第57話 持たざる者の考え

 再び山頂に行くと、巨竜が祠の上で陣取るように居座っていた。祠が頑丈な石組みでなければその重さで天井が落ちていたかもしれない。その周りを二匹の大きめの竜が飛んでおり、少し離れたところには白い竜に乗ったホワイトの姿もあった。あれがアギルド家の生き残っている竜の全てなのだろう。

 どうやらホワイトを祠に入れさせたいようで、二人の竜使いたちが攻撃を仕掛けて祠から離れさせようとしているが、挟み込んでも巨竜はモノともせずに二匹とも跳ね飛ばしてしまう。祠に執着しているわけではないようだが、休憩するには悪くない場所と思っているのかもしれない。

 そんな彼らの様子もお構いなしに、アルコルは再度思い切り吼えると突撃していく。クロードは止めるのは無理だと分かっていたのでそれを許したが、他の竜使いたちは戸惑いを見せ、警戒して距離をとった。しかし当然アルコルはそちらには目もくれず、祠の上で羽を休めている巨竜の正面から突っ込む。巨竜はアルコルのことを翼で軽くはねのけようとするが、アルコルは上手く躱してその懐に飛び込んだ。しかし巨竜はその大きな腕で体当たりを受け止めると、そのまま弾き飛ばす。

 しかしアルコルも空中で翻ってその衝撃を和らげながら、間髪入れずに再び突っ込み、今度は両腕の合間から矢継ぎ早に拳で、時には掴みや引っかきに手を変えながらその身体に数発ほど当てることに成功した。そこでようやく巨竜は足を祠の屋根から離し、翼を広げて襲い掛かってこようとしたので、クロードは「退がれ」と指示を出し、距離を取り直させた。

 悪くない感触を得たのは互いに同じであり、だからこそ冷静に自分の指示を聞いてくれたのだろう。クロードは勢いの出てきた様子のアルコルを見ながら思う。おかげで巨竜もこちらを常に視界に入れておくぐらいには、アルコルのことを意識し始めていた。

「おい、何のつもりだ」

「えっ」

 クロードは目の前の巨竜に集中していたので、話しかけてきたホワイトへの反応が遅れた。

「おまえ、後ろも横もがら空きだな。俺がその気なら死んでいたぞ」

 霧がかっている上に風も吹いていたので気付きにくい状況ではあったが、それにしても話しかけられる直前まで、まるで気配を感じさせないところは不気味であった。

「隠密は私の得意分野だ。他に気を取られている相手に近づくなど造作もない」

 彼はクロードの考えを読んだように喋る。

「それで、おまえは何をするつもりだ」

「あの巨竜を打ち負かそうとしています」

「本気で言っているのか」

「冗談や嘘に聞こえますか」

 クロードは巨竜から目を離すことなく答える。一歩間違えれば、彼の怒りを買いかねないような挑発的な発言だったが、クロードに返答を考える余裕はなかったし、アルコルの気持ちを考えれば誰であろうとへりくだったことを言いたくはなかった。

「あいつらはついてこなかったわけだな」

「そうですね。言い争っていたようだったので、僕が編成の責任を負うと言ったのですが、さすがに賛同してくれませんでした」

「ほう、そんなことを言ったのか」

 クロードは馬鹿にされると思っていたが、存外彼はそうはせずに関心を示していた。これまでの行動からみても、アギルド家は独善的で協調性などまるで無いと思っていたので、彼に話を持ち掛けるという考えは頭になかった。

「まあ、そんなものを彼らのような権力側の人間が聞き入れるのは至難の業だろうな。奴らは今の地位を失うことをひどく恐れている」

「あなたは彼らとは違うのですか」

 クロードはそこで初めて彼の方を見た。彼の眼力は他人を射すくめ、怯えさせるようなものであったが、それでもクロードは委縮せずに見返す。それが出来たのも、おそらくはアルコルの気持ちに引っ張られていたからだろう。

「違う」

 彼はハッキリと言い切った。

「私は彼らと全く異なる気質を持っている。何故かと言えば、私が持たざる者であったからだ」

「持たざる者?」

「しかし今、生い立ちの話などするべきではないだろう」

「それはそうですね」

 どちらにしても彼の様子を見て、詮索しようとは思えなかった。

「私の目的は分かるだろう」

「ええ。祠に紋章の刻まれた品を置くことですよね」

「入るだけなら出来なくもなさそうだが、閉じ込められたらかえって良くない状況になる。巨竜が私に構っている間に、他の家の奴らも入ってきて出し抜かれるか、もしくは巨竜に加勢して私を潰しにくる恐れもある」

 後者の方は、クロードの頭には少しもなく、彼らの様子からしてもそんなことをするようには思えなかったが、それだけ彼の用心深さは窺えた。

「協力を求めるというなら、それを受けるのはやぶさかではない」

 その言葉をそのまま鵜呑みにするものではないことくらい、クロードでも分かる。

「嘘ではない。おまえには分からないかもしれないが、もし私たちだけであの竜をどうにか出来たとすれば、奴らはこちらに貸しを作ることになる。無かったことにするのは奴らにかかれば簡単だろうが、人間の感情というのは想像以上に面倒だ。奴らが巨竜との戦いから逃げたことを奴らの心に刻み込めるのはそう悪いことじゃない」

「受けて頂けるのであれば、あなたが紋章の刻まれた品を置いて出る手伝いもしますし、それが終われば去ってもらっても構いません。先ほどもそのように申しました」

「すでに危険に晒されていることを考えれば、こちらにも利のある提案ではあるな。だが、そんなのは当然の権利だ。今は竜征杯の最中なのだから、ゴールを目指すことは条件になりえないだろう」

「では、何を望むのですか」

「その竜、野生の竜なのだろう」

 ホワイトは顎でアルコルを指し示す。

「ええ、そうですけど」

「どうやって捕まえて、その背中に乗れるようにまでなった?」

 意外にも彼はそんなことを尋ねた。それを訊かれただけでは、彼の意図は分からなかったが、さらに続けて彼は言った。

「あの巨竜の背中に乗って意のままに操るには、どうするべきだと思うのか聞いているのだ」

 クロードは彼の顔を見るが、それが冗談なのか自分を試しているのか判別がつかなかった。

「あの竜を従えさせることが出来れば、多大な戦力の増強に繋がり、竜使いとしても箔が付く」

 つくづく考えていることがクロードの予想を上回ってくるが、その考えている内容自体に驚きはなかった。クロードは少しだけ考えてから答える。

「少なくとも、僕はこいつを意のままに操れてなんて全くないです」

「まだ飼い慣らせていないということか」

「竜使いの方ならそう思われるかもしれませんけど、僕はそういうことではないと思っています。昔から思っていたことなんですけど、僕にとって竜は飼い慣らすものではなく、一緒にいるものなんです。言葉で表現するのはあまり得意ではないのですが、友達とか家族とかそういうものに近いのではないかと考えています。もちろん僕の都合で振り回すことも少なくないので、そう呼ぶには不適切なところもありますが、それでも僕は自分を飛ばしてくれる竜の意向を出来るだけ汲み取ってやりたいと思っています。他の竜使いの方に話せば笑われるような話なので普段は言いませんけど、僕にとって竜も人間も同じなんです。だから自分の言うことの全てを聞かせる必要はないと思っています」

 クロードは自分でも上手く言えているのかどうか分からなかった。ましてや目の前にいるアギルド家の次期当主に伝わるとは思えなかった。

「つまり、おまえはそいつと仲間になろうとしている途中だと言いたいのか」

「ええ、おそらくはそういうことですね。だからあなたがあの巨竜に乗るのを手伝うのは少々難しいことかもしれません。結局はお互いの対話が重要だと思うので」

 クロードは少し自信なさげに答える。

「その話を聞いて、おまえが思ったよりもずっと恵まれた環境で育ったことだけは分かった」

 自分でもそう思っていたので、クロードは何も言わなかった。

「私にとって竜は戦うための武器だ。こいつに乗ったのも、使えそうな武器がこれしかなかったからでしかない。竜の手入れは武器の手入れと一緒だ。消耗すれば取り換える。竜は家畜だ。そして、こいつらもまたこいつらにとって良い主に巡り合い、過ごしやすい場所を確保するために戦っている。良い待遇を得るために、必要な存在であることを示そうとする。そこに別の何かがあるとすれば闘争本能ぐらいだ」

 ホワイトの言葉に重みを感じるのと共に、自分とは全く物の見方が異なるのだと改めて思わされる。

「だが、野生の竜に乗っている竜使いがおまえしかいないのは紛れもない事実。結果を示す者の言葉であれば、頭の片隅には入れておこう」

 すると彼は「おい、おまえたち」と他の二人の竜使いを呼びよせる。

「こいつとあの巨竜を倒すことになった」

 その言葉に彼らは息を呑んだが、それでも即座に「分かりました」と口を揃えて答える。

「だが無茶はするな。こいつを出来る限り囮に使って、被害は最小限に抑えろ。あくまでも優先すべきは私が祠を安全に出入りすることだ。おい、おまえ」

 するとそこでクロードが呼ばれる。

「なんですか」

「なんですか、じゃないだろ。指示を出せ。おまえが編隊したのだろう」

 それは上手くいかなければクロードに責任があるということを示してもいたが、そこまで委ねることに驚く。

「では、僕とそのお二方で三人の小隊を組み、揺さぶります。それで隙をどうにか作り出すので、ホワイトさんの竜の俊敏さを生かして攻撃してください。竜の弱点と言われる首や翼の付け根などを狙っていただけると助かります」

「そこまで入っていくのは、かなり危険だと思うが」

「それはそうですが、それでもあなたが最も攻撃を食らわずに済む配置だと思います」

「まあ良いだろう。あえて私に自由度の高い役割を担わせた度胸だけは認めてやる」

「皆さん、お願いします」

 クロードは毅然として言った。

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