第46話 ヒートの話

「俺の家は確かに貧乏だ。でも竜使いの家系ではあるし、借金を抱えても贅沢をせずに少しずつ返していけば、どうにか暮らしていけた。今回の竜征杯にも家族総出で参加できるぐらいには余裕があった。だがそれすらも許されない状況になっちまったのは、つい先日のことだ。俺たちは昔から竜使いではないが広大な土地を持った豪族に仕えてきたんだが、その領主様が脱税の容疑で捕まっちまったんだ」

 クロードはそれを聞いて、以前鍛冶屋の親方がそんな話をしていたことを思い出す。

「しかも、自領で獲れた作物の量を低く見積もっていたことを知った役人に賄賂を贈っていたことも明らかになった。領主様はそのおかげで未払いの税金を納めるのはもちろんのこと、土地のほとんどが没収されることになった。だが、そうなれば領主様に仕える家の大半がやっていけなくなり、さらに罪に加担したと判断されたらそれぞれの家自体が取り潰しとなる可能性もある。だからそのような事態はなんとしても避けなくてならなかった。そこで領主様は、自分は全く知らなかったことにして、他に脱税を企てた者がおり、その人間に全責任を負わせることで、その家は間違いなく取り潰されてしまうが自身の罪は軽くなることから、没収される土地は少なくなって領地内の他の家は潰されずに済むと考えた。だから、領地内でそういった企てが立てられる程度の頭があっても功績は大して無い、被害が最小限に済みそうな家の主である俺の父親にその役が回ってきた」

 クロードはあんまりな話に何も言えなかった。

「親父は牢屋にぶち込まれて当分は出られないだろうが、それでも家が解体されるのと引き換えに支払い能力がないことが認められることで借金が減るという利点はあるし、領主様の一族が俺たちを養子として迎え入れ、その面倒を見るとまで言ってくれている。家族が路頭に迷うようなことはないだろう。領主様の尻拭いのために汚名を被るわけだし、これまでずっと忠義を尽くしてきたのだから思うところはあったさ。でも抗えるだけの財力も実績もない。だから両親も俺も兄貴も腹をくくった。だけどな」

 そこで彼はさらにその顔に影を落とした。それこそが、クロードが時折見てきたものであった。

「前に少しだけ話したが、俺には妹がいるんだ。それも三人もな。それでいて身内の俺が言うのもおかしいが、妹たちは皆見てくれが良くてな、養子になった暁には領主様の息子たちと結婚させられることになるだろう。もうすでに兄弟や親戚の間では、妹たちと誰が結婚するかで揉めているそうだ。何なら、妻に先立たれた領主様の弟様も立候補していると聞いた」

 歳の差があろうと婚姻関係になることはそれほど珍しくもないが、それでも年端のいかない女の子たちにとって、それをすんなり受け入れるのは簡単なことではないだろう。

「一番上の妹には許嫁もいて、そいつは俺より一つ上の面倒見も良い奴で、妹とも仲が良かったんだが、いかんせんそいつの家も金があるわけじゃないから、今回の件で完全に縁が切れちまった。いっそのことお前にあいつらをまとめてさらって行って欲しいぐらいさ」

 冗談交じりに言うが、それが紛れもなく彼の本心であることはクロードにも分かった。そして彼の顔はさらに曇っていく。

「そして、これは親父たちも知らないことなんだがな、俺は偶然聞いちまったんだ。領主様の家に今後のことを聞きに行ったときに、この一連の脱税騒ぎは領主様が自ら通報したのだと自分の弟に話していたのさ」

 クロードにはその意味が全く分からなかったが、すぐに説明が加えられる。

「元々、脱税をしていたのは本当のことさ。だが、役人たちを丸め込むのも限界が来ていたらしくて、明らかになるのも時間の問題だったそうだ。だからいっそのこと自分で通報して、他に首謀者を立てることで罪を逃れ、さらにそこに俺の親父を据えることで俺たちの家を取り潰させ、美人の妹たちを自分たちのものにしようと、すなわち全て計画されたものだったわけだ」

「そんな。なんて、ひどい」

 クロードは強い憤りを感じ、そこで彼がそれを遥かに上回る気持ちを抱いていたことを理解し、これまでに見てきた暗い表情の理由がようやく分かった。

「だが、それが分かったところで、出来ることなんて何も無かった。もしも俺たちが拒めばもっと酷いことになるのは容易に想像できる。妹たちが手籠めにされるかもしれない。そんな想像をしただけで俺はもう」

 言葉を止めるヒートのやりきれない様子に、クロードは胸を痛める。しかしそれでもヒートは吐き出すように「だから」と言葉を続けた。

「この竜征杯は俺にとって最後に残された一縷の望みだったんだ。そういうわけで、俺は初めからおまえのことは適当な時に見切りをつけるつもりでいたさ。おまえといくら仲良くなって共闘して運よく生き残れたとしても、竜征杯が終わってからそれなりの地位の家に声を掛けられるようなことでも無ければ、俺の望むものは何も得られないと分かっていたからな」

「でもそれなら、なんで何度も僕を庇うようなことをしていたんだよ。集団を引かなくていいと言ったのも、昨晩のならず者の襲撃の際に自ら囮になろうとしたのも、そうする道理はなかったじゃないか」

 そんな事情があったのであれば、少しでも早く話をして欲しかったぐらいであり、なし崩しで参加してしまった自分ならば喜んで協力したはずだ。しかしそこで、ヒートは笑った。

「それはおまえがロリアンやホワイト、それに王子にも負けないぐらい本気で勝とうと思っているのがひしひしと伝わってきたからさ。その様子だとハッキリとは自覚していなかったみたいだがな。おまえはいつだって真剣で、少しでも上に行って生き残ろうという気概が随所で見られた。まあ、もうちょっと賢い振る舞いを覚えるべきだとも思ったが、そこも含めておまえを放っておけなかった。それに何よりもよう、おもしれえじゃねえか。王家や名家がこぞって参加する竜征杯で、農家の出身でまだ成人もしていないような奴が、周りの度肝を抜かすような変なごっつい竜を引き連れて本気で勝とうとしているんだ。嘘だと思われても仕方ないけどさ、俺だって家の事情さえなければ……いや、何でもねえ。今言ったことは全部嘘さ、おまえの心に付け込むつもりが、ちょっと言葉に詰まっちまった」

 これまでクロードは、それぞれに目標があるというヒートの言葉にも、最初の記録に名を刻んで満足げな顔をして脱落した竜使いの姿にも納得できなかった。優勝しなければ意味がないとさえ思っていた。しかし今、ヒートが自分の思いを最後まで言い切らなかったことに、さらにはその姿勢に、クロードは敬意を表せざるを得なかった。彼は自分の気持ちを殺してでも、取り巻く現実にたった一人で立ち向かっていたのだ。

「すごいよ。僕はいつも自分のことばかりで、君のようにはとてもなれない。ここに来るまでに、僕は自分にとって大切な存在を裏切るような真似だってしてきた。傷つけて、見捨てるようなことをさ。だから僕はずっと悩んでいたんだ。本当に勝利を目指しても良いのだろうかって。竜征杯に出るように言われたのを良いことに、自分のためだけにこいつだって無理やり巻き込んで、今も飛ばせている。誰かのために自分の思いを手放すなんてこと、僕には出来なかったんだ」

 クロードはそう言って、アルコルの翼の付け根に触る。

「そうか。でも、むしろおまえのそういうところが俺は凄いと思ったぜ。時に悩みながらでも、真っすぐに目標に向かって突き進んでいけることこそが、おまえの一番の才能なんだろうな。そんでもってその姿勢はきっと周りの人間にも影響を与えているはずさ。俺だって、その一人だ。そんなおまえが俺のことを認めてくれたからこそ、俺も自分のやるべきことを全うしようと改めて思えた」

 ヒートは顔をあげると、もうそこに陰りはなくなっていた。

「どうなるかは分からない。彼らの満足いく仕事が出来なければ、意味はないだろうし、断られる可能性だって十分にある。その時はお前と一緒に優勝でも目指すさ」

「優勝できるのは一人だけだから、その期待には応えられないかもしれないよ」

「言うじゃねえか」

 ヒートは笑ってから自分の竜に指示を出すと、クロードの前から飛び去っていった。そして彼は二度と戻っては来なかった。

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