第49話 防衛網を突破せよ
突然飛び出てきたことで掃討部隊も少しばかり慌てていたが、すぐにそれぞれの家の竜使いたちが集って待ち構える。アルコルはそんな彼らに対しても真っ向から突っ込んでいく。彼らのことなど全く気にしていない様子であり、ずっと先を見ているようだった。それを舐めた態度と思われたのか、「絶対に通しはしない」と意気込む数人の竜使いが一斉に左右から挟み撃ちを狙う。規定上、ナイフなどの飛び道具の心配がないことは救いであったが、アルコルは相変わらず正面突破しか考えていないらしく、クロードは手綱を強く引っ張り、さらに左足で腹を蹴り飛ばしながら指示を出しても、無視して突っ込む。一度目の衝突はこちらの方が助走をつけていたこともあって、敵を弾き飛ばすが、それでも上手く翼を翻して攻撃を受け流され、すぐにまた立ち塞がる。おそらく彼らの竜はすでに疲労が溜まっており、最前線での競争に加われないと判断された者たちであろうが、それでも優れた竜と竜使いたちではあるので、それぐらいのことは簡単に出来る。
「アルコル、そうやって何の考えなしに突っ込んでやられたのを覚えてないのか。おまえが前を目指しているのは分かったが、このままだと体力を消耗するだけだぞ」
クロードは叱責するが、アルコルは興奮して暴れ散らすばかりだった。周りも初めこそ、その馬鹿力に手間取っていたが、一辺倒の攻撃しかしてこないと分かると、冷静に間合いを詰めながら動きを封じようとする。後ろの竜使いたちも、クロードたちが単調な攻撃ばかり仕掛け続けることにしびれを切らして前に出ようとするが、冷静に対応される。しかも彼らは自分が前に出ることしか考えておらず、それぞれの連携は皆無であり、誰かが捕まった時にそれを囮にして出ようとするが、その行動は簡単に読まれ、むしろ逆にそこを狙われている。クロードとしては他の竜使いがやられようが関係のないことではあるが、それだけ相手は楽になり、自分についてくる竜使いの数も増えていく。
後ろをちらりと見ると、そこにいた中年男が数日かけて築いた一団がほんの数分の間に崩壊していく様を呆然と見ていた。
またしてもアルコルは突破を試みるが、前には大きめの竜が背中を向けながら立ち塞がっており、さらに二匹が両脇についているので、もはや強引に前に出ることはかなわない。
「やたらごっつい竜がいると聞いて飛んできたが、頭は良くないようだな。こちらとしては楽が出来て有難い」
しまいにはそんな言葉までかけられる始末であり、いよいよクロードも我慢の限界に近づいていた。しかしアルコルは懲りずにまた正面突破を試みようとする。
「そろそろ潰してしまうか」
一人がそう言うと、前にいた竜が反転してこちらを向き、アルコルを身体ごと受け止めようとする。動きを止められ、両脇から攻撃をもろに食らえば、さすがに無事では済まない。クロードは以前そうしたようにアルコルの耳元で叫ぼうとも考えたが、それでも聞いてくれるとも思えなかったし、そんなことをしている余裕もなかった。
「いい加減にしろ」
クロードは手綱をあらん限りの力で引っ張り、そこで両足を自分の肩ぐらいまであげるとそのままの勢いで、わずかに引き寄せられたアルコルの首の裏を思い切り踏みつけた。予想外のところからの攻撃に驚いたアルコルは後ろを振り返り、それがクロードのものだと分かると、その顔をしかめて彼に向かって吼えた。しかしクロードは構わず、さらに手綱を下ろした左足の方へ引っ張り、無理やり方向転換を強いる。そのおかげで、目の前で待ち構えていた竜に捕まらずには済んだ。
「おまえは毎回こうでもしないと話を聞けないのか」
クロードはまごうことなき怒鳴り声をあげる。そんな様子のクロードは自分も含めて誰も見たことがなかった。クロード自身もその理由は分かっていなかったが、何故かアルコルに対してだけは真っ向から怒れた。しかしアルコルも怒った様子でクロードを睨み、身体を揺らしてクロードを落とそうとさえ試みる。
「絶対に落ちないぞ。僕は先に進むんだ。おまえだって、前に行きたいんだろ? なら、僕たちでここを突破するしかないんじゃないか」
クロードは呼びかけるが、その間にも他の竜たちが張り付くように追いかけてくる。
「おまえはここにいる誰にも負けない力を持っているんだ。それなのに、何回も同じようにやり込められて、言いたい放題言われて悔しくないのかよ。僕はすごく悔しいよ。おまえならこんな奴ら、簡単に蹴散らせると信じているからな」
クロードはアルコルを直視し、たとえ言葉が分からなくてもその目と表情で伝えようとした。
「全部聞こえているぜ、若いのよう。気概は立派だが、さすがに聞き捨てならねえな。俺たちは王家を勝たせるための駒の一つにすぎないが、それでも誇りってもんがあるんだよ」
自分の言葉は、彼らの闘争心に火をつけるだけのものだったのかもしれない。しかしそれでもクロードは訴えかけたことに後悔は無かったし、これで駄目なら諦めもつくと思い、手綱を握りなおすと、また左足の方に引っ張った。
するとクロードの指示通り、追いかけてきていた竜を左下に飛んで躱した。しかしすぐに他の竜がさらに下に潜り込むようにして進路を阻む。だから今度はあえて、少し後ろに下がらせ、さらにぐいと手綱を上に引っ張ると、それに合わせてアルコルも上昇していく。
「よし、いいぞ」
クロードは右上の空いた空間から前に抜けようとする。しかし運悪く、そこには隣で争っていた竜たちが飛んできており、行く手を阻まれてしまった。
「危なかったぜ」
囲んでいた竜使いたちもクロードたちの動きが変わったことに気付き、態勢を立て直す。それからもクロードは間髪入れずに振り切ろうと何度も仕掛けていく。クロードがその際に心がけていたのは、立体的に空間を使うことであった。自分についているのは三人であり、彼らが真横に広がっているとき、平面で動いても突破は困難だが、上下の動きを加えることで敵の隊列を乱し、隙が生じる。おかげで何度も好機を作ったが、それでもまだ振り離すには至らない。
ただ、クロードに振り回された三人が掃討部隊の直線的な防衛線から外れていくことで左右に隙間が出来ると、当然そこから突破を試みる竜使いたちが次々と飛んでくる。それはおそらく中年の男が当初、計画していたものでもあった。
周辺にいた他の三家の竜使いたちは、防衛線を後ろに下げることでそのギャップを埋め、さらにそこから前に抜け出た竜使いを追いかけて捕まえようとする。そうして崩壊するようなことはなかったが、それでも先ほどより全体的に動きが活発化していた。
クロードにとっても悪くない流れであるが、危険な人物だと認定されたのか、クロードのいる場所には増援が送られ、せっかく崩しかけていた防御網が厚くなってしまう。
「押されているようだから来てやったが、これはまた珍妙な組み合わせだな。ガキみてえな面のくせに、なんだその岩みてえな竜は。後ろの方では暴れていたらしいが、確かにそのデカさだけなら、俺の竜をも凌ぐな。これは久々に潰しがいがある野郎だと期待していいのか」
大柄な身体のその男はあまり品の良いとはいえない笑みを浮かべ、何より彼の乗る竜がアルコルにも劣らないほどの大きさであることから、それがアギルド家に仕える者であることが分かった。
「おら。どけよ、てめえら。邪魔だ」
あろうことか彼は一応は同じ目的を持っているはずの竜使いの竜たちを弾き飛ばす。
「何をするんだ、おまえは」
「どうせ邪魔になるんだから、先にどかしておいた方が良いだろ。ほら、そこにもゴキブリみてえに横からすり抜けようとするクソ野郎どもがいんぞ。相手しなくていいのか」
「それは元々おまえの相手だろ」
しかし彼と話をしても無駄と考えたのか、他の竜使いたちはそちらに向かっていく。
「なあ、そんな竜に乗るぐらいなら分かってくれるよな」
「何をですか」
クロードは警戒しながらも聞き返す。
「俺たちはよ、ずっと前を飛んでいただろ。だが、あれは本当にすげえつまらねえんだよ。敵の居ねえ進軍ほど肩透かしなものはねえ。もちろんホワイト様のご命令とあらば、どんなことだろうが従わなくてはならねえがよ、それでもつまらねえものはつまらねえ。俺は竜征杯ってもんがこんなにつまらねえものだとは思ってなかった。だからここに来ることを自ら志願したのさ。これでもうおさらばできるだろ」
残りたくても残れなかった竜使いたちも大勢いることを考えれば、彼の行動は傲慢にさえ思えるが、クロードは彼の本当の目的を見抜いていた。
「それに何よりもよう、ここに来れば好きに暴れられるだろ。せっかくならこの数日間でたまった鬱憤を晴らしてから帰らせてもらおうじゃねえか」
そう言うと、彼はこちらが仕掛けるのを待つことなく襲い掛かってくる。クロードは様子見も兼ねて避けようとするが、その巨躯は思いのほか俊敏に動き、あっというまに眼前に迫ってくると翼撃を飛ばすので、アルコルも同じように対抗する。衝突と共にこれまで味わったことないような強い衝撃を受け、クロードは危うくアルコルの背中から落ちそうになる。
「数が減って楽になるとでも思ったか? 俺の竜の一撃は、普通の竜の三匹分以上だぜ」
「楽になるなんてこれっぽっちも思ってはなかったよ」
「ほう」
彼は答えが返ってくるとは思っていなかった様子であった。
「でも丁度良い機会だとは思っている。こいつも暴れたがっていることだし」
実は、その言葉の本意は違うところにあったのだが、それは彼には関係のないことであった。
「けっ」
男が唾を吐き捨てるとぶつかり合いが始まった。前に向かって飛び続けてはいたが、時に左右に避け、その翼や手足を振り回すさまは殴り合いといっても良かった。激しさのあまり、他の竜が入り込む隙はなく、抜け出ようとした竜使いを片付けて戻ってきた先ほどの三人も加勢するか他の場所に行くか悩みあぐねている。
「うらあ」
男が叫びながらその獰猛な竜と共に飛び掛かってくる様は、いつぞやのグレッグのときよりもさらに迫力があったが、今やそれに怯むクロードではなかった。男は上から押し潰そうとしてくるので、クロードは降下しながら避けようとするが、行く先を読まれており、急降下してくる。しかしそれにもクロードは反応し、「突き飛ばせ」とアルコルに命じると、右の翼で弾き飛ばしてどうにか事なきを得る。
「さすがはアギルド家の竜使いだ」
男は大きな竜との戦い方も分かっている様子であり、力技の一辺倒ではなく、様々な方向から攪乱し、体勢が崩れたところを押し切ろうとしてくる。竜との息も合っていて一つ一つの動作が洗練されているので、クロードはいなすのが精一杯であり、まだ一度も有効打を当てられていない。
「それはこっちの台詞だぜ、坊主。俺は競竜の選手だったんだぜ」
「競竜の? それはすごい」
クロードは素直に言う。
「でも、ある時出禁になったのさ。対戦相手を潰し過ぎたことが理由でな。こちとら普通に飛んでいるだけなんだが、皆わざとらしく転げ落ちるのさ。速くて強い竜に勝つ術がねえから、そうしてお偉いさんに泣きつくしかなかったのだろうな」
男は心底うんざりした様子だった。
「そういう世界なのさ、あそこは。その点、アギルド家やバルムの町は良いぜ。強さが全て、勝者が正義だ。王都の連中などに言わせれば、口の上手さも強さなのだろうが、そんなもの、圧倒的な力の前では無意味だ」
クロードは黙っていた。
「なあ。おまえのその竜、一体どこで手に入れたんだよ。俺は竜にも多少詳しいが、見たことのない品種だぜ。でけえ蝙蝠みてえで、中々いかしているから気になるんだよ。もしかして異国から取り寄せたのか? この国の竜は皆、品種改良が重ねられてどれも似たような体付きのものばかりだからな。外国の竜はもうずいぶん昔に滅んじまったと言われているが、その存在が隠されているという噂もある。なあ、その辺りの話も何か知っているのか?」
クロードはそれには答えず、また前に出ようと加速させる。
「おいおい、どうしたどうした。急に黙り込んじまってよ」
彼は心配するようにクロードのことを窺うが、その口角が上がっているのをクロードは見逃さなかった。
「上だ、アルコル」
気配を察知したクロードが見上げると、上空から音もなく降ってくる別の竜の姿があった。アルコルは横に寄って避けようとするが、そこに回り込むように男と竜が目の前にいた。
「戦いにルールなんざねえ。気付いただけでも上出来だぜ。でも、おまえの運命は変わらねえ」
男の竜が鋭く研いだ爪でひっかき倒そうとする。それを避けるのは体勢として不可能だと分かっており、だからこそ男は笑っていた。しかしクロードは諦めておらず、それどころか唯一の希望の光を手繰り寄せる。
「今だ、突っ込め」
クロードが叫ぶと、アルコルがそれに応えるように吼えた。
ほんのわずかな差であった。男の竜が振るう腕とアルコルが翼を羽ばたかせるのとどちらが速いか。結果としては、相手の竜の腕の方が速かった。しかしクロードの決断は間違っていなかった。竜の左腕のかぎ爪が首筋から引っかかる寸前で、クロードは手綱を全力で左に引っ張り、アルコルの首を横に寝かす。そうしてほんの少しだけ時間を得ると、その間にアルコルは相手の胸部に頭から突っ込んだ。かぎ爪はアルコルの首の皮膚をえぐったが、その竜は肺を突かれたことで呼吸が出来ず、一瞬動けなくなる。そこでさらに今度はアルコルが短くも太い腕で脇腹から背中にかけて殴りつけ、最後にはその大きな翼でその竜を叩き落とした。竜に乗ったまま地面に落ちていく男の唖然とした顔がゆっくりと見えた。そして何故それが見えたのかと言えば、クロードが真下を向いていたからであり、それはアルコルが宙返りをしていたからだ。アルコルの背中に襲い掛かろうとしていた刺客は、その動きに完全に虚をつかれてまるで対応できず、乗っていた竜の顔面にアルコルの尻尾での重い一撃を浴びせられると、同じように地面に落ちて行くのであった。
「もう一匹連れて来られていたら、分からなかったかもね」
空中で一回転して正位置に戻ったアルコルは、その首から血を流しながらも翼を広げて力強く羽ばたかせると大きな雄叫びをあげた。
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