♯5 白河さんはシフトを合せたい

 白河しらかわさんが青果部門から戻ってきた。

 両手には値下げのラベルを抱えている。


「戻りました!」

「ありがとう。あっ、そうだ! 休みの希望日は今日までだから出しておいてね」

「分かりました」


 希望休は、使わくなったPOP用紙の裏側に書くようになっている。

 俺のパソコンの隣に置いてあるそれを、白河しらかわさんが何度も目をぱちくりさせて眺めている。


「ちなみにチーフのお休みはいつですか?」

「俺? 俺はみんなの決めてから、空いたところに入れるだけだから」

「そ、そうですか……」


 白河しらかわさんがガクッと肩を落とした。

 その後も俺に何か言いたそうにもじもじしている。


「どうしたの?」

「い、いえ特には……」


 今度はなんだろう?

 特にはと言う割には、白河しらかわさんはこの場から離れようとしない。

 

「落ち着いて。言いたいことがあるならちゃんと聞くから大丈夫だよ」

「す、すみません……。あ、あの!」


 白河しらかわさんがすぅーと深呼吸をした。


「わ、私、チーフと同じ休みの日がいいです」

「分かった、同じ休みねー……って、え?」


 あれ? なんか今すごいことを言われたような……?


「俺のシフトって他の人が優先だから普通に六連勤とかになったりするよ?」

「ぜ、全然問題ありません! チーフと一緒がいいです!」


 ふ、普通は部門責任者って疎まれるものなんだけどなぁ……。


 責任者がいないときはみんな気楽にやることが多いのに。


「……」


 どうしよう。

 無下に断って、白河しらかわさんの仕事のモチベーションが下がったらどうしよう。

 

(……いや、これはちょっとずるいか)


 駄目だ駄目だ……物事を仕事中心で考える癖がついている。


 誰ともぶつからないように、上手く立ち回ろうとする癖がついてしまっている。


 これは仕事の話ではなくて、白河しからわさん自身の話かもしれないのに――。


「それって――」

「私、チーフとデートがしたいです」

「え?」

「チーフとデートがしたいです」


 思ったよりも白河しらかわさんが真正面から俺にぶつかってきた。

 聞こうとしたことを先回りで言われてしまった。


 ……本当に真っすぐな子だなぁ。

 俺なんて入社してからひねくれまくってしまったというのに。


 正直、そんな風に言ってくれるのは嬉しい。

 こんな可愛い子に好意をぶつけられたら誰でも嬉しいと思う。


 でも、相手は女子高生だ。

 大人の俺は、真摯に彼女と向き合わなければ。


白河しらかわさん」

「はい」

「デートって男女のデートのことでいいんだよね?」

「はい」

白河しらかわさんと俺は歳が離れてるよ。それに白河しらかわさんはまだ学生だから――」

「たった七歳です。それに来年、卒業です」


 白河しらかわさんが俺の言葉を遮った。今日の彼女からは強い意志を感じる。


「いや、そういうことじゃなくて……」

「じゃあこの前のお詫びをして下さい!」

「お詫び!?」

「はい! この前、私にお詫びをしてくれると言いました!」

「そ、それは確かに言ったけど、この前は気にしなくていいって……」

「……デートがダメならご飯だけでも一緒に行ってくれませんか?」


 声が擦れ、大きな目が涙ぐんでいく。

 余りにも必死過ぎて痛々しいくらいだ。


「……分かったよ。この前のお詫びだからね」

「いいんですか!」

「自分でそう言ったくせに」


 あまりにも嬉しそうにしているから、つい笑ってしまった。


 これくらいならいいかな……。


 それに自分を値下げ”発言が告白だったとすると、ちゃんと彼女と向き合わないといけないよな。




※※※




「はぁ、今日も疲れた」


 家に帰り、ベッドに横になる。


 時間は夜の十一時を回っていた。


 俺の退勤時間はいつも夜の九時を回ってしまうので、そこからご飯を食べたりお風呂に入ったりしていると簡単に日付が回る時間になってしまう。


白河しらかわさんかぁ……」


 今日のことを思い返す。


 スーパーって結構どろどろしているんだよなぁ……。

 俺がスーパーなんて働くものじゃないと思っている理由の一つがここにある。


 ――恋愛にだらしない人が多いのだ。


 男女色々な年齢層の人がいるので、沢山の恋愛の話が湧いて出てくる。


 不倫の話なんて珍しくもなんともない。

 社員同士で付き合っているなんて当たり前にある。

 バイトの子に手を出した話なんてそれこそよく聞く話だ。


 還暦過ぎた親父が、二十代の若い女性と話す機会が生まれる。

 旦那さんと上手くいっていない三十代の女性が、二十代の若い男の子と話す機会が生まれる。


 それがスーパーなのだ。


 人の気持ちなんて抑えられるものではないのかもしれないけど……。


「俺はちゃんとしたいな」


 心の底からそう思った。

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