♯10 歳の差恋愛、何歳までなら有り?

小西こにしさーん」

「なんだいチーフ」

小西こにしさん的には、歳の差恋愛ってどこまで有りですか?」


 白河しらかわさんと食事を行った翌日の早朝、鮮魚部門の裏のドンの小西こにしさんにそんなことを聞いてみた。


「どうしたの急に?」

「人生経験が豊富な小西こにしさんのお話を聞きたくて」

「チーフにちやほやされると照れちゃうなぁ」

「ちやほやはしてないです」


 朝の荷物を下ろしながら、小西こにしさんとそんな会話をする。


 小西こにしさんは高校を卒業してからずっとこの業界で仕事をしているらしい。十八歳から五十代の今になるまでずっとだ。


 俺なんかとは比べ物にならない経験値を持っている。それは仕事の技術でも、業界での生き方についてもだと思っている。


「何歳でもいいんじゃないの? 別に」

「適当だなぁ」

「丁度いいほうの適当だと思っていい?」

「いい加減のほうの適当です」


 はぁ、セクハラ親父の小西こにしさんに聞いたこと事態が間違いだった……。


「けど、俺は本当にそう思っているけどなぁ」

「へぇ~」

「チーフが適当になってるじゃん」


 小西こにしさんが笑いながら話を続ける。


「チーフはこの仕事をやるようになってから何年?」

「バイトをしてた頃を含めると四年くらいですかねぇ。今、五年目になるのかな?」

「じゃあー、まだまだ分からないことだらけだよな」


 えぇー……。

 朝から晩までこの仕事をやっていて、大体のことを分かったつもりでいたんだけど……。


「東店の平山ひらやま店長って知ってる?」

「一緒にお仕事をしたときはありませんが、お名前だけは」

平山ひらやまさんの嫁、二十歳以上年下だからね」

「えぇええ!?」


 よく知らないだけど、真面目な印象がある人なのに!


「この業界にいれば、沢山そういう話は出てくるよ」

「へ、へぇ……」

「既婚者同士が不倫をしているなんてよくある話だし」

「それは俺も結構聞いたときがあります」

「昔、俺の上司が、応援先のバイトの子を嫁さんにもらったって話もあったなぁ」

「応援って他店舗にヘルプに行くことですよね?」

「今、ヘルプって言うの!?」

「はい」


 それにしてもすごい話だ……。

 お手伝いに行っている店舗で、恋愛をしてくるなんて。


「人の気持ちなんてそんなもんでしょ。だから歳の差は関係ないと思うけどな」

「そ、そうですか」

「チーフも、アルバイトの子とくっつくなんて全然珍しくないよ」

「……半分、分かってて言ってますよね」


 はぁ、さすが長年いるだけであって、うっすらバレてしまっていた。

 まぁ、俺も多分そうかなと思ってこの人に聞いたんだけど。


「チーフはもっと気を抜いたほうがいいと思うけどなぁ」

「どういうことですか?」

「この業界って、“真面目な人”とか“良い人”はすぐに辞めていっちゃうからさ」

「あー、俺の同期なんてもう半分も残ってませんよ」

「きっと、仕事のつらさもあるけど、そういう人間関係が嫌になるんだろうな」

「……それは分かる気がします」

 

 人間関係が嫌になるかぁ……。


 今まで辞めていってしまった人たちの顔が浮かんでしまい、気分が少し落ち込んでしまった。



バァン!



「いって!」


 いきなり小西こにしさんに背中をぶっ叩かれた。


「俺は良い子だと思うぞ」

「絶対に誰にも言わないでくださいね」

「分かってるって」


 年配のおじさんに文字通り背中を押されてしまった気がする。


「ところで小西こにしさん」

「なに?」

「生臭い発泡を触った手で叩きましたよね」

「ごめん」




※※※




「おはようございます! 今日も一日よろしくお願いします!」



 白河しらかわさんが出社する時間になった。


 白河しらかわさんの出社時間は、大体午後の五時半からだ。


 今日は仕事の進みが順調で、部門の人はほぼ帰ってしまった。


「おはよう白河しらかわさん」

「お、おはようございますぅ……」


 あれ? いつも挨拶のあとに一言二言は話すのだが、今日は俺から逃げるように、白河しらかわさんが作業場の裏にある値下げ機を取りに行ってしまった。


「ね、値下げに行ってきますね……」

「うん、いつも通りよろしくね」


 白河しらかわさんがそそくさと売り場に行ってしまった。

 全然、俺に目を合わせてくれない。


 あれ? もしかして避けられている?

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