♯41 年末商戦 ~クリスマス~

 忘年会を終え、地獄の年末がやってきた。


 クリスマスは苦しみますとはよく言ったものだ。


 我々、スーパーマーケットで働く社員は本当にその通りだからだ!


「ケーキは誰と食べるの?」

「知ってるくせに……」


 山上さんが顔をしながら刺身を切っている。


 クリスマスイヴ当日、鮮魚部門の出社時間はいつもより早い。

 今日は全員、朝の五時からの出社だ。


「社員さんってケーキのノルマはいくつだっけ?」

「三個ですよ三個! どうやって食えって言うんですか!」


 丑の日に鰻のノルマがあるように、クリスマスにはケーキのノルマがある。


 うちの店舗では、社員が三個、パートさんが一個だ。


 この時期は特に夜遅くまで仕事をしないといけないのに、ケーキを三個も買わされるのだ。


 独り身の俺はこれが地味にキツイ。


 まともに処理しようとすると、三食ケーキになってしまう。


 ……去年の俺は、食べきることができなかったので、作業場に持ってきて鮮魚部門のみんなに食べてもらった記憶がある。


 ちなみに二月の節分には恵方巻のノルマもやってくる。恵方巻は恵方巻で賞味期限が短いのでつらいものがあったりする。


「今年は食べきれそうだよねぇ、女の子は甘いもの好きだから」

「あーあー聞こえない」


 この前の忘年会から、普通に女性陣にいじられるようになってしまった。

 

 いいさ、いいさ。

 忙しくてピリピリした職場より、和気あいあいとしていたほうがやりやすいし。

 

 ……スーパーのクリスマスはもれなく全部門が忙しい。


 精肉、惣菜は言うまでもなく……。

 日配もケーキまみれになる。


 クリスマスに魚? と思われるかもしれないが、鮮魚部門も売らなければいけなものは実は多い。


 いつもは普通のサーモンしか仕入れないが、この日はランクの上のサーモンを仕入れたりする。


 エビもしかり。


 この日の鮮魚部門はサーモンとエビを中心の売り場になるのだ。

 

 うちの店舗に限った話かもしれないが、クリスマスの地味に嫌なのが、これらの商品は売り上げのメインになりえないところだ。


 極論を言ってしまえば、イベントを演出するための商品なのだ。


 普通はクリスマスって言ったらチキンを食うもんなぁ……。


 なので、クリスマスの鮮魚部門は、売り上げ的に見るとそんなに爆発する日ではない。


 爆発しないのに商品を取りそろえないといけないということは、必然的に値下げの商品が増えるということだ。


 ……今日は白河しらかわさんの値下げがいつもより大変な日でもあった。




※※※




白河しらかわさーん! そっちのサーモンは値下げしちゃっていいから!」

「わ、分かりました!」


 夕方、慌ただしく白河しらかわさんが売り場の値下げをしている。


 クリスマスイヴは、いつもよりお客さんの引きが早い! 

 理由は考えたくもない!


 いつも通りに値下げをしていると、絶対に商品が売れ残ってしまう。


 この値下げのタイミングは完全に経験則でやるしかない。

 毎年毎年、状況が違うので、根拠となるデータがないからだ。


「チーフ、この商品の値下げはどうしますか?」

「それはクリスマスしか売れないから値下げしちゃっていいよ! 年末に残しても在庫になるだけだから」

「分かりました」


 高校最後のクリスマスを値下げで過ごす白河しらかわさん。


 ごりごりに仕事をしてもらっておいてだけど、ちょっとばかり可哀想だ。


「……」


 お客さんの引きが早いから、上手くやれば仕事も早くあがれるということだよな……?


 早く仕事を終わらせられるように頑張らないと。




※※※




 夜の八時過ぎ。


 俺たちは、仕事終わりに少しドライブをすることにした。


「眠い……疲れた……」

「今日もお疲れさまでした」

白河しらかわさんもお疲れ様」

「あははは、私はいつも通りの時間でしたので」


 例年なら閉店近くまで仕事をやっていたのだが、今年は早めに仕事を切り上げることができた。


 部門の人たちがみんな頑張ってくれたおかげだ。


「寂しいクリスマスになっちゃったね」

「そうですか?」

「いや、白河しらかわさん的にはさ。値下げで終わっちゃったでしょう」

「うーん、でもこうして一緒にいられますし」


 助手席にいる白河しらかわさんが、外の風景を眺めている。


 本来なら、遠くに夜景でも見に行ければいいんだろうけどなぁ……。


 明日も仕事だし、白河しらかわさんを遅くまで連れ回すのはまだ良くないと思う。


「少し遅くなるってお母さんには言った?」

「一応、言いましたが……」

「言いましたが?」

「少しだけなんだってすごくびっくりしてました」

「……」


 そ、それを俺に言ってくるということは、白河しらかわさんは意味が分かってないな……?


 真面目そうな家庭に見えて、結構フランクなお母さんみたいだ。


「……ところで江尻えじりさんはいいんですか?」

「なんで江尻えじりさん?」

「少し気になって……」


 さすがの江尻えじりさんも今日はちょっかいを出してこなかった。朝の五時前から仕事をしている姿を見かけたので、単純に忙しかっただけなのかもしれないが。


「俺が一緒にケーキを食べたかったのは白河しらかわさんだし」

「そ、そうですか……」

「まぁ、それも店のケーキで味気がなくて申し訳ないんだけどさ」


 前に来たことのある、公園の駐車場までやってきた。

 一度、白河しらかわさんとお弁当を食べにきたときのある公園だ。


「ごめんね、これ以上遠くに行くと遅くなっちゃうから」

「い、いえ……」

「ちょっと外に出ようか」


 白河しらかわさんと一緒にクルマから降りる。


「ここの電飾って知ってる? 奥にいるとあるらしいけど」

「て、テレビでやってるのは見ましたが……」

「クリスマス限定らしいよ。どうせなら白河しらかわさんと見たいなぁと思って」

「え?」

「でも、その前に。これクリスマスプレゼント」


 白河しらかわさんにバレないように隠していたプレゼントを後部座席から取り出す。


「い、いいんですか!?」

「もちろん」

「わ、私も実は用意してまして――」


 白河しらかわさんが抱えていたバッグから、綺麗に包装された袋を取り出す。


「お、お気に召すか分からないのですが……」

「それは俺もだけどさ」

「あ、開けていいですか?」

「うん」


 白河しらかわさんが俺の渡した袋を丁寧に開けていく。


 ちょ、ちょっとドキドキするな……。


「マフラー?」

「うん、白河しらかわさんに似合うかなぁと思って。名字も白だし」


 俺が用意したのは白いマフラーだった。


 自分で選んでおいてだが、かなり無難なものだと思う。


 いや、かなり悩んだんだけどさ!


 まだ学生の彼女に高価なやつをあげるのもどうかなぁと思ったりとかさ。


「ち、チーフ! 私のも開けてみてください!」

「えー、もったいない」

「いいですから!」


 白河しらかわさんが期待している目をしているので、俺も渡されたプレゼントを開けてみる。


 これ、自分で包装したやつかな? 手作り感のある袋だった。


「あっ、マフラーじゃん」

「はい! 同じですね! 色々考えたのですが結局普通のになってしまいました」

「ううん、嬉しいよ」


 水色で落ち着いた色のマフラーだ」


「い、色も水野みずのさんだけに水色かなぁと……」

「考えることは同じだったね」

「は、はい! 同じことを考えていたみたいで嬉しいです! わ、私、チーフにマフラーを巻きたいです!」

「い、いいけど」


 白河しらかわさんが、俺の持っていたマフラーを奪い取った。

 そのマフラーを、背伸びをして、俺の首に巻いていく。

 顔と顔がやたら近い……。


「あっ、良かったです! ぴったりです!」

「良かった?」

「あ、あの……あまり引かないで聞いてほしいのですが……」

「うん」

「これ、一応私の手編みなので……」

「……」


 白河しらかわさんが俯いてしまった。

 多分、顔は今日の売り場に出ていた上等なサーモンみたいに赤くなっていると思う。


「お、重いですよね! いまどき手編みなんて! じ、自分でもそうかなぁと思ったのですが、お金をかけたものをプレゼントするのはちょっと違うかなぁと思いまして! き、気持ちは沢山入ってますから! そ、それに勉強もちゃんとしているから大丈夫ですよ! 空き時間にコツコツ作ったやつなので――」

白河しらかわさん」

「は、はい!」

「ありがとう」

「あっ……」


 俯いたまま言葉をまくし立てるので、俺は彼女のこと抱きしめてしまった。

 俺の胸の中で白河しらかわさんが小さくなっていく。


 ……前回はお酒のせいにできたけど、今回は完全に言い訳できないな。


「は、恥ずかしいです……」

「ごめん」

「あ、謝ることでは……」

「俺、これからもずっとクリスマスはお仕事だと思う。これからもちゃんとクリスマスにお出かけはできないかもしれない」

「はい……」

「でも、出来ればこういうちょっとしたクリスマスはやりたいな。白河しらかわさんと」


 俺の言葉に、白河しらかわさんが俺の胸の中で全力でコクンコクンと頷く。


 ……スーパーは過酷な職場だ。

 普通の人が楽しんでいる時間を、俺たちは苦しみながら働かないといけない。


「名前で呼んでください」

「自分だってチーフって」

「そ、それは癖で……」

「分かったよ

「えっ!?」

「なんだよびっくりした声出して」

「だって今、呼び捨てで――」


 ……でも、もう少し頑張ってみてもいいかなぁと思った。


 この職場でなければ、できない出会いだったかもしれないから。

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