第55話 痛みと共に
アルコルが吼えると、巨竜はわずかに目を向けるがさほど反応を示さず、今しがた叩き落とした王子や護衛の竜たちの方へ向かい、襲い掛かる。彼らは飛び立って避けるが、巨竜がぶつかった石柱が砕け散り、さらにそこでその大きな尻尾を横に振り回すことで逃れようとした竜のうちの一匹を叩いた。叩かれた竜は数メートルほど吹っ飛び、別の柱にぶつかって地面に落ちる。クロードはその竜と竜使いの安否が気になったが、巨竜が周りの柱を破壊しながら低空で飛んで近づいてくるので、それどころではない。しかしそれでも他の竜使いたちが退避させる中、アルコルは受けて立つといわんばかりにその場にとどまる。
アルコルが咆哮で威嚇するが、巨竜は全く気にする様子もなく、そのまま雑に突き飛ばそうとする。アルコルは自分が相手にされていないと気付くと、怒りながら真っ向から立ち向かっていく。
ぶつかった衝撃により、クロードは一瞬、前後左右の感覚が分からなくなる。クロードはこれまで乗っている竜がどれだけ無茶苦茶に飛んだとしても、平衡感覚を失うことは一度も無かった。無意識に手綱を強く握っていたので振り落とされはしなかったが、空白の時間を越えたときにはすでに、アルコルと共に宙高く舞っていた。
しかしそれでもアルコルは身体を起こして空中で姿勢を直すと、またすぐに向かっていく。今度は腹の辺りに入り込もうと試みるが、その岩のような足はクロードが思うより、ずっと高くまで上げられ、しならせるようにして蹴り飛ばされる。今度は平衡感覚を失うようなことはなかったが、柱の一本に背中からぶつかる。危うくアルコルの身体によって押し潰されそうになったが、どうにか横に滑ることで回避した。そのような仕打ちを受けながらも、やはりアルコルはすぐに巨竜の方に向かっていく。そのさなかにも巨竜は背後を飛んでいた他の竜を振り向くこともせずに大きな尻尾で薙ぎ払い、新たに別の竜が地面に転がる。
アルコルはまたしても吼える。それは自分の存在を精一杯知らせているようにも見えた。しかし何度挑んでも、その足、尻尾、腕、翼のいずれかでいとも簡単にあしらわれてしまう。体格差や能力の差があまりに大きく、アルコルが何をしようが他の竜の相手をする片手間にやられてしまう。そしてアルコルは一回やられるごとに逆上して、さらに攻撃を仕掛ける。
今度は、巨竜が上空から飛んできた竜に気を取られていたこともあって、背中の方に入り込み、巨竜がこちらを見たときに相手の足元を一度潜り抜けて反対側に出ながら、その翼の付け根辺りを目掛けて突っ込んだ。しかしそれを巨竜は避けようともせず、身体を斜めに傾けてその翼でアルコルの顔面を殴りつけた。アルコルは少しも怯むことなく同じように腕で殴り返す。それはようやく入った一撃でもあったが、ほんのわずかに巨竜の飛ぶ体勢を崩したぐらいであった。
アルコルは全く諦める様子は無かったが、クロードにはまるで効果的な打撃を与えられる気がしなかった。巨大な岩石の塊が動いているようであり、その一撃は重く、アルコルに並々ならぬ気概があっても段々と消耗しているのが分かる。周りを見ると、散発的に竜使いたちが攻撃を仕掛けてはいるものの、その効果は薄く、疲労した身体に傷が増えていくばかりだ。
そしてもう何度目か分からないほどに挑んだ時、その岩のような腕で翼を殴り飛ばされる。すぐに地面から起き上がるが、それまで機敏に動き続けていたアルコルの動きが少し鈍っていた。このままでは取り返しのつかないことになりかねない。
「少し休め。アルコル」
アルコルはクロードの言うことを聞かずに飛び出す。ただ、それでも今回ばかりは怒る気にはなれなかった。クロードにはアルコルの気持ちが痛いほど理解出来たからだ。たとえ周りに何を言われようと、目の前に目指すものがあるのなら、動かずにはいられないのだろう。
しかし、それでは駄目だということも、今のクロードには分かっている。筋道も無く、ただ闇雲に突き進もうとしても、目的の場所には辿り着けない。元から圧倒的な力でも持っていない限りは、周りとある種の調和を試みなくてはならない。竜征杯においても、ここまで残ってきたのは、自分の力を見極め、周りの意図や動きを敏感に察知し、それと自分の目的をすり合わせて動いてきたからだ。自分の力でどうにかならないことは、誰かや何かに助けてもらった。ヒートにしても自分と同じように後方から上がろうとした竜使いたちにしても、初めに散っていった者たちですら、クロードに何かを教え、考える機会を与えてくれた。この竜征杯を通して、多くのものを吸収していることをクロード自身も自覚していた。
「僕はもうおまえの耳元で叫んだり、無理やりに命令を聞かせようとしたりはしない。おまえが邪魔だと思うなら、今ここで僕はおまえの背中から降りるよ」
アルコルは霧に隠れた巨竜の影にめがけて飛ぶのこそやめなかったが、少しだけ身体の力みが緩んだ。相変わらず言葉は通じないはずだが、クロードの様子から察したようだ。
「おまえはすごいよ、どんな相手にも全く臆することなく立ち向かう。誰にだって出来ることじゃない。僕なんかいつも圧倒されてばかりだよ。あの巨竜とおまえの関係は知らないけど、僕はおまえにあいつを打ち負かして欲しいと思っている。だけど、このまま突っ込んでいっても勝てないと思うんだ」
そこでアルコルはクロードの方を向くと、睨みながら吼える。
「事実はいつだって痛いよ。僕だってこんなことは言いたくないし、認めて欲しくもない。でも、どこかで決断を下さないといけないんだ。ここは一旦退くべきだ。その身体が再起不能になる前に」
しかしアルコルは余計に猛ると、クロードの言葉を振り払うように霧の中に突っ込んでいく。クロードはもはや説得することは諦め、代わりに最大限にアルコルに協力して戦おうと気持ちを切り替えようとした。
しかし、そこで一匹の竜と竜使いが二人の目の前にふらりと現れる。
普通であれば、アルコルは構わずに突き飛ばしていっただろう。しかしそうしなかったのは、そうさせないだけの気迫を感じ取ったからに他ならない。それはクロードも同じであった。
「僕がお呼びだよ、キミたち」
至る所が破けた上質なローブを纏い、頭をべっとりと血で濡らした王子が言う。
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