいんじゃないかな。どうせ住んでると荷物は増えてくるから」

「ふふっ、そうなんですね。じゃあいっぱい増やしちゃいましょう!」


 汐織しおりがとても楽しそうに笑っている。


 俺が配属されたリニューアル店舗は四月一日に正式にオープンする。

 三日前の二十八日からはオープンの本格的な準備が始まる予定だ。


 汐織しおりも四月一日からは大学のオリエンテーションなどが始まるらしい。


 お互いに四月一日からはとても忙しくなる予定だ。


「ふぅ、とりあえずちょっと休もうか」

「はい!」


 三月下旬だが和室の真ん中にはコタツを置いてみた。

 まだ朝と夜は寒いからぎりぎり大丈夫だよな?


 後は部屋着に着替えて、コタツでまったりしよう。


「……」

「どうしました?」

汐織しおり、ラクな格好に着替えたら?」 


 今日の汐織しおりの服装は灰色のバーカーに白のロングスカート。

 派手過ぎない彼女らしい服装だ。


「あっ、そうですね。ちょっと着替えてきます」

「……」

「……」


 微妙に流れる気まずい雰囲気。

 俺たちって、同棲を始めたもののまだプラトニックな関係なんだよなぁ……。


 キスすらしたことないし……。


 正式に恋人同士なると、どうしてもそこは意識してしまう。


「せ、洗面所で着替えてきます!」

「うん」


 汐織しおりが自分の着替えを持って、そそくさと洗面所に向かった。


 ……汐織しおりが着替えている間に俺も着替えてしまおうか。

 こんな風に着替え一つでどぎまぎしてて、今後大丈夫なのかな……。


「や、大和やまとさん!」

「うん?」


 洗面所から、汐織しおりがこちらに顔だけを出して話しかけてきた。


「覗いちゃダメですよ……?」

「分かってるって」

「絶対に覗いちゃダメですからね……?」

「だから分かってるって」

「絶対に絶対にダメですからね!」

「どっち!?」


 どこかのお笑いトリオみたいなことを汐織しおりが言ってきた。


 


※※※




「……狭くない?」

「狭くないです」


 二人でコタツに入り、ぼーっとテレビを眺める。


 大きめの白いトレーナーと黒いショートパンツに着替えた汐織しおりが、俺の肩に頭を乗せている。


 コタツなので四カ所足を入れるところがあるはずだが、何故か汐織しおりは俺の隣にきてぴったりとくっついている。


「あー! 体勢がつらい!」

「あっ」


 腰が痛くなってきたので、ゴロンとそのまま横になってしまった。


 そのまま汐織しおりも俺の体と一緒に横になってしまった。

 二人一緒にコタツで寝転ぶ形になった。


「座椅子は必要かもなぁ……」

「じゃあ今度買いに行きましょうね。大きめのやつ」

「隣にくるつもりだろう」

「はい!」


 そう言って汐織しおりは、更に俺にぎゅっと抱きついてきた。


「えへへ、大和やまとさん大好き」


 汐織しおりの吐息が俺の頬を撫でた。

 汐織しおりのこんな姿、仕事をしているときじゃ考えられないな。

 素直に可愛いし、愛おしいと思う。


 ……。


 ……。


 ……俺、本当に大丈夫かな。

 

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