♯6 がっかりされないか心配です

「あれ? 来月の休みって、チーフと白河しらかわちゃんが一緒のところあるんだね」

「そうですね。一日だけですけど」


 出来上がったシフト表を部門の人たちに配り終えた。


「いつもは別々だったのにねぇ~」

「……」


 山上やまがみさんが何かを探るようなことを言っている……。


 シフト表は、毎月、部門責任者の俺が作ることになっている。


 部門責任者の唯一の利点はここにあると言ってもいいかも。シフトをある程度、自分自身でいじることができるのだ。


 どうしても外せない用事があるときは、誰にも言わずしれっとそこを休みにできたりする。


 とは言っても、みんなの希望休を聞いたり作業の人員配置を考えたりすると、自分自身の休みは後回しになるので、そんなに融通が利くものではないのだが。

 

「お土産よろしくねチーフ」


 で、大体シフト表を見るとこういう人が現れる。


 他人のシフトを見比べる人がでてくるのだ!


 あっ、この人とこの人はいつも休み一緒じゃんって具合に――。


 スーパーにいる名探偵おばさまは決してそのチェックを怠らない。


 各部門のシフト表が貼ってある休憩室のホワイトボードは、その名探偵たちの集まりになっていることが度々ある。


「どこに行くのチーフ?」

「どこにも行きませんって。いつも通り家で寝てます」


 山上やまがみさんの言う通り、俺は一日だけ白河しらかわさんとシフトを合せた。だが、そのことをこの人に馬鹿正直に言うわけがない。


 “沈黙は金、雄弁は銀”とはよく言ったものだ。


 休憩室にあるシフト表と一緒に、この言葉を貼りだしてほしいくらいだ!


「おはようございます! 今日も宜しくお願いします!」


 山上やまがみさんとそんな会話をしていたら、白河しらかわさんが元気よく出勤してきた。


「あらら、今日の白河しらかわちゃんは元気いっぱいだね。何か良いことあったのかい」

「はい! とっても良いことありました!」


 山上やまがみさんの老獪な手口に、女子高生の白河しらかわさんは全然気が付かない。


 今、勘ぐられてるんだよ白河しらかわさん……。


 悪いことは何もしていないはずなのに何故か気まずい。


白河しらかわさん、これ来月のシフト表」


 なるべく平静を装って、白河しらかわさんにシフト表を渡した。


「あっ! 休憩室でも見ました! ありがとうございます!」


 白河しらかわさんが目をキラキラに輝かせてシフト表を眺めている。


「ふふふっ、珍しい子だね。そんなに楽しそうにシフト表を眺めるなんて」

「そうでしょうか!?」


 山上やまがみさんが白河しらかわさんのことをからかっていた。


 いやいや、山上やまがみさん。

 あんたもよく同じような目でシフト表を眺めているから。




※※※




白河しらかわさん、売り場の値下げは大丈夫?」

「はい! 終わりました!」


 白河しらかわさんの作業の動きがいつもより断然いい。

 普段も別に動きは悪くはないのだが、今日は目に見えて張り切っているのが分かる。


「白河さんそこにコーヒー置いてあるから飲みながらやってよ。今日はそんなに忙しくないから」

「はい! いつもありがとうございます!」


 たった一日の……しかも食事の約束だけで白河しらかわさんから幸せオーラが溢れ出ている。


 もちろん気分は悪くないのだが、その分色々と心配になるわけで……。


白河しらかわさんは何か食べたいやつある?」

「食べたいやつですか?」

「うん、一応、白河しらかわさんのお詫びでもあるわけだし」

「うーん……」


 白河しらかわさんが真面目に考え込んでしまった。


「あっ、いいよ。まだ日付はあるから」

「はい! じゃあよく考えておきます! 私、楽しみでその日まで寝られそうにありません」

「まだ十日くらいあるからね! しかも食事だけなのに!」

「それでも嬉しいものは嬉しいんです」


 ま、眩しい。

 こ、こんな子の好意をこんなひねくれた俺が受け取っていいのだろうか。


「私、チーフと一緒ならなんでも美味しいと思います」

「安いファミレスでも?」

「ファミレスでも全然大丈夫です! サイザとかとてもいいですよね!」


 うわぁ……。

 年上の人とばかり話していたからこんな反応をされるのはとても新鮮だ。


「そんなに期待されると困っちゃうなぁ……」

「困っちゃう? 何がですか?」

「こんなおっさんが隣にいると思うとがっかりしちゃうかもよ?」

「がっかりはしないと思いますが……。それにチーフはおっさんって年齢じゃありません」


 たった一ヶ所、同じ予定を入れただけで白河しらかわさんとの距離が随分縮まった気がする。


 いつもより彼女の話し方もフランクになっている。


「でもそれを言うなら私の方が心配です」

「心配?」

「チーフに私のことがっかりされないかとても心配です。折角のデートなのに」


 だからデートでは――。


(……)


 彼女の笑顔を見ていたら、何も言えなくなってしまった。


(でも、なんかいいな)


 彼女の純朴さに、ただ素直にそう思ってしまった。

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