♯38 手を繋いでみませんか?

「はぁ……。江尻えじりさん、あんまり白河しらかわさんのこといじめないでよ」

「そんな風に見えますか?」

「見える」

「だってな~」

「だってな?」


 言い過ぎたと思ったのか、江尻えじりさんの目が少し泳いでいる。


「……二人のことは応援したくなっちゃうじゃないですか。チャンスを狙っているのも本当の本当にですけど」

「はい?」

「だって水野みずのさん、絶対に白河しらかわさんに手を出さないなと思って」

「……」

「そういうのって実は女の子は寂しかったりしますよ。でも今日は調子に乗りすぎました、すみません」


 江尻えじりさんがしんみりと俺たちに謝罪の言葉を述べた。


 よく分からないけど、江尻えじりさんは江尻えじりさんなりに俺たちのことを心配してくれてた……のか?


「……?」


 当の白河しらかわさんは、よく分かっていない顔をしている。


「大丈夫、俺たちのペースで頑張るから」

「よし! じゃあこれ以上怒られる前に帰りますね!」

「こ、こいつ…」

「それじゃ二人ともまた明日ですー!」


 そう言って、江尻えじりさんは逃げるように鮮魚の作業場からいなくなった!




※※※




 パソコンの業務をやりながら、色々考えてしまった。


 もしかして、俺たちって結構沢山の人たちに心配されてる?


 ほしさんが、鮮魚の女性陣は“見守り隊”とか良く分からないこと言っていたし……。


 俺は、彼女が卒業するまでこの距離感でいいと思ってたんだけどな。

 そりゃクリスマスくらいは一緒にいたいなと思ったけど――。


「……白河しらかわさん」

「はい、なんでしょうか?」

「そろそろ仕事終わるよね? 今日少し遅くなっちゃったから送ってくよ」

「いいんですか!?」

「もちろん、俺も終わるから」


 白河しらかわさんの顔がにぱっと明るくなった。


 触れ合いたいかぁ……。


 男としてそんな風に思わせてしまったのは、確かに申し訳なかったのかもしれない。




※※※




「ち、チーフ、お待たせしました!」


 学校の制服に着替えた白河しらかわさんが、鮮魚の作業場に戻ってきた。


「よし! じゃあ帰ろうか!」

「はい!」


 俺もカバンを持って作業場から出ることにする。


 バックヤードから裏の出入り口まで歩いていく。


 この時間は遅番の人しか残っていないので、バックヤードにはほとんど人がいない状態になっている。


 従業員の駐車場は、店と道路を挟んだ場所にあるので、少しだけ歩かなければならない。


「まさかチーフに誘っていただけるなんて!」

「そんなに変?」

「はい! いつも私から誘ってました! なので今日のクリスマスの件も嬉しかったです!」


 制服姿の女の子と一緒に歩いていると背徳感がすごいなぁ……。


 ……でもこの前、白河しらかわさんのお母さんに会えたことが、ほんのちょっぴり俺の背中を押してくれた。


「……し、汐織しおりさん」

「は、はひぃ!?」

「なんでびっくりしてるのさ!」

「だ、だって急に名前で呼ぶから……」


 緊張して声がどもってしまった……。


 今年で何歳になるんだ俺……!

 もっとしっかりしろよ……。


「もし良かったから、手を繋いでみませんか?」

「へ?」

「そ、その、俺も白河しらかわさんと触れ合いたいと思ってるから! だからさっきは一人だけ恥ずかしい思いをさせてごめん」

「……」


 そう言って、白河しらかわさんに手を差し出す。


 暗くてよく見えないが、白河しらかわさんは俺に笑ってくれているように感じた。


「チーフ、クルマはすぐ近くなんですか?」

「うん? そうだけど」

「とりあえずクルマに乗りましょうか!」


 あっ、しまった。

 彼女に気を使われてしまった。


 そのまま少し歩いて、俺のクルマに乗り込む。


「失礼します」

「もう慣れたでしょう」

「はい! 段々慣れてきました!」


 クルマに乗り込んだら、すぐに白河しらかわさんが俺の左手を両手で優しく握ってきた。


「すみません、今日は制服なので誰かに見つかったら大和やまとさんにご迷惑をおかけするかなと」

「ごめん、気にしてくれてありがとう白河しらかわさん」

「今は汐織しおりと呼んでください」


 初めてちゃんと触れる彼女の手は、とても細くて、少しひんやりしていた。


大和やまとさんの手、大きくて冷たいです」

「あっ、生臭かったからごめん」

「ふふっ、大丈夫ですよ! 私も鮮魚部門なので」


 思っていた繋ぎ方でないけど、これはこれでいっか。


 お互いに手は冷たかったが、とても心は暖かくなったような気がした。


(……)


 江尻えじりさんに煽られたみたいなのだけが、ちょっぴりしゃくだった。

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