♯18 使えると使えない

「ひどい! 騙したんですね!」

「だははははは! 二人とも舌が肥えてるなぁと思って! あんなこれっぽっちで味なんて分かりっこないって!」

「国産だと思ったら美味しく感じるじゃないですか!」

「中国産を食べたかもしれないのに!? ふぃー、笑い過ぎて腹が痛い!」


 爆笑している小西こにしさんに、ほしさん・五十嵐いがらしさんコンビが抗議をしている。


 ……ネタバラシしたときの、二人の顔は申し訳ないけどちょっと面白かった。


「やっぱり違いますねって……あーはっははははは!」

「もー、ほしさん。あんな親父は放っておいて早く試食の準備をしちゃいましょう!」


 さっきまで、喧嘩していたほしさんと五十嵐いがらしさんが共通の敵を前に団結した。


 キツめの言葉が行き交っているけど、作業場の雰囲気は和やかなのでこれはこれで良しとしよう。


「さすが、山上やまがみさんはひっかかりませんでしたね」

「何年この仕事をやってると思ってるのよ。それにちゃんと味が分かる人は分かるからね」

「へ、へぇ~、俺は全然分からないけどなぁ」

「それが普通の人だと思うけどね。鰻なんて高くて、そんなに頻繁に食べられるものじゃないし」


 さすがはベテラン……。


 通説だが、国産は皮が薄めで身が引き締まっていて、中国産は脂が多めで身に弾力があると言われている。


 俺もそういう知識だけはあるんだけどなぁ……。


「チーフ。あそこで試食をやればいいんですか?」

「うん、セッティングは大体終わったから。これから混む時間にあわせて試食会をやろう。さっきの小西こにしさんみたいに」

「あんな意地悪なことはできませんよ!」


 白河しらかわさんが気まずそうに目を伏せてしまった。


「意地悪ですって小西こにしさん」

白河しらかわちゃんにそう言われると嬉しいねぇ~」


 あっ、小西こにしさんがセクハラ親父の目になっている。

 話を振るんじゃなかった。


「なんでそれを小西こにしさんに振るんですか! チーフのほうが意地悪です!」

「はいはい、じゃあこのはっぴを着て一緒に売り場に行こうか」


 そう言って、お祭りの用のはっぴを用意する。

 はっぴを着て、鰻を焼いているだけでそれっぽい空間が演出できると思う。


「えっ? 私が着るんですか!?」

「むしろ白河しらかわさんのために用意したんだけど」


 白河しらかわさんの背中に回って、はっぴを広げる。


「ほら、袖を通して」

「は、はひぃ……」


 白河しらかわさんが、ゆっくりと俺の持っているはっぴに腕を通した。

 少しだけ腕が震えているような気がした。


「大丈夫? きつくない? 白河しらかわさんは細いから大丈夫だと思うけど」

「だ、大丈夫ですぅ……」


 何故かとても白河しらかわさんが恥ずかしがっている。


「よし、じゃあ行こうか。後で写真撮るからね」

「えぇええ! 写真を撮るんですか!」

「報告用の写真を撮らないといけないから」


 そう言って、白河しらかわさんの背中を押して売り場に出ることにした。


小西こにしさんは、あの二人を見てて恥ずかしくならないんですか?」

「なる」

「私たちにした仕打ちを反省してください」

「ごめんなさい」


 小西こにしさんが、何故か女性陣に怒られていた。




※※※




白河しらかわちゃんって、見守ってたい感じがするよね~」

「そうですね」


 白河しらかわさんに試食のやり方を伝授して作業場に戻ると、山上やまがみさんが俺にそう声をかけてきた。


 鮮魚部門は、作業場と売り場の間がガラス張りになっているので、作業場からでも売り場の様子がよく見える。


 ピークタイムにかけて試食をお願いしたのだが、白河しらかわさんのおかげで一瞬の間に大盛況になっている。


 これならおそらく今日の売り上げは問題ないだろう。


「それにしても白河しらかわさん効果はすごいなぁ。やっぱり若い子は違いますね」

「チーフだって若いでしょうに」

「もう二十四なのに?」

「私の半分も生きてないわよ」

「それを言われると何も言えなくなるじゃないですか……」


 あまりにも毅然とそう言うので、少し叱られている気分になってしまった。


「チーフ、ほしさんと私はこれからどうしたらいいですか?」


 五十嵐いがらしさんが俺にそっと声をかけてきた。

 多分、子供のことがあるから早く帰りたいのだろう。


「あっ、後は二人とも片づけをしてあがっても大丈夫ですよ。もう定時でしょう?」

「はい、分かりました」

「終わらなかった仕事は俺がやっときますので」

「ありがとうございます」


 そう言って、五十嵐いがらしさん・ほしさんコンビは片付けに入った。


 その様子を刺身担当の山上やまがみさんが何か言いたそうに見ている。


「いや、言いたいことは分かってますって……」

「こういう日くらいは残業させてもいいのに」

「そうなんですけどねぇ……」


 値付け担当のほしさんの件もそうだが、シングルマザーの五十嵐いがらしさんについても、我ながら相当甘いと思っている。


 ……部門責任者になり、他の店舗や他の部門のチーフと交流していると、よく飛び交う言葉がある。


 “あの人は使えない”って。


 俺たちのやっていることは管理職でもあるので、部門員の能力を見極めるのも重要な仕事のうちだと思う。


 だから仕事の“できる・できない”を“使える・使えない”という言葉になるのは感覚としては理解している。


 ――でも好きじゃない。


 人に対してそういう言葉を使うことに抵抗がある。

 そんな言葉を使うくらいなら、どんなに苦しくても全部一人でやってしまったほうが良いと思っている。


「俺、向いてないなぁって思うことが多々ありますよ」

「でも、今回は白河しらかわちゃんには頼れたんだね」

「アルバイトの子に頼ったって言うのも、そう思う一因ですけどね」

 

 ……ちょっと年上の人と話していると思って油断しちゃったかな。

 愚痴っぽくなるのは良くないな。


「よし! ちょっと試食会の写真を撮ってきますね!」

「チーフ、チーフ」

「はい?」




※※※




「ほら、チーフも白河しらかわちゃんももっと寄って~」

「は、はひぃ……」


 試食会の様子を一通り写真に収めた後、山上やまがみさんの提案で売り場の白河しらかわさんとツーショットの写真を撮ることになった。


「こ、この写真っていりますか?」

「いいじゃん! 二人ともはっぴを着てるんだし。思い出ってことで」


 山上やまがみさんの目が楽しそうに笑っている。

 絶対に遊ばれている……。

 やっていることは小西こにしさんとそんなに変わらないんだからさ!


「はい、チーズ」



パシャ



 カメラのシャッター音が聞こえてきた。


「あっ! 私、見たいです!」

「俺も見たいかも」


 カメラの一覧表示で、今撮った写真を三人で眺める。


「げぇ!」

「あーはっはっはっ! いい写真じゃないかい!」


 山上やまがみさんにげらげらと笑われてしまった。


 写真には、両手をへその前で組んで、恥ずかしそうにしている白河しらかわさん。そしてその隣には照れくさそうにそっぽを向いている俺がいる。


 めちゃくちゃ恥ずかしい写真に仕上がってしまっていた。


「私、この写真欲しいです!」

「うそだぁああ! こんな写真が欲しいの!?」

「はい! とっても欲しいです!」


 白河しらかわさんが本当に嬉しそうな顔で微笑んでいる。


「あなたたち、絶対に相性良いと思うよ」


 山上やまがみさんが、まるで親みたいな目つきで俺たちのことを見ていた。

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