第48話 黒竜の暴走

 小さな町から竜使いたちが続々と飛び立っていくが、王家とベース家はまた一つの集団を形成した。これ以上アギルド家に先手を打たれないためであった。

 集団内での足の引っ張り合いもなく、ましてやここまで生き残れるような猛者しかいないので、集団は綺麗な隊列を組んだ状態でぐんぐんと速度をあげていく。クロードは相変わらず後方にいたが、少しでもそこからはみ出れば置いて行かれてしまうことは明らかだったので、ひたすらに周りに合わせてアルコルを飛ばす。アルコルは相変わらず不機嫌そうではあったが、昨日火を吹いて暴れたからか多少落ち着きを取り戻していた。

 集団はそれから一時間と経たないうちに、前を飛んでいたアギルド家を捉えた。アギルド家は初めこそ速度をあげて捕まらないようにしていたが、集団の結束力が分かるとまもなくそれもやめて、むしろ追いつかれるのを待った。

 そうしてまもなく集団はアギルド家に追いつくと自然消滅し、各家で固まって飛ぶ。

「ずいぶんと時間がかかりましたね。前を飛び続けるというのも存外退屈でしたよ。アシュフォード家の方々の気持ちが少しだけ分かった気がします」

「追いかける側というのは思った以上に、焦るものだね。いつ追い着いてすぐに追い越してしまわないか心配でね。でもこれでようやく一騎打ちさ、と言いたいところだったんだけど」

 王子はすぐ横で飛んでいるベース家の方を見る。

「私としては忘れてくれてもいいんですけどね。そちらが勝手に潰し合っているうちに抜け出すだけですから」

「ベース家の長男か。前に会った時がいつだったかは覚えていないが、少し顔が変わったようだな。料理の趣味でもあったのか」

「ははっ、違うよ。彼は火に鍋をかけたときに自分の顎を焼いてしまうようなへまをする男じゃないさ。それどころか分量が爪の先の分だけでも違っていたらやり直すだろう。その顔は彼曰く、竜にやられたらしいよ。しかも野生のものにだってさ」

「ほう」

 ホワイトはロリアンの顔を見る。

「事実を言ったまでです」

「正直者だな」

「でも、それが本当だったみたいなんだよねえ」

 王子は肩をすくめる。

「僕も良く知らないんだけど、保護観察されたのちに一人の竜使いに引き取られたそうだ。もしそれが本当に野生の竜だとしたらだよ、ひょっとすると出るかもしれないね」

「出るとは何のことですか」

 ロリアンが訊くが、王子はそれには答えず、代わりに口笛を吹いた。すると王家の隊列は一気に加速する。ホワイトとロリアンが指示を出すまでもなく、それぞれすぐに追尾した。

 それから前置きもなく、激しい先頭争いが勃発する。中央から前に出ようとした王家は、当然両脇から圧迫されて妨害される。それぞれの集団も小さくなってきており、そろそろ王子たちにも攻撃が届いてくる可能性も出てくるので、誰も気を緩めることは出来ない。

 しかしだからといってその三つの家が争っている横から前に出ようとするのは、容易なことではない。それは単純な速さの問題だけではなく、各家の外周を守っていた竜使いたちの内の相当な数が後方を抑えることに専念し始めていたからであった。

 序盤は前に出られたところで勝手に脱落していくからと何もしなかったが、ここまで残ってくる者たちは少数や個人であってもある程度の力があって立ち回りも理解しているので、見逃すわけにはいかない。しかも彼らは共倒れでも構わないという姿勢であり、それは味方を前に逃がすことが、彼らの最後の使命であると自覚しているからだ。クロードは、そこで数が勝ることの優位さを本当の意味で理解させられる。

 一人で突っ込む者に対しては二人がかりで左右から潰し、二人に対しては三人が、それぞれ一人ずつに付いてその対応に追われたところで残っているもう一人が隙を見せた方から確実に攻撃を与えていき、四人以上に対しては必ず二人以上多く動員して見張り、誰かが抜け出すそぶりを見せれば全力で潰しにかかる。かといって悠長に様子を窺っていれば、前との差はどんどん開いていく。これが彼らの徹底的な掃討作戦の全容であった。しかもそのことに関しては、上位を争う三つの家で利害が一致しているので、対立する家同士の結託さえあり得る状況であった。

 そうしてクロードも例に漏れず、前と完全に分断されてしまう。

 しかもアルコルの異様な姿は否応なしに目立ち、彼らの目を掻い潜って抜け出すのは不可能と言っても良かった。

 クロードは辺りを見渡すが、後方の竜使いたちは基本として味方や周りを利用して、前に出て行くつもりのようで、彼らの築いている壁で乱れたところから一人、二人と前に出る。それは最も突破率の高そうな作戦だが、前で覇権を争う三つの家がまだ盾を有していることを考えれば苦肉の策に見えるし、まさに彼らが望んでいる展開であろう。もちろん今のクロードは一人なので、とにかく自力で突破する術を考えなくてはならない。

「やあ、久しぶりだね。気分はどうだい」

 どこからともなく現れたのは、数日前に接触してきた中年男とその竜であった。

「気分?」

 クロードは首を傾げる。

「仲間に裏切られて、意気消沈しているのではないかと思ってね」

「ああ。そういうことですか」

 クロードは心底つまらなそうに返事をする。それを見た男は、「冗談さ、僕が口を挟むのは野暮だったね」と反省した様子で言うが、それが本心かどうかはクロードには分からなかったし、知りたいとも思わなかった。

「実は君に話があって来たんだ」

「手を組もうと言うのであれば、断らせていただきますよ」

「何故だ。なりふり構っていられる状況でもないだろう」

「僕の竜は目立ちますから。利用されるのは目に見えています」

「そうか。まあ、そう考えるだろうね」

 彼は当然だと頷く。クロードはそこでようやく彼に目を向ける。ただ、自分を丸め込みにきただけでは無いようだと思い始めたからだ。

「確かに君は標的となりやすく、組めば注意を引き付けてもらいやすいから、声をかけたのは否定しないよ。でもここで協力しないで一人で行くのは無謀だ。かつて僕も挑んだことがあるが、一人ではどうにもできなかった。だからとにかく数を集めようと、ここ数日声をかけ続け、おかげで他にも数人ほど協力してくれる竜使いがいる。本当なら十人以上いたんだが、昨日の竜使い狩りでやられてしまってね。僕はこの見てくれのせいか竜征杯の出場者だと思われなかったようで逃げられたが、残りはあれだけだ」

 クロードたちから少し離れたところで、身なりなど明らかに毛色の違う竜使いたちがそれぞれ微妙に距離を取りながらも固まっていた。クロードはやはりその話に乗るのは危険だと思っていた。しかし今はヒートもおらず、頼れる存在はない。クロードには今や悩む時間もなく、損な役回りを引き受けるしかないと考え、その提案に乗ろうとした。

 しかしそこで唐突に、アルコルが身体を震わせたかと思うと、周りに響き渡るような咆哮を発する。

「どうした」

 クロードが問いかけるが、それに応えもせずに猛然と前に飛び出した。それは厩舎を突き破って火を吹いたときと同じような興奮した様子であったが、どうやら周りの状況とはあまり関係なく、別の何かに反応しているようであった。しかし原因が分からない以上は対処のしようがなく、掃討部隊の壁に突っ込んでいくことは避けられないので、どうやってそれを越えていくのかを考えることに頭を切り替えることにする。

「なんだ、一体」

 中年の男も戸惑いを隠せない様子であった。しかし近くに飛んできた竜使いたちに「そいつを盾にして突撃すると言っていたが、もう行くのか」と問われ、彼も咄嗟に判断を下したようで、「そうだ、行け。向こうが怯んでいる隙に、力を合わせて突破するんだ」と一同に号令をかけた。

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