第58話 竜使いの誇りを胸に
三人で真っすぐ近づいていくと、さすがに巨竜も警戒して飛び上がった。
クロードが先頭で飛んでおり、ギリギリまで近づいてから手を上げて合図を送ると、二人は素早く左右に分かれて回り込もうとする。それを見越した巨竜は正面のクロードたちに自ら向かってきた。
「ぶつかるぞ」
クロードが言うと、アルコルは突撃する。先ほどのようにアルコルが接近戦に持ち込み、掴んで足止めしているうちに他の二人に攻撃してもらう算段だったが、巨竜はクロードたちに向かって咆哮をあげて勢いのまま蹴散らそうとする。アルコルは遠くまで弾き飛ばされはしなかったが、捕まえることもできなかった。基本的にクロードたちが足止めをしなくては、ホワイトに応援を要請することはできない。
三方から囲もうとしていることを巨竜はよく理解しており、動きに変化をみせるようになった。アルコルと違って多数との戦いも心得ているようで、捕まえるのは容易ではなさそうである。
クロードはとにかく巨竜に張り付くようにアルコルに追いかけさせる。もちろんそれも簡単ではなく、霧が出ているので離れたら巨体であっても見失うし、通常の竜と比べれば数倍の力を持っているので、向こうにとっては軽く翼でいなすようなものでも、その衝撃によってアルコルの背中から落ちないようにしっかりと掴まっていなくてはならない。しかしそれでもどうにか追いかけ続けられるのは、アギルド家に仕える二人の活躍が大きい。彼らはクロードの予想以上によく働いており、巨竜の意識を上手いこと分散させて、一人に対する連撃を許さない。
クロードは一度、二人を集めて新たな指示を出した。二人とも頷き、再び飛び出す。
それからしばらくはひたすらに粘り強く巨竜に張り付いていた。初めこそ巨竜は物ともせずにあしらっていたが、アルコルのしつこさにしびれを切らしたのか、もしくは疲れてきたのか、あからさまに距離を取って逃れるような動きを見せ始めた。
クロードは巨竜の進行方向を遮らせると、巨竜は左に抜けようとしたのでさらに追いかける。そこで巨竜がクロードたちの方を向いて、面倒くさそうに翼で払いのけようとした。それを待っていたクロードは彼らに話したことを実行するべく、他の二人に合図を送ると、彼らのうち一人が右に飛んでいき、クロードと挟み込もうとする。先ほどクロードが見たときは簡単に跳ね返されていたが、今度はアルコルもアギルド家の竜も巨竜ほどではなくとも大きくて力があるので、巨竜も同時にぶつかられることを嫌がり、上に逃げようとする。しかしそこで霧に隠れて待っていた三人目の竜使いとその竜が突如として現れる。驚いた巨竜は空中で宙返りして、尻尾をぶつけて弾き飛ばそうとする。それはアルコルが追い詰められたときに見せる動きと全く同じであった。
尻尾をぶつけられそうになった竜使いは、それをあえて受けた。攻撃を当てるという行為は少なからず攻撃を与えた方にも衝撃があり、そこにちょっとした時間が生まれる。すると空中で回転しながらも動きの鈍った巨竜にアルコルが掴みかかる。巨竜は腕を振り回してアルコルの腕を弾こうとした。
「今!」
上空で攻撃を受け止めた三人目のさらにその後ろに影が現れたかと思うと、白い竜とそれに乗ったホワイトが姿を見せた。
「やれ」
ホワイトが静かに告げると、白い竜は耳をつんざくような声をあげて、巨竜に襲い掛かる。クロードはその様子を初めて目の当たりにしたが、それが自分に向けられたものではないのにも関わらず、ぞっとさせられた。
長くて鉄のように固い爪が、的確に首元に入り、さらにもう片方の腕の爪で顔をかっさばくように引っ掻いた。それは間違いなく目を狙っており、結果的には少しずれたので眉間の辺りが抉れたが、そこには情けなど微塵もなく、彼らの容赦のなさが浮き立つ。巨竜は悲鳴をあげるが、白い竜はさらに胴体から翼にかけて爪をナイフのように刺しこんだ。しかしそこで巨竜が今までのあしらうような攻撃とはまるで異なる強い力で自身の身体を揺れ動かしてその爪を抜き、白い竜から少し離れる。ホワイトは焦点の定まらない目つきのまま何も言わなかったが、好機だと思ったのかもう一度仕掛けようとした。
「ダメだ」
クロードはそう叫ばずにはいられなかった。他の竜使いたちもクロードの叫びで気付くが、ホワイトだけはまるで聞こえていないようであった。それが彼の深い集中状態によるものであることを理解し、クロードはその照準を少しでもずらそうと、アルコルに身体のどこでもいいから掴ませようとするが、すでに熱気を感じていた。
「ホワイトさん!」
次の瞬間、巨竜の口から吐き出された真っ赤な業火が、彼と白い竜に襲い掛かっていた。そこでようやくホワイトの瞳孔が開いて焦点が合うが、すでに手遅れであるのは明白だった。
しかし、そこで突然白い竜が真横に突き飛ばされる。直後、ホワイトのいた場所は炎に包まれた。クロードたちも火に巻き込まれないように遠ざかるが、その突き飛ばした存在はしっかりと見ていた。
「どうして」
クロードは思わずそう言っていた。ホワイトが炎に包まれる直前に彼の乗る竜を突き飛ばしたのは、ロリアンと彼の竜であった。
「火を吐く動作は以前、間近ではっきりと見ていたからな」
ロリアンは手にしていた耐火性の高い分厚い銀盾を風に当てて冷ましながら答える。
「分かっていたとしても、僕なら助けなかっただろうね」
するとロリアンの出てきた辺りの霧の中から、王子も現れる。
「王子まで、一体なんですか。これは」
「僕だけじゃないさ。後ろを見てみると良い」
すると丁度、霧が晴れていく。王子の後ろには、先ほど山頂の手前にいた竜使いたちがずらりと勢ぞろいで並んでいた。
「ロリアンがホワイトを助けたけど、そのロリアンを説得したのは僕さ。つまりホワイトは僕に助けられたと言っても過言ではないんじゃないかな」
「過言だ」
そこでようやくホワイトが口をきく。
「でも、借りが出来たのには違いないだろ。義理を重んじるキミなら、無下には出来まい。まさか命を助けられた直後に、抜け駆けしようとは思わないだろ」
「だから、どうしてそれを王子が偉そうに言うのですか」
ロリアンが呆れている。
「知らないのなら教えてあげるけど、王子ってけっこう偉いんだよ」
ディベリアスは胸を張ってそう言うと、クロードの方に向き直った。
「でも、確かに僕がロリアンを説得出来たのは、キミがああ言って出て行ってからで、さらにホワイトたちと共闘している姿を見せられたからだ。何が言いたいのかと言えばね、つまるところ僕らに指示をくれないだろうか、隊長殿」
王子が自分の指示を待っていることを理解するのに、クロードはたっぷり数秒ほど費やした。さらに言えば、それを待っているのは王子だけでなく、その場にいる全ての竜使いたちであった。
「えーと。とりあえず、ここから離れてください。また炎が飛んできます」
ホワイトによって傷を負わせられて激昂している巨竜が再び口を開けるのが見えていたのでクロードはそう言うと、一団は即座にその場から離れる。
勢ぞろいとはいっても、残っているのはせいぜい十人ちょっとであり、戦えそうなのはさらに絞られる。それぞれの次期当主を含めても、王家が四人、ベース家が二人、アギルド家が三人といったところであり、先ほど巨竜の尻尾を受けとめたアギルド家の竜は休むことを余儀なくされたので、アルコルと合わせて九匹の竜が巨竜の周りを飛んでいる。しかしアルコルと同様に、そしてその何倍もの大きさの火を吐くことが分かった以上、迂闊には近づけない。巨竜は自分の身体を傷つけられたせいか、今や惜しみなく野生の本能を剥き出しにしてうなりながら飛び回っていた。
近づくベース家とアギルド家の集団に向かって右から左へ炎の壁を吐き出す。当然彼らは避けるが、左の方に避ける竜を狙って、急接近してその腕で必死に羽ばたかせている翼を掴むと、そのまま地面に投げ飛ばす。その間に他の竜が近づくが、すぐに羽ばたき直して上を取ると、その身体で押し潰す。今度はまた別の竜ががら空きの背中を狙おうとするが、身体を独楽のように回転させることでその大きな翼に跳ね飛ばされてしまう。敵を分散させて連携を崩し、一匹ずつ削っていくという合理的な戦法であり、やはり少数ごとに攻め込むのは愚策だろう。
「総攻撃を仕掛けます。竜征杯では異なる陣営だとしても、今この時だけは国を守るために結束してください。昔、アシュフォード家とアギルド家も手を取り合って巨竜を追い払ったといいます。だとすれば、僕たちにだって出来ないはずがありません。では、指示を出させていただきます」
短い時間であったが、竜使いたちと相談しながら細かい配置を決めて、クロードも自分の役目を果たすべく移動しようとする。しかしそこで竜使いたちは顎を引き、右の掌を胸に当てると「竜使いの誇りを胸に」とそれぞれ口にした。クロードは戸惑っていたが、それが竜使いたちの戦場での鬨の声であることに気付くと、クロードも見よう見まねで「竜使いの誇りを胸に」と言う。すると「おお!」と竜使いたちが声を上げた。
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