第59話 竜使いの民
それぞれの所属する陣営の垣根を越えて入り混じった数人で巨竜に近づいては引き寄せ、別の誰かが背後や上空から隙を突いて少しでも打撃を与えることで気を削ぎ、苛立たせ、冷静さを失わせようとする。最も気を付けなくてはならない口から吐き出す炎に関しては、連続では吐けないらしく、間を置かずに飛んでくることは無いと分かった。思えば、アルコルも何度も続けて吐き散らすことはなかった。
しかしどんなに警戒しても、巨竜の圧倒的な力を前に、張り飛ばされ、叩き落され、人数差という優位もじわじわと縮まっていく。それでもクロードたちは機会を待ち続けた。そして巨竜が再び疲労を見せ始めると、また祠の上に止まろうとした。
初めに切り込んだのはホワイトであった。他の竜使いたちが巨竜を消耗させている間、彼だけは離れた場所で休んでおり、再び集中状態に入り、一つでも多く傷を刻もうと迫る。たった一匹であったにもかかわらず、巨竜は先ほどやられた記憶があるからか距離を取ろうとする。しかし背後ではロリアンが率いていたベース家とアギルド家の竜たちで壁を作って退路を断つ。そこで巨竜は吼えるとホワイトへ真っ向勝負を挑んだ。先ほどの雪辱を晴らしたい気持ちがあったのかもしれない。
ホワイトと巨竜がやり合い、白い竜が腕を削るように爪を立てるが、さすがに一対一では巨竜の方に分があり、ロリアンたちが一斉に突っ込んでいくことで巨竜が気を取られた隙に、ホワイトは離脱する。しかしホワイトがいなくなったことで、巨竜は突っ込んでくるロリアンたちに集中することが出来るため、やはりその大きな翼や腕をもってして圧倒する。ロリアンたちは身体を張って耐えるしかなかったが、実はそれも作戦のうちであり、巨竜をそこに留まらせるのが狙いであった。
しかし巨竜は彼らがあまり反撃もせずにいることから時間を稼いでいるのだとじきに見抜き、一度そこから離れようとした。それでも離れる前に、上空の雲から王子たちが姿を現して、巨竜に向かって矢のように降り注ぐ。ホワイトが離脱した後で、わざわざ遠くから旋回して霧に隠れながら動いていたのだ。巨竜は咄嗟に火を吹きだして炎の壁を作り、今度は彼らの方を足止めすると、身を翻して下に逃げようとした。しかし足元にはあいにく石造りの祠があり、そこから逃れることは出来ない。上には王子たちが、背後から取り囲むようにロリアンたちがおり、そうなると祠の入り口がある方から抜けていくしかなかった。丁度そこだけがぽっかりと穴が開いたように誰もいないのが巨竜にも見えたはずであり、実際そちらに飛んで逃れようとした。
しかし巨竜が祠の上から飛び去るところで、唐突に建物の陰からクロードを乗せたアルコルが現れた。彼はホワイトが離脱してロリアンたちが相手をしている間に祠の中に潜み、包囲網を逃れようと祠の正面に巨竜が来るのを待っていたのだ。
アルコルが一層低いうなり声をあげると、獲物を捕捉した肉食獣のように、低空でうつ伏せに飛ぶ巨竜に襲い掛かった。クロードたちが狙っていたのは腹から首にかけての上体であった。しかしそこでもう一度巨竜が口を開けるのが見えると、焼け焦げそうなほどの熱気が発生していた。それは、短時間で火を生成できないだろうと考えていた竜使いたちの推測が誤りであったことを知らせていた。しかしそれでもクロードは叫んだ。
「突っ込め、アルコル!」
アルコルはもう一度吼え、その炎の中に自ら突っ込んでいった。ひりつくような熱さを感じるのと、ぶつかった衝撃を受けるのはほとんど同時であった。そしてその炎の中で、クロードとアルコルは一体となって叫びながら一直線に貫いた。
巨竜の首元からおびただしい量の黒々とした血が噴水のように飛び散り、クロードはそれを身体中に浴びていた。それを浴びたせいなのかクロードの目がかすんでいく中、この山脈に響き渡るほどの悲鳴をあげた巨竜が、どうにかその翼を羽ばたかせ、尻尾を振りながら霧の中に逃げていくのがうっすらと見えた。それを追える体力は誰にもなく、ただ見送ることしか出来なかったが、それでも自分たちが勝利を収めたことをクロードも実感していた。そしてその思いを叫ぼうとしたのだが、口から漏れ出るのは酷くかすれた吐息だけであった。アルコルの顔を見ると、その分厚い皮膚は焦げていたが、何やら吼えており、健在であることが分かる。さすがに火を吹く竜だけあって耐性もあるのだろう。クロードはほっとすると、その首を手で撫でながら「よくやった、アルコル」と声にならずとも口を動かしていた。
アルコルは吼えてはいたが、雄叫びをあげるようなことはしなかった。それは自分の力だけで勝ったわけではないからだろうと思ったが、それだけではないことに彼だけが気付いていなかった。周りの竜使いたちが自分に向かって飛んでくるのがおぼろげに見える。決して慕われるようなことは無いだけに、すぐにでも祠にそれぞれの家の紋章が刻まれた品を納めて飛び出すのだと思っていたし、自分もそうしなくてはと思った。竜征杯はまだ続いているのだ。彼らをぶっちぎって一番に王都に到着しなくてはならない。クロードの家にはそもそも家紋など無いので、その代わりに代々受け継いできたという懐中時計を懐から取り出そうとした。ところが手には力が入らず、よく見るとその手はやけにがさがさとしていて真っ黒であった。何やら声を掛けられているような気もしたが、もはや言葉として聞き取れていなかった。そしてどうにも先ほどから自分の頬の辺りで大きく脈動するものを感じていたが、それがアルコルの黒い皮膚に当たっているからだと気付いた直後、クロードは気を失っていた。
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