♯40 お酒の力とぎゅー 後編
それからしばらく歓談が続いた。
仕事のこと、家族のこと、ただの世間話。
ぼーっとした頭でみんなの話を聞く。
「チーフ、チーフ」
「顔、真っ赤ですよ? 大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫」
忘年会はこうなるから嫌なんだ……頭がぐわんぐわんしてきた……。
疲れもあったのか、今日はいつもより酔いが回るのが早い。
大丈夫とは言ったが、これ以上飲むと本格的に具合が悪くなりそうだ。
「
「うん」
「冷たいおしぼり使いますか?」
「ありがとう」
「あっ! 私、店員さんにもらってきます」
「さっき、もらったから大丈夫だよ! はい、
「チーフ、無理しない方がいいよ」
うぅ、情けない。
飲み会で具合が悪くなるやつがいると白けちゃうよなぁ……。
「すみません、ちょっと休んでるので気にしないでください」
あんまりみんなの邪魔にならないようにしないと……。
後ろの壁に寄りかかって、ラクな姿勢を取る。落ち着くまで少し目をつむっていよう。
「チーフ……」
「ごめん、
「い、いえ、私にできることがあったら言ってください」
「うん」
目がぐるぐるしてきた……。
……しまった。
でも、大丈夫かな……。周りには鮮魚のみんながいるし、
「
「あ、ありがとう……」
……あれ?
いつの間にか
※※※
「あーあー、ついにこっちに来ちゃった」
「私、もう鮮魚部門みたいなものですから!」
遠くからは
……どうやら
「青果の人たちに何か言われない? 大丈夫?」
「うちの部門の人たち、普通にセクハラしてくるんですもん。何か言われたらそれまでです!」
「お年寄りが多いもんねぇ」
鮮魚部門の席は、
「それに私も見守り隊の一員じゃないですか!」
「自分で作ったくせに」
みんなの和気あいあいとした声が聞こえてくる。
意外だ……、
「
「え?」
「
「……」
頭がズキンスキンと痛くなってきた。
あまり良くないことを二人が話しているような気がする……。
「……
「知らなくてもホテルとかに泊まればいいでしょー」
「ホテル……?」
「そ! 私とチーフは大人だから!」
「冗談でもそういうことを言うのはやめてくださいよ……」
……手にひんやりとした感覚がした。
誰かに手を握られている感覚がする。
「じゃあ、ちゃんと繋ぎ止めておかないとダメだよ?」
「え?」
「
「そ、それを
「だって私は大人だもん~。
う、うるさいなぁ。頭に声が響く。
しかも今、ものすごくツッコミを入れないといけない会話をしている気がする。
「子供扱いしないでくださいよ……。私だって、早く卒業したいって思ってるんですから――」
「じゃあ
「どんな流れで聞いてるんですか!?」
「お姉さんが色々教えてあげるから」
「うぅ……」
「今日は私がチーフのこと送りますから! 鮮魚のみんなにもお願いされてますし」
「えー! その言い方はズルくなーい!? 自分が送りたいだけでしょう!」
「
「私は隠してないもん」
※※※
「
「ん?」
「一次会はお開きですよ。タクシーを呼びましたので」
「げぇ!」
目を開けると、
や、やってしまった!
どうやらいつの間にか寝てしまっていたみたいだ!
「ご、ごめん!」
「全然、大丈夫ですよ!
「う、うるさいなぁ……」
急いで立ち上がろうとすると、頭がぐわんぐわんしてふらついてしまった。
「みんなは……?」
「鮮魚の人たちはご家庭があるので先に帰っちゃいました。チーフのことをぎりぎりまで寝かせてあげてだそうです」
「だっはー……」
盛大にやらかしてしまった。
完全に爆睡してしまっていたようだ。
「ちなみにおじさん連中は二次会に行きました」
「元気だなぁ……」
うっ……。
半端に寝てしまったのと、酔いが抜けていないのもあってまだ頭がぼーっとする。
「初めて
「俺なんて弱い所ばかりだけど……?」
「あっ、いつもならそんな風に言わないのに! まだ酔っぱらってますね」
お酒で少し顔が赤くなった
そっか……この子がずっと俺の面倒を見てくれていたのか……。
「……
「やっぱり気になります?」
「うん」
「あははは、いつもより素直で可愛いです」
もう帰っちゃったのかな、
そうだよなまだ学生だし……。
ご飯だけとはいえ、あまりこういう席にいるのは良くないだろうし。
「
「そっか……」
「タクシーは
「ごめん……」
「いえいえ、こういう役回りは慣れているので!」
「違うんだ……。それだけじゃなくて……色々とごめん……」
「……」
朦朧とする意識の中で、ついそんな言葉を言ってしまった。
迷惑をかけてしまった申し訳なさと、色んな気持ちが入り交ざっていた。
「あははは、本当に酔っぱらっちゃってますね」
「俺、やっぱり
「分かってますよ。でもいいじゃないですか」
「いいって……」
「私、入社してからすぐに仕事をやめようと思ってました」
「え……?」
「でも、
「……ごめん」
「もー、謝るのはなしですって! 逆にこっちの調子が狂っちゃうなぁ」
それが大分俺の気分を軽くしてくれた。
「ちゃんと好きって言ってあげないとダメですよ」
「えっ?」
「気持ちが通じていても、言葉に出すことは大切だと思うので」
いつもおちゃらけている
「
「今更気が付いたんですか!? でも諦めてないのは本当ですよ!?」
「……やっぱり前言撤回していい?」
「ダメです! 吐いた言葉は戻せませんので!」
※※※
「それじゃ、お疲れ様でしたー! 二人ともまた明日です!」
普通なら俺も行かないといけないのに本当に悪いことをしてしまった。
「今日は無理しちゃダメですよ?」
店の外で、タクシーが来るのを二人で待っていた。
「
「どうしたの急に?」
「色々なところが見えているなぁと思いまして」
「それが彼女の良い所なんだろうね」
ほんのちょっぴり悔しそうな顔をしているように見えた。
「私、早くお酒飲めるようになりたいなぁ」
「こんな俺の姿を見てそう思うの……?」
「二人でへろへろになりたいです」
「それはそれで楽しい……のかな?」
駐車場の外にある縁石に、二人肩を並べて腰を下ろす。
頭はぼーっとするけど、外の空気が冷たくて心地が良い……。
「そ、それに、おおお酒が飲めるようになれば
「自分で言ってて噛まないでよ、俺も恥ずかしくなってくるから……」
「うっ」
……でも、ちょっとだけこんな風に思ってしまうときがある。
もし、
もしかしたら、今頃は年齢差なんか気にしないで二人で楽しく過ごしていたのかなと……。
「
「はい?」
――ふいに俺は
「ち、チーフぅ!?」
「高校の卒業式っていつだっけ?」
「さ、三月の頭ですが……」
「三学期になったら大丈夫だよね……。そうしたらちゃんと言うから」
「……?」
多分、
でも、
お互いの耳と耳が少しだけ擦れ違う。
細くて華奢な体に確かな重みを感じる。
「
「じゃあ離れる? 誰かに見られたら困るし」
「もうちょっとだけこのままで……。私、ずっと
俺はお酒の力を借りて、彼女の体を強く抱きしめてしまっていた。
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