♯24 白河さんは好きって言いたい
それからはしばらく歓談が続いた。
仕事の飲み会なので、主な話はお仕事の話ばかり。
あの人は使えない。
あの人は頑張っている。
うちの部門の
往々にして、こういう場では、この場にいない人の話になる。
……潔癖かもしれないが、こういう話は
「ごめん、
「えっ?」
「ちょっと、店長に挨拶してこないと」
俺が席を立つと、
「わ、私も行きますか!?」
「アルバイトの子はそんなに気を使わなくていいから。ご飯でも食べてて」
「そ、そうですか……」
「すぐ戻ってくるから。
この中では、一番しっかりしていると思われる
「そんなことしたら、店全体が終わっちゃうわよ」
「そうならないようにお願いします」
直接の上司に、このまま挨拶もしないのは立場的にも良くないだろう。
少しの時間、
俺は店長の席に向かうことにした。
※※※
「店長、お疲れ様です!」
「おっ、
飲み物のグラスを持って、店長のいる席に混ざる。
うちの店の総責任者、
四十代の少しお腹が出ている強面の男性だ。
普段はおっとりしているが、怒ると怖いともっぱら噂の人だった。
「丑の日は大成功だったね」
「皆さんのご協力のおかげで、前年の売上は超えることができました」
「はぁ~、うちの店舗は
店長は、各部門のチーフが昇進するという形でなるケースが多い。
全ての部門に精通しているわけではないので、自分の出身部門が店長になっても得意になるケースが多い。
「各店舗の鮮魚部門は数字ボロボロだよねぇ」
「今、全体的に相場が上がってますので。鮭ですら高いです」
「そんな中で良くやってるよ
思ったよりも褒められてしまった。
売り場を無理していないだけなんだけどなぁ……。
スーパーには判断基準となる、大きな数字が二つある。
それは“売り上げ”と“利益”だ。
売り上げが前年比で120パーセントでも、利益率が前年の50パーセントなら、それは優秀とは決して言えないだろう。
逆に売り上げが前年比で70パーセントしかないのに、利益率が前年比の120パーセントになっていたら、相当やり手なチーフだと思う。
この売上と利益のバランスというのは中々に難しい。
売上を求めると、売り場に商品を過剰に出しすぎてしまい利益がなくなってしまう。
……過剰に出した商品は値下げされることになるからだ。
逆に利益を求めすぎると、値下げを恐れて商品を出さなくなる。
商品を出さないということは売上が落ちてしまうということに直結する。
ここが、割とチーフごとに特色の出やすいところでもあるんだよなぁ。
あるチーフはこういうことをやる人もいる。
商品の安売りをして、目標の売上額を達成する。
安売りをしているので目標の利益率は達成できないけど、目標の利益の額は大幅に達成する。
これができるチーフは相当優秀だと思う。
俺は、そういうチャレンジングなこと決してしない。
無理のない売り場を作って、無理のない計画を立てているだけだ。
「
「はい?」
「南店がリニューアルするのは知っているよね?」
「はい、社報で出てましたから」
「そこの鮮魚部門の責任者に君を推しておいたから」
「え……?」
「
「……」
「お盆が終わった後に、人事異動が出るかもしれないから。まだ分からないけど、覚悟はしておいてね」
寝耳に水だ……。
異動自体は毎回決まった時期に出るので知っていたが、まさかリニューアル店舗に自分が配属されるかもしれないなんて。
(……)
多分、仕事の話だけなら昇進に近い話をもらっているのだと思う。
でも……。
「この話は、まだ内緒にしててね。誰にも言っちゃダメだからね」
「分かりました……」
……もう、あんまりのんびりしていられないのかもしれない。
※※※
「
夜の九時前、会も大体お開きになってきた。
「ごめん、
「えー! タクシー呼べばいいじゃないですか! 店の経費で出ますよ!」
「ううん、もったいなから俺が送っていくよ」
「えぇええー!」
さっきから、やたらボディタッチも多いような気がする。
「それじゃ、
「は、はい……!」
長居をしてもいいことがないので、
「それじゃ、
「ん?」
「あそこの親父の後始末お願いします!」
「絶対に嫌!」
うちの裏のドン
若い女の子たちがとても困った顔をしてる。
ごめんなさい……チェッカー部門の皆さん……。
「じゃあ、
「お、お疲れさまでした!」
「
「はい?」
ふと
「いいなぁ、すごく大切にされているって感じがして」
※※※
「はぁ、疲れた~」
夜道を
「大丈夫だった? 店の飲み会」
「は、はい……。皆さんいつもより賑やかだったのでびっくりしちゃいました」
「
「で、でも、その人の知らない一面が見れたみたいで楽しかったです」
「そっか」
夜とはいえど、八月の生暖かい空気が俺の頬を撫でる。
額は少し汗ばんでしまっていた。
「変なことされなかった? 嫌なこと言われなかった?」
「ぜ、全然そんなことはなかったです!
「なら良かった。俺、実はあんまり今日は
「えっ?」
「店の飲み会なんて愚痴ばっかりだしね、セクハラ発言とか普通にあるし」
「……」
「だから連れていきたくなかった」
「……もしかして心配してくれたんですか?」
「うん」
「……」
俺がそう言うと、急に
「
「私、チーフにちゃんと言っておきたいことがあります」
「ん?」
「お、驚かないで聞いてほしいんですが――」
声が震えている。
「私、チーフのことが好きなんです」
暗くて顔がよく見えない。
でも
同じ顔をしているかもしれないが、前回と確実に違うところがある。
しっかりと彼女はその言葉を俺に伝えてきた。
「うん、知ってるよ」
だから、俺はその言葉を今度はちゃんと受け止めることができた。
「
「は、はい……!」
「――――」
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