番外編 スーパーのバレンタイン
二月十四日。
レジ横にある催事コーナーは、チョコ一色になっていた。
今日はバレンタイン。
鮮魚部門には全く関係のない日だが、作業場は少し落ち着かない雰囲気になっていた。
「チーフ、チョコあげる!」
「ありがとうございます」
「義理だからねっ」
「知ってます」
朝、
多分、レジ横で売っていたチョコだ。
本日、スーパーの従業員間では活発にチョコのやり取りがされる日でもあった。
「
「一言余計じゃない?」
「お返し期待してるから」
「じゃあ返す」
他の職場のことは分からないが、うちの店舗の女性陣は割とこのイベントを大切にする。特に
「あっ、私も二人にチョコ持ってきました」
「ありがとうございます」
なんと! 今日、シフトに入っている
去年はそんなことなかったんだけどなぁ。
当然といえば当然だが、このイベントを全く気にしない人もいる。
うちの
そういう意味では大分個人で温度差があるイベントかもしれない。
「なんかチーフって貰い慣れている感じがして嫌ですね」
「あっ、分かる」
「だってこれ義理ですよね!」
「うわっ、感じ悪~。もうすぐいなくなっちゃうから、私たちのことなんてどうでもいいんだ」
「そういうわけでは……」
つい余計なことを言ってしまった。
確かに今の言い方は良くなかったかも……。
「すみません……ありがたく頂戴します」
「あっ、素直になった」
バレンタインって女の人のほうが強くなる気がするのは気のせいかな……?
「でもチーフは、沢山貰えるでしょう?」
「まぁそれなりに……」
スーパーは女性が多い職場でもあるので、色んな部門の人からチョコを貰える。
貰えるなら貰えるで嬉しいけど、お返しがかなり大変なんだよなぁ……。
去年はホワイデーのお返しだけで、結構いい金額を使ってしまった記憶がある。
「これから本命が貰えるかもしれないのにね!」
「絶対言うと思った」
やっぱりその話になってしまった。
噂好きなお姉さまたちにとって、この日は絶好のエサ場でもあるのだ。
※※※
「
「ありがとう」
「本命ですからね!」
「どうも」
「普通に流された」
夕方になると今日も
「手作りですからね!」
「ありがとう」
「もうちょっとときめいてもらってもいいですか?」
一体どういう反応を期待してるんだか……。
これから新店舗でずっと一緒になるのに、
これから完全に上司と部下の関係になるから、どういう距離感で接していいのか分からなくなる。
「ちゃんとお手製の包装なんですからね! オール手作りです!」
「
「意外は余計です! これから上司になる人に媚びを売りにきたのに!」
「全然ときめかないことを言ってる」
まぁ、それはこれから考えればいいか。
三月になったら、新店舗のための研修が始まる。
おそらくバイア―主導で最初の発注業務とかは行われるが、チーフの俺もその業務には混ざらないといけないだろう。
引っ越しもあるし、こんな風にのんびりしていられるのは二月で最後かもしれない。
「それじゃ、他の男性陣にもチョコを配ってきますね!」
「……」
「な、なんですか!? 急に黙り込んで!」
「別に……」
「変な
……
「……チーフっ!」
うげっ! 後ろから
「おはよう
「私はちゃんと挨拶しました! チーフが
「良かったですねっ! 本命のチョコを貰えて!」
「どこから聞いてたの!?」
「最初から最後までしっかり聞いてました!」
あ、あんにゃろう……!
さては
「最初から見てたなら、やましいことしてないの知ってるでしょう!」
「デレデレしてました!」
「してない!」
珍しく
今のやり取りのどこを見ていたらそうなるんだ!
「せっかく、私も手作りチョコ作ってきたのに!」
「あっ、ありがとう!」
「私のも本命ですから!」
「すごい棘がある……」
うわっちゃー、折角用意してくれたのにかなり気分を損ねてしまったようだ。
「チーフには季節外れの半額のチョコにすれば良かったです!」
「また半額にしようとしてる」
もー、なんでこうなるかなぁ。
確かに
「俺が本当に欲しかったのは
「むぅ」
「それじゃダメ?」
「ダメではないですが……」
ピンクのリボンがついた可愛らしい包装がされていた。
「言いくるめられた気がします」
「うっ」
「チーフは大人の対応ができてずるいです。いつも私ばっかりやきもきして」
「……」
……実はそんなことないんだけどなぁ。
俺だって嫉妬はするし、
ただ、それを表に出すと格好悪いからやらないだけで。
「……ちなみに
「はい、あげました!」
「うっ」
や、やっぱり嫌な気持ちになるなぁ……。
聞くんじゃなかったとすら思ってしまう。
「女友達とか?」
「違います! 男性です!」
「クラスの友達とか?」
「気になりますか?」
「そりゃあ……」
俺がそう言うと、やっと
「ふふっ、じゃあもうちょっと黙ってようかなぁ」
「ズルくない?」
「だって嬉しいんですもん」
逆にこっちの気分は沈んでいくんだけどな……。
「そんなに気になりますか?」
「気になる」
「そんなにですか?」
「そんなに」
「じゃあ仕方ないので教えてあげます!」
「お父さんです!」
……。
……。
よし、仕事に戻ろう。
まんまとハメられたような気がする。
「仕事頑張るぞー」
「えぇえええ! コメントなしですか!?」
何故か悔しい。
やっぱりバレンタインって、女の人が強くなるのは気のせいじゃないと思う。
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