第47話 幼馴染に励まされる

 バルムを一人で飛び出したクロードは、しばらくはひと固まりで飛んでいた竜使いたちの集団の後方にいたが、十分も経たないうちに隣町に着くと、そこでアギルド家を除く竜使いたちは地上に降りて、待ち構えていた補給隊が急いで竜の背中の荷物を載せ替えたり、鐙など器具の点検を行う。

 竜征杯が始まる前であれば、クロードは素通りするつもりであった。しかしドゴールがヘラも来ていると言っていたので立ち寄ったのだが、それらしい姿は見当たらない。とはいえドゴールがこんな状況で嘘を言うはずもないので、しばらく低空飛行でうろついていると、やがて「クロード」と聞き慣れた声が耳に入ってくる。それが誰の声なのかは姿を確認せずとも分かったが、その聞こえた方向に疑問を覚えた。

 クロードは背後の空を見上げる。するとそこには予想通りヘラがおり、クロードはてっきり誰かの竜に乗っているのかと思ったのだが、そうではなかった。

「えっ」

 クロードの驚いたことは主に二つあった。まずはその竜にヘラしか乗っていなかったこと、そしてもう一つはその竜がオーヴィーであったこと。

「どう、驚いた?」

 ヘラはしたり顔でクロードのことを見ていた。

「ちょっと待ってくれ。頭が追いつかない」

「そうね、竜征杯の最中なのに余計なことを考えさせてごめんなさい。でも向こうに詰め替え用の荷物が置いてあるから、ついて来てよ。空中での受け渡しはさすがに不安だったから持ってきてないの」

 それからほんの少しの間だけであったが、彼女とオーヴィーの後ろについて飛んでいく。それは何とも不思議な気分であった。それから彼女はオーヴィーに滑空させると軽やかに降り立った。

「前に言ったでしょ、驚かせてあげるって。ちゃんとおじいさんに許可はもらったからね」

「どうして」

「これ以上クロードに置いて行かれるのが嫌だったからよ。私たちで飛べるようになれば、あなたに少しは近づける気がしたから。でも、嫌な気分にさせたのなら悪かったわ」

「嫌なことなんて、あるわけないだろ」

 クロードもアルコルから降りると、思わずオーヴィーに近づく。オーヴィーは尻尾を振りながらもどこか自慢げに胸を張っていた。

「ああ、おまえはやっぱりすごいよ。僕たちをどこまでだって連れて行ってくれる」

 するとオーヴィーは以前と変わらない様子で嬉しそうに顔を近づけると、クロードの額に優しくキスをした。

「すごいのはあなたよ。まさか本当にここまで残るなんてね。今年は事故もあって、もう半分以上は脱落しているって聞いたのに」

「こいつが頑張ってくれたのさ」

 クロードはアルコルの方を見るが、相変わらず低く唸るばかりであった。

「それに頼りになる仲間もいてくれたからね」

「それって、出発前に言っていた人のことよね。その人はどこにいるの?」

「彼は去っていったよ」

 クロードの表情から察したのか、ヘラはそれ以上聞かなかった。

「悠長に喋っていられるとは随分余裕だな。さっさと荷物を積み替えて出た方が良いと思うが」

 グレッグが荷物を手に持って現れる。

「グレッグも来てくれたんだ」

「ジジイに頼まれただけで、俺はすぐにでも帰りてえに決まっているだろ。特にあのうるせえ四男坊はもう二度と乗せたくねえ」

「それは本当に申し訳なかったとしか言えないわね」

「いや、お嬢ちゃんが謝る必要はないが」

 グレッグは珍しく毒を吐かずにぶっきらぼうにそう言うので、クロードは意外に思う。

「彼は女の子には強く出られないんですよ。万が一泣かせでもしたら可愛い奥さんが許してくれないので」

「何を適当なことを言っているんだ、てめえ」

「ブティミルさんまでいらしてくれたんですか」

「あなたに教えてあげますけど、彼は駆け落ちをするために家を出たんですよ。あの辺の竜使いの間では有名な話です。自分の家の近くに来るのは相当嫌だったはずですが、それでも来てくれたのです」

「けっ。てめえが背中に乗せられりゃあ、俺が出張る必要は微塵もなかった」

「ええ、ですから感謝していますよ」

 ブティミルはそれからクロードの方を向く。

「彼の言うようにのんびりと話していられる時間はありませんので手短に。これから先はひたすらに険しい道が続きますので、いざというときは自ら離脱することも考えなくてはなりません。あなたにその気がないのは分かっていますが、助けにも行き辛い場所ですから、それだけは覚悟しておいてください。特に祠を目指す際には、細心の注意が必要です。あそこはほとんど人の踏み入れない領域であり、天候も不安定ですので、些細な変化も見逃さないように。今さらですが祠に供えるものは持っていますよね」

「ええ。もちろんです」

「それから、巷で少々不穏な噂も聞きました。いえ、これは眉唾物ですから詳しく話すのはやめておきますが、とにかくどんなことも起こり得るということだけ覚えておいてください」

「はい」

 もちろん彼の話は気になりはしたが、いずれにしてもクロードは出来ることをやるしかない。

「久しぶりね、クロード」

 そこで向こうからやってくる女性の姿があった。

「あなた、ベース家の人よね。なんでこっちに来るわけ?」

 ヘラが眉をひそめて言う。

「昨晩のうちにこっそり町に入って、うちの竜たちの様子は一通り診ているからね。私は手が空いているのよ」

「クロード。もう行って良いわよ。また何か企んでいるかもしれないわ」

「あら、竜使いじゃない人が竜に乗っているって言いふらしちゃってもいいのかしら」

 ヘラは何も言い返せず、ただハンナのことを睨みつける。

「冗談よ。すいぶん警戒しているから、ちょっとからかいたくなっちゃっただけ。この状況ならそれも当然なんだけど、思わず来ちゃったわ。まさかその竜に乗って、ここまで飛んできているなんて全く思わなかったから。でもあなたの顔を見れば合点がいくわね。初めて会った時と比べたら、もう見違えるほどよ」

 彼女は感心している様子だったが、クロードが気になっていたのは一つだけだった。

「ヒートは入れたんですか」

「ああ、あの背の高い子ね。あなたとずっと飛んでいたんですってね。ええ、私たちにとっては適材だったから正式に陣営の一員となったわ。元々ライトフィング家に若くて優秀な竜使いがいることは知っていたし、今だから言えるけど私たちの検討する竜使いのリストにも名前は載っていたのよ。でも、あそこの領主が何かときな臭い噂が絶えない人でね、変に恩着せがましくされるのも嫌だったから声はかけなかったのよ。案の定、最近になって脱税の容疑があがったし、判断は間違っていなかったわ。そのことについては彼からも聞いたし、通報するつもりではいるわよ」

「そうですか」

 クロードは安堵する。

「でも彼の望むものが手に入るかどうかは、彼次第ね。他家のお家事情だから、可哀想だから助けてあげる、なんて簡単な話でないのは分かるでしょ」

「ええ。それはヒートも分かっているはずですし、僕にはせいぜい祈ることしか出来ません」

「でも、そうね。私からも父に頼んでみるわ」

「ありがとうございます」

 クロードはそれだけ聞ければもう十分であった。

「もしかしたら彼が私たちの陣営に入れたのは、あなたのおかげもあるかもしれないわね。兄はその竜のことを無視しているようだけど、内心では相当気にしているだろうからね。だからこそ彼のことも目に入ったのではないかしら」

 自分に盛大に火傷を負わせた竜が近くを飛んでいれば、気にならないわけがないだろうとクロードも思っていた。しかしそれでクロードが遠慮するようなことはない。

「そうですか。でも僕は僕なので」

「そうね。陣営が違うから表立っては言えないけど、私も応援しているわ」

 ハンナはクロードに向かって右目を閉じてウインクを送ると、そのまま去っていった。

「ブティミルさん、それにグレッグもありがとう。本当に感謝しているよ」

「てめえの感謝なんてこの世の何よりもいらねえよ。そんなことより帰ったらジジイにこれ以上こき使うようなことはやめるように言っておけ」

「お礼は良いですが、くれぐれも気を付けてくださいね」

 各々それに対して答える。

「ヘラも気をつけて帰ってくれよ。今更僕が心配することじゃないかもしれないけど」

「分かっている。あなたのオーヴィーを勝手に連れ出しているのだから、危険なことはしないわ」

「そういう意味じゃないよ。もちろんオーヴィーの身体も大事だけど、ヘラのことを心配しているのさ。乗れるようになって少し経ったぐらいが、一番危ないってよく言われているからね」

「そう、でも私は慎重派だから大丈夫よ。ちゃんと鐙もバックルも付けているし、オーヴィーは賢いし。それよりもあなたは自分のことを心配しなさいよ。無事に帰ってこないと承知しないからね」

「なんでちょっと怒りながら言うのさ」

 クロードはその口ぶりに笑ってしまう。

「大丈夫。ちゃんと帰ってくるさ」

 そう言ってクロードはヘラに近づくと身を屈めて、オーヴィーが彼にそうしたように、ヘラの額に軽くキスをする。それからアルコルに乗り直してしっかりとその手綱を握ると、クロードは空へ飛び立っていくのであった。

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