第四章 竜使いの民

第45話 出発は別れの合図でもあって

 早朝、門が開かれると、竜使いたちがどこからともなく現れる。すでに門の前で悠々と待っていたアギルド家とは距離を置き、それぞれ審判員と門番に検問されるのを待っている。

「やっぱり減っているね」

「町の至るところで同じようなことが起きていたようだからな。平時ならともかく、暗闇の中、しかも疲れ切っているところを襲撃されたら、対応できなかったとしても無理はない。でも奴らの一番の標的であろう王家には、あまり効果が無かったみたいだけどな」

 飛んでくる王家の隊列は、初めに比べたらその大きさも小さくなっているが、依然として最大勢力であることに変わりはなかった。そしてその隊列がアギルド家のすぐ横で止まり、並び立った。

「まったく、何を考えているんだか分かったものじゃないな。ならず者までけしかけるなんてどうかしているぞ。本当に竜征杯を何だと思っているのだ」

 王家の護衛が憤慨している。

「まあまあ、そんなに目くじらを立てなくてもいいじゃないか」

 しかし渦中にいるはずの王子はいたって呑気な様子だった。

「彼らもそれだけ必死なんだよ。人の気持ちを踏みにじるようなことは言ってはいけないよ。たとえ、それが僕たちにとってどんなに大したものでなかったとしてもね」

 アギルド家の竜使いたちは王子を睨みつけるが、それでも彼の様子は全く変わらず、「むしろ良い余興だったぐらいさ。竜征杯なんて何も起きないときは本当に何も起こらなくて、飛んでいる方も観ている方も退屈に感じるぐらいだからね。彼らは興行の意味をよく理解している盛り上げ役というわけだ」とさらに煽るように話を続けた。

「そうは言っても竜征杯も後半に差し掛かるわけだし、そろそろ真面目にやってもらいたいね。そうじゃないと僕の方が退屈でうんざりしちゃうよ」

「何だと」

 案の定、アギルド家の取り巻きは騒ぎ出す。しかしそれを聞いていたホワイトが自ら前に出てくるとすぐに黙った。

「私たちはいつだって真面目で真剣そのものですよ。あなたたちは私たちの必死さを無様だと思いになるかもしれませんが、王座奪還を目指すのも私たちが打ち出している拡大政策を実行に移すためです。アシュフォード家はあまりに慎重が過ぎて、怠慢の域にすらある。軍事力において、竜を使いこなせるという点だけで他国を圧倒しているにもかかわらず、領土を広げようともせずに現状維持を保つのは国のためにならない。他国でも蒸気機関や竜の飼育法などの研究が進んでおり、今の地位も安泰ではない」

「上の人たちの頭の固さは分かっているつもりだけどね。でも結局、キミたちの謀略は鳥の翼で頬を撫でた程度のものでしかなかったし、むしろキミたちを脅かしかねない三番手の存在が余計に力を蓄えて残ってしまった。それが竜の翼ぐらいのものであれば話はまた違ったかもしれないけど、要するに全部取るに足らないものでしかなく、今回もつつがなく王子である僕が一番に王都に着くのさ」

「王都という地名はない」

 そこで丁度審判団の確認が終わり、アギルド家から順に出て行く。

「我々は次の町で補給作業があるために、またしても彼らを追いかけなくてはならないというのが嫌ですね」

「今度はすぐに追いつくさ。そろそろ彼らとの違いを見せつけてあげないといけないだろ」

「そうですね」

 護衛も頷くと竜を発進させていき、王家の隊列もスタートを切る。その次に並んでいたのは三番手の地位を着実に築いていたベース家であったが、彼らはまだ止まっていた。

「やはり駄目そうか」

「いえ、ここで離脱するわけにはいきません」

 ロリアンに答える竜使いは、その腕には血のにじんだ包帯が巻かれ、右足の膝辺りも青く腫れていたが、押さえていたのは脇腹であった。しかもその顔は青白く、明らかに無事とは呼べないものであった。

「昨晩の襲撃が堪えたか。おまえは率先して盾になってくれたからな」

「まだ役目は終わっていません。少なくともロリアン様が無事に祠まで辿り着いてベース家の紋章が刻まれた短剣を置いていかれるまでは、盾として送り届けます」

「しかしその様子では飛行中に竜から落ちかねない。ここから先はさらに過酷になるし、場所によっては救出も困難だ。今後のためにもおまえを失うわけにはいかない。今すぐにでも医者の所に向かい、精密検査を受けるべきだ」

「有難きお言葉です。同時にそのようにおっしゃらせてしまった自分を情けなく思います」

「何も恥じる必要はない。誇りを胸に竜征杯をあとにすれば良い。優勝する者の盾としてな」

 ロリアンは彼の胸を拳で軽く叩く。彼は涙を流しながら審判団に辞退を申し出ると、審判員の一人が付き添いとなり、その場を後にした。

「仕方がないことだが、少しばかり戦力が足りないかもしれないな。やはりこれは……」

 味方の竜使いがいなくなった後でロリアンがそう呟くのが聞こえ、さらにそれをヒートがしっかりと聞いていることを確認したクロードは言った。

「ねえ、ヒート」

「ん、なんだ?」

 彼はとっさに取り繕うように返事をするが、その意識がロリアンの方に向いているのはもはや明白だった。

「行きなよ。ずっとこの時を待っていたんでしょ。ベース家に積極的に働きかけていた他の竜使いたちは、昨晩の騒動で皆いなくなっちゃったみたいだし、これ以上ないチャンスだろ。絶対に無駄にしちゃ駄目だよ」

「さすがに分かっていたか」

 ヒートはあっさりとそのことを認めた。

「ベース家はずっと新たな戦力を求めていて、レース中に王家の隊列と分断してからも集団から使えそうな人材を探していた。実は、僕は竜征杯が始まる半年以上も前にベース家の人たちに会っているんだ。そのときも彼らは自分たちの盾になれそうな竜使いを探していた。あの様子だと、おそらくその後も見つけられなかったのだと思う。彼らの考える基準は分からないけど、僕が思うにヒートは適任だと思うんだ。竜使いとしての腕は、ここまで残っていることから言わずもがな、常に冷静な判断を下せるし、献身的で自分を犠牲にすることも厭わない。実際、話してみてそれなりに手応えはあったんでしょ」

「でも、それは」

「まだ分からないのかい。僕の方から協定を破棄させてもらうと言っているんだ。キミのようなフラフラとした人間と手を組んでいたら、いつ裏切られるとも限らないからね」

 クロードはなるべくよそよそしく言ったが、それが驚くほど空々しいものであることは自分でも分かっていた。案の定、「似合わねえこと言ってんじゃねえよ」といつになく不機嫌そうに言われる。しかしそれは本当に機嫌を損ねたのではなく、溢れ出る感情を抑えるためにそうしているようだった。

「少しだけ、話をさせてくれないか」

 ヒートは真面目な顔でそう言った。

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