♯9 白河さんとお食事デート 後編

「白河さん、とりあえず今日は俺に気を遣うのナシだからね!」

「分かってますって! それさっきも聞きましたよ」


 コンビニに寄ってから、少しだけ白河しらかわさんの固さが抜けてくれたような気がする。


 車内の会話もさっきよりスムーズだ。


「そういえば、コンビニの商品って値下げしてないですよね?」


 自分のやっている仕事だからか、白河しらかわさんがそんなことを俺に聞いてきた。


「あーあれは本部の関係らしいね、現場の人間はロスが出て大変らしいよ」

「チーフ、いつも捨てるよりは安く売っちゃったほうがいいって言ってますもんね」

「本当は、値下げしないで売れるのが一番なんだけどね。でも、スーパーでそれをやろうとすると欠品気味になるから難しいんだよねぇ」


 職場の人と一緒に出かけると、大体は仕事の話になるよなぁ……。

 共通の話題がそれしかないのだから、仕方がないのだけど。

 

「値下げがないってことは、逆に言えば売り場の商品が欠品してるってことだからね。そうなるとどんどん売り上げのほうが下がっていっちゃうし」

「そうなんですか?」

白河しらかわさんがお客さんだったら、売り場がすかすかのスーパーより、商品が沢山並んでいるスーパーに行くでしょう?」

「た、確かに……」

「だから難しいんだよねぇ。いっぱい値下げがあると白河しらかわさんの仕事が増えちゃうし」

「奥が深いです……」


 白河しらかわさんが興味深そうに俺の話を聞いている。


(……)


 この話、面白いか?

 女子高生に聞かせる話じゃないような気がする。


「あっ! チーフ、着きましたよ!」


 そうこうしていたら、隣町のファミレスに到着してしまった。




※※※




「チーフは何を食べるんですか?」


 普通のファミレスに二人で入る。

 

 こんなんでいいのかなぁ……。

 まぁ、今日はただ一緒に食事をするだけだから――。


「えへへ、今日はとても楽しいです」

「……」


 ただ車に乗って、コンビニに寄っただけなのに、そんなことを言ってくれるなんて……。


 今日は余計なことを言うのは野暮かな。


「チーフ?」

「あっ、ごめんごめん」

「分かってますよ。今日はデートじゃないんですよね」

「え?」


 白河しらかわさんが、顔にほんの少しの寂しさを浮かべて、俺にそう言ってきた。


「すみません、今日は私の我が儘を聞いていただいて……。チーフの立場ならそうなっちゃいますよね。今の時世、私みたいな学生と一緒に出かけるのは社会的に危ないと店長に聞いたことがあります」

「……」

 

 今日の俺のもやもやをはっきりと見透かされていた。


 正直なところ、女子高生をクルマに乗せることにすら抵抗があった。


 こんな素直な子に気を遣わせてしまって、なんだか情けないし申し訳ないな……。


「ええーい! とりあえず食え食え!」

「えっ?」

「今日は俺の奢りだから! 好きなものを頼んでいいから!」

「い、いいんですか……?」

「ぐずぐずしてたら俺が勝手に頼んじゃうからな!」

「えぇええ!? じゃ、じゃあ早く選ばないと……」


 白河しらかわさんが、メニュー表を食い入るように眺めている。


 ちょっと周りのことを気にしすぎてたかな……?

 今、一番考えないといけないのは、目の前にいる人のことなのに。


「決まった?」

「えぇええ! 早いですって! そういうチーフは決まったんですか?」

「俺、ここに来るときは目玉焼きハンバーグって決めてるから」

「えぇええ!? ズルくないですか!?」


 ぷっ……。

 あまりにも一生懸命だからつい笑ってしまった。


「あはははは、嘘、嘘! ゆっくり選んでいいよ」

「むー……」


 白河しらかわさんが、A3サイズのメニュー表を立てて口元を隠した。


 上目遣いで俺のことを見ている。


「もしかして意地悪されました……?」

「どうかなぁ」

「やっぱり意地悪されました!」


 白河しらかわさんがぷんすか怒って、またメニュー表に視線を戻した。


 はにかんだような、怒っているような、決して職場では見ることができない表情をしている。


「それ、期間限定で美味しそうじゃん」

「あっ、本当ですね。でもちょっと高いかなぁ……」

「値段は気にしなくていいって」

「で、でも、さすがにチーフより高いやつを頼むのは抵抗があります……」

「じゃあ俺もそれにするから」

「いいんですか?」

「俺もそっちにしようか迷ってたし。じゃあ俺は大盛にしようかなぁ」

「じゃ、じゃあ私はこれにしようかなぁ」


 机の上にある呼び出しボタンを押して、店員さん呼んだ。


「ドリンクバーはどうする?」

「わ、私は――」

「じゃあ頼むね」

「もうっ! じゃあなんで聞いたんですか!」

「なんとなく」

「やっぱりチーフは意地悪さんです!」




※※※




「チーフはお休みの日はいつも何してるんですか?」

「それ聞いちゃう?」

「聞きたいです」

「基本、外に出ない」

「えっ?」

「休みの日はずっと引きこもってたいから、前の日に食料とか多めに買ってなるべく外に出ないようにしてる」

「い、意外です!」

「休みの日は何もしたくないじゃん。そういう白河しらかわさんは何してるの?」

「わ、私も基本は外に出ないで本を読んだりです」

「一緒じゃん」

「け、けど! ちゃんとお散歩に出たりとかはしますよ! 犬のですが……」


 何杯目かのドリンクバーをおかわりをして、白河しらかわさんと他愛のない会話をする。


白河しらかわさん、ところでなんだけど」

「はい! 何でしょうか!」 

「あのときの値下げ発言ってどういう意味だったの?」

「うぅ……それを今聞いちゃいますか……?」


 白河しらかわさんが顔を真っ赤にして顔をふせてしまった。


(……)


 その様子で、おおよそのことを察してしまった。


「あ、あれは……チーフに私のことを――」

白河しらかわさん」

「は、はひぃ!」

「今日はデートってことにしよう。白河しらかわさんさえ良かったら、もう少し時間をくれないかな」

「え?」

「俺、白河しらかわさんのことを、アルバイトとか女子高生とかそんなフィルターを通してでしか見てなかったかも。今度からは白河しらかわさん自身のことを見たいんだ」


 白河しらかわさんがほんのり目元に涙を浮かべていた。


 スーパーで働くようになって、偏屈に物事をみるクセがついていたかも。

 ただ素直に、もっと彼女のことを知りたいと思ってもいいのかな……?


「……」


 ……白河しらかわさんは、少しの間を置いて、コクンと俺の言葉に頷いてくれた。


「チーフにそう言ってもらえてとても嬉しいです! 私ももっとチーフのことを知りたいです」

「お互い、職場の姿しか知らないしね」

「あっ! けど、今日一つ分かったことがありますよ!」

「分かったこと?」


 白河しらかわさんが、まるで向日葵のような笑顔を浮かべて、俺にこう言ってきた。


「やっぱりチーフは意地悪だと思います!」

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