第52話 白熱する竜使いたちの攻防
祠のある山頂に登るまでの急勾配は、この竜征杯の道のりで最もきつい場所だと知られている。それは竜にも竜使いにも言えることであり、まず高度が上がっていくにつれて気温がますます下がっていくこと、それから気圧が下がるため空気が薄くなっていくことがあげられる。特に後者は重要で、これもまた竜使いに必要な素養の一つであるが、竜に乗って山などを登っていけば、人の足で行くよりも遥かに速く、そのため高地に順応するまでの猶予が限りなく短い。だから竜使いたちには、あらゆる事態に備えて日ごろから登山や標高の高いところでの飛行の訓練もするように推奨されているし、それでも頭痛や眩暈に見舞われる者はおり、身体の強い竜でさえもそのような症状を起こすことも時にあるのだ。
しかしそんな状況だからこそ、彼らは戦う。もはや邪魔者も消えて、審判はもちろん観客や道ゆく人々に見られることもなく、風と霧の立ち込めるこの山脈にて、大勢は決するだろう。
ベース家が王家の後ろで飛んでいるアギルド家に追いつく。
「彼を前に出すとは、相当余裕がないようだな」
ベース家の隊列が組み変わっているのを見たホワイトが言う。
「仲間が何人いようとも、最後は一人で飛ばなくてはならないのだ。まさかそちらは王都まで護送してもらうつもりですか」
「ふん、抜かせ。余裕がない者から飛び出していくのだ。我々は王家の精鋭部隊にも勝る者たちの集まりだ。機を見て、時を伺えば良い」
「そうか、納得した」
「何を納得したのだ」
ホワイトが聞き返す。
「アギルド家が毎回色々と画策しながらも勝てないことだ。荒くれ者たちをまとめるためなのか知らないが、いつも体面を気にして危険な選択肢を選べず、安全に出たときにはもう手遅れなのだな。だが、私たちは違う。たとえ人数が少なくとも、皆勇敢で今の地位に胡坐をかくこともなく常に努力を怠らない。そんな者たちを牽引する私は、それを体現するような存在でなくてはならないのだ。おまえたち、もう一度加速しろ。王家に追いつけ、そしてそこで私は飛び出す」
「了解です」
先頭の竜使いを筆頭に返事をすると、アギルド家の横を抜いていく。
「おまえの下らない作戦は読めている。そうやって私を煽ることで、私たちにも飛び出させて疑似的に王家との人数差を埋めようとしているのだろう。実に浅はかで笑えるな」
ホワイトは失笑するが、その目はまるで笑っていない。それから彼は自分の周りの竜使いたちに目を向ける。
「おまえはどう思う」
「何のことでしょうか」
返事をする竜使いは少なからず怯えていた。
「おまえたちも、私が臆病な人間だと思うか」
「滅相もございません」
彼らは一様に首を振る。しかしそれをホワイトは冷めた目で見ていた。
「誰もが結果を求め、強き者に従う。それが世の定め。ならばその下らない挑発にも乗ってみせよう。そして、おまえたちが一瞬でも抱いたその疑念を完全に払拭してやろう」
するとアギルド家の面々は少しだけ反応が遅れるが、やがて「うおお」と叫び、たちまちその士気が最高潮に達する。そして両家共に縦に細長い隊列を組み、互いに一歩も引けを取らずに前に飛んでいく。
「ようやく来たね」
それを前で眺めていた王子が言う。
「どうしますか」
「決めていた通り、僕についていける数人だけで飛び出す。そして残った者たちは少しでも彼らの妨害をするんだ、いいね」
王子自らの命令に対して、皆が頭を下げて忠誠を誓う。
「さあ、決めようじゃないか。誰が一番に相応しいかをね」
まもなくアギルド家とベース家がその全戦力を使って追いついてくる。そしてもちろん追いつくだけでなく追い抜こうとするが、それを精鋭部隊が阻もうとするので、そこでまた激しいぶつかり合いが生じる。
竜同士が吼える。竜使いたちが叫んで味方や自分の竜へ指示を送る。竜の身体のぶつかり合う鈍い音がそこかしこで聞こえる。抜け出そうとする竜が上に飛べば、それに他の竜がついていき、下に飛んでも同様である。こういった局面では、進行方向に向いている方がもっぱら有利といわれ、二つの家が合わさったことでその数も勝っているが、それでも精鋭部隊は少ない人数で相手をしている。彼らは元々追われることに慣れているのだ。だから勝敗がすぐに決するようなことは無かった。
ベース家はその隊列を二分すると、上下に別れて飛んでいく。当然それぞれに精鋭部隊は対応して並走し、さらには前に出て邪魔をするが、彼らは下の隊列の方に集中していた。何故なら、そちらにロリアンがいたからだ。竜征杯において、それぞれの家は自分の家名を背負う竜使いを勝たせたいわけであって、すなわち仮に隊列を二分しても、そこを突破させたいのはロリアンのいる隊列の方であることは明らかだ。だから当然ロリアンのいる隊列を重点的に警戒するだけなのであまり得策とは言えない。
「まさか他の者に前に出る機会を与えるとは」
精鋭部隊の一人がそう言うが、それは正しい。隊列を二つに分けたということは、ロリアンのいない方は別の人間が統率を取るわけであり、彼やその他の竜使いが自分たちに注意があまり向いていないのを良いことに、勝手に前に出て行くことだって可能だ。
「いや、警戒すべきだ。奴ならそのような作戦も実行するかもしれえない。なりふり構っていられない立場なのだからな」
「そうか? 奴のような野心家がわざわざここまでやってきて、誰かにその座を譲るとはとても思えないが」
精鋭部隊の間で意見が割れる。
「私たちは皆、自分のすべきことを完全に理解している」
ロリアンは不敵な笑みを見せる。ロリアンたちは山肌に触れそうなぐらい低く飛び、一方で上の隊列はぐんぐんと高度を上げていく。それを単純な戦力の分断作戦と捉えた精鋭部隊は、やはりロリアンのいる下の隊列を重点的に見ることにする。そして精鋭部隊も完全に上下に分かれたところで、ロリアンは「今だ」と叫び、手を挙げて合図を送る。
すると上の隊列は急降下し、下の隊列は急上昇したことでまもなく二つの隊列が交じり合う。
「目くらましか」
ロリアンたちの統率の取れた動きに、精鋭部隊は交わった竜たちの中でどれが彼のものなのか瞬時に見極められない。そしてそれぞれの隊列が再び上下に離れていく。予定していなかった行動に精鋭部隊の連携は乱れが生じ、味方同士の接触を恐れたためにどちらも少数しか追い切れていない。
「どっちだ?」
統率していた男が問う。
「下にはいない」
「上か」
「もう遅い」
すると上の隊列がさらに二つに分かれる。追いかけていた精鋭部隊の竜使いがロリアンの姿を見つけたときには、すでに他のベース家の竜使いたちによって攻撃を仕掛けられて足止めされ、共に飛んでいた者たちを連れてロリアンは前に出て行く。
それとほぼ同じ頃、アギルド家も分かれていた精鋭部隊を相手にしていたが、彼らの作戦は非常に単純なもので、ほとんど正面突破といって差し支えなかった。
「策を講じるのも悪くないが、我々の方が数で勝っているのだ。お前たちも分かりやすい方が良いだろう」
剣の切っ先が飛び交わないことを除けば、それはほとんど戦場の光景と変わらなかった。精鋭部隊ももちろん強いが、アギルド家の竜はどれも大きく一対一で力負けをすることはほとんど無く、さらに言えば彼らも日ごろから戦い慣れていた。
「おらおら、とっととくたばれや」
真横の竜を相手にしていた王家の竜は、後ろからもどつかれて態勢を崩す。さらにそこで上からもう一匹が身体で圧して叩き落そうとする。そこではぶつかる寸前で別の王家の竜使いが庇ってどうにか持ちこたえるが、この場においては最も数の多いアギルド家がその利を存分に生かしていた。
「もはやレース上での競り合いと言えないほどにあからさまにこちらを倒しに来ている上、多勢に無勢。しかも妨害工作で体力が有り余っているときた。どこまでも卑怯な連中だ」
「何とでも言うがいい。勝利こそすべて。おまえたちだって十分に多勢だったではないか」
アギルド家の竜使いたちはまるで水を得た魚のように躍動し、次々と精鋭部隊を叩いていく。
その様子に残っていた数人の王家の竜使いたちは決死の覚悟で、自らアギルド家の護送集団に突っ込む。彼らもまた巧みな竜捌きによって、大きな竜たちの攻撃をかわしながら隙間を縫い、さらに竜の弱点されている首の裏や肺、さらには腹部を的確に突いて怯ませる。
「せめて我々が突破される前に、少しでも大将のホワイトを削らなくては」
それが彼らの気概であった。隊列の中核に迫っていく間にも、精鋭部隊は削られていき、残りは二人となったが、そこでようやくホワイトにまで到達し、彼に向かって攻撃をしかけた。しかしそれらは両方ともホワイトの乗る白い竜には掠りもせず、代わりにひときわ大きな大男の乗った竜が受け止めていた。
「ホワイト様とその竜には指一本触れさせはしねえぞ、おらあ」
その男の乗る竜がその翼で彼らを薙ぎ払う。精鋭部隊の二人は、その先のホワイトだけを狙うが、それも全て大男の竜が受け切った。
「今こそ恩を返すとき。ホワイト様、先にお行きください。こいつらは俺だけでどうにかしてみせます」
「良く言った。おまえの心意気、しかと受け取ったぞ」
ホワイトはそう言うと、残っていた者たちと共に前に出て行った。精鋭部隊はそれを追いかけようとするが、すでに相当な疲労といくつもの傷や痛みを抱え、さらに目の前で奮起する大男によってまもなく断念させられた。
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