第43話 アギルド家の膝元で

 町に入ってから真っすぐ突き進むと、さっそく繁華街に行き着き、道の左右には飲食店や酒場があり、店先に出してある椅子に座って盛り上がる農夫の集団や、商いを終えて売り上げを数える商人の姿などがそこかしこにあった。しかしそんな中でもところどころに人相の悪い武装した男たちが立っており、さらに建物の隙間や裏手の薄暗い通りには、建物の壁にもたれて何やら手元を隠しながらやり取りをする者たちや、地べたに座って屯しているガラの悪い若者の姿が見受けられる。中には睨みあっている者たちもおり、明らかに不穏な空気を醸し出していたが、クロードたちが上空を飛んでいることに気付くと、顔をしかめて散開していく。

「おそらく、俺らが巡回している衛兵だと思ったのだろうな。見て分かる通り、くれぐれも薄暗い通りで降りたりするなよ」

 ヒートは相変わらず親切にクロードに忠告する。

「審判団は町に入るのにも苦労しただろうな。ここの人間は竜征杯なんて全く気にしちゃいないからな」

「竜使いの民の国なのに?」

「そもそもこの辺りは、隣国との国境も曖昧な地域で、荒くれ者が集まるから治安が悪いことで有名だったんだ。強盗団や窃盗団が幅を利かせていて、誰も手が付けられなかった。だが、そこに伝説の竜使いの片腕ともいわれたアギルド家の竜使いが現れた。彼は権力争いに敗れており、再起を図るべく自分たちの拠点を作るためにバルムまでやってきた。そのとき、元々いた強盗団なんかも徹底的に叩き潰し、降伏した者たちは自分たちの配下として上下関係を徹底的に叩き込んだ上で、戦力の拡大も同時に行ったんだ。今日もその地位は揺らがず、西のアギルド、東のアシュフォードと呼ばれるほどの戦力を抱えている。そして彼らはこの辺りの荒くれ者たちを束ねるだけでなく、西側の隣国が攻め込むのを防ぐ役割も担っていて、それゆえにアシュフォード家も彼らの繁栄や直属する独自の自警団の存在もある程度は黙認しているんだ」

「正直アギルド家のことはただの荒くれ者の集団ぐらいに思っていたから、なんでそんな人たちを王家はずっと野放しにしているのかと思ったけど、そういう意味があったんだね」

「国を治めるっていうのは、やっぱりそう簡単な話ではないってことだろうな。アギルド家があんまり強大になるのは王家も望んでいないが、同時に国防上では非常に有効に働いているのも理解している。この町は要塞そのものだから、仮に攻め込まれても長く持ちこたえられ、その間に援軍を送ることも出来るだろう。対立関係にあっても、さらに大きな敵に対抗するためには協力し合うこともあり得るわけだ。とはいえ、竜使いの民はその戦力からして諸国からすれば相当な脅威だから、そうそう攻めてくることはないだろうがな」

 敵からすれば、上空を縦横無尽に飛びまわる相手というのはどう考えても脅威でしかない。竜使いの数が少ないことを除けば、負ける要素はまず見当たらない。それならばもっと遠征に行って領土を拡大することも容易であり、実際にアギルド家は度々その提案をしている。しかし王家はすでにこの国は十分に潤っているからと慎重な姿勢を見せ、無闇に敵を作ることを避けて今の状態を維持しているが、それでもアギルド家が意見を表明することによって他国へのけん制にもなっていることも王家は理解しているだ何だとヒートは話を続けるが、クロードはあまり興味が無かったので、適当に聞き流しながら、夜の繁華街を珍しそうに首を振って見ていたアルコルを眺めていた。そんな彼の様子を見たヒートは「おまえは本当に竜のことにしか興味がないんだな」と苦笑いを浮かべる。

「ああ、ごめん。一応聞いていたつもりなんだけど、どうにも頭に入ってこなくて」

「いや、別にいいけどな。むしろ安心したぐらいさ」

 彼は笑ってそう言うが、本当のところは呆れ果てているのかもしれない。そこでクロードは「あのさ」と呼び掛けようとするが、その前に「もしかしてあれって王家の竜使いたちじゃないか」とヒートが言うので、クロードは口を閉じて前方を確認する。

 繁華街の先に石畳の敷かれた広場があり、そこに竜使いたちが集まっているのが見えた。クロードのいる集団の竜使いたちが口々に声をあげる。二日ほど追いかけてきてようやく彼らの姿を捉えたのだからその喜びもひとしおであろう。近くにはアギルド家の竜使いたちもおり、互いに睨み合っていたが、その間には審判団の姿があった。

「規定で決まっているではないか。通達だって届いているはずだ。いや、規定など以前に竜使いとしての矜持はないのか」

「我々はあくまでも町の治安の維持に努めているまでだ。出入りを自由にすれば、外敵が入ってくる恐れが増すではないか。深夜帯の出入りは如何なる者であっても、許可が降りなければ認められない」

「だからその許可を出すようにずっと言っているではないか。夜遅くになったのはおまえたちが取り合わなかったからだろう」

「我々とて数日に渡る飛行で疲れているからな。後半に向けて英気を養っておかなくてはならない。それに、あなた方が何か良からぬことを企んでいるとも限りませんから」

「良からぬことを企んでいたのはおまえたちだろ。洞窟での落盤事故はさすがに常軌を逸している。あとで正式に抗議させてもらうぞ」

「言いがかりはよしてくれ。証拠はあるのか」

「審判団、彼らは竜征杯に相応しくないと思わないか」

「私たちはその現場を見ているわけではないので何とも。それに、町の出入りに関しましても、規定では竜征杯への協力は治政の妨げにならない範囲でと書かれているので、アギルド家の方のおっしゃられていることも筋は通っておりまして」

 審判団は明らかにアギルド家を恐れている様子で、しどろもどろに答えるばかりであった。

「筋など通っているものか。あれを見ろ、とうとう追いついてきた後方集団が町に入ってきているではないか。入ることが出来て出ることは出来ないなどあってたまるか」

「そう言われても、我々ではどうにも。城の方ももう閉まっているので、連絡を取るにしても明日にならないと」

 ああ言えばこう言うといった具合に、アギルド家の竜使いも言い逃れを続けるので、王家側は断念せざるを得ない。

「くそっ、こんな悪人どもの蔓延る町で一晩を過ごせというのか」

「あんまりひどいことばかり言っていると、本当にその悪人とやらが出てくるかもな。暗闇にはくれぐれも気を付けた方が良いと思うぜ」

 アギルド家の竜使いたちはニヤニヤと笑いながら、その場を去っていった。

「アギルド家だけでもうっとうしいのに、また別の面倒な輩も追いついてくるとは」

 王家の護衛が降り立ったロリアンを見て言う。

「今回の竜征杯は、だいぶアギルド家に振り回されていますね。途中から聞かせてもらいましたが、どうやら明け方まではここから出られそうにありませんね」

「そういうわけだ。おまえたちも寝る場所は慎重に選んだ方が良いぞ」

「ご忠告どうも」

「いや、本当に洒落にならないからな。奴らは狂っている。それぞれの家の補給隊も皆、町に入ることすら許されずに追っ払われたのだぞ。今は近くにある田舎町で待機しているそうだ」

 補給隊というのは、その名の通り物資の支援を目的として各家から派遣されている人たちのことであり、基本的に折り返し地点まで到達したところで一度だけ選手と接触することが認められている。通り道となる町の人からも情報を聞き出すことは可能だが、物資提供などの援助は非常事態を除いて禁止されている。この規定には、通過する町の多くに監視の目が無いなど大きな穴があるが、それでもおおよそは守られている。竜征杯では、大抵の場合は最終的に残ってくるのが一部の限られた家だけであり、彼らは決定的な違反行為をすれば名誉に関わるがゆえに基本的には取り決めを遵守するので、ある程度大雑把な規定であっても、あまり問題にはならなかった。今回はそうでもなかったようだが。

「なるほど。そこでも足止めをさせるわけですか。もはや何の競技か分からなくなりますね。彼らとしては、後半までに出来るだけ我々の体力を削りたいということなんでしょうけど」

「我々ではなく王家のことだ。おまえたちは含まれていない」

 護衛はこれで話は終わりだと言わんばかりに背を向けた。

「言ってくれますね。少しは立ち直ったということでしょうか」

 ロリアンも自陣営を呼び寄せて、どこで休むか相談し始める。固まっていた他の竜使いたちも少しずつ散り散りになって飛んでいき、一時的に団結した集団は跡形もなく消滅した。明日の開門時刻には、今度は別の門の前に集うことになるだろうが、そのときは全く異なる様相になっているかもしれない。

「やっぱり大所帯のそばにいられるのなら、それが安全なのかな」

 ベース家や王家の動向を窺ってまだ動いていない竜使いも見受けられた。今夜最も羽を伸ばして休むのはアギルド家であろうが、さすがに彼らについて行こうとする猛者はいない。

「いや、俺たちは俺たちで考えよう」

 クロードにとっては意外なことに、ヒートはそのように言ったが、反対する理由も無かった。

「分かった。でもどこにするんだい」

「ちょっと上から飛んで探してみるか」

 ヒートは竜に跨り直すので、クロードもそれに続こうとする。しかしそこで「おい、クロード」とどこかから自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がして、クロードは動きを止める。

「どうかしたか」

「ヒート。今、僕の名前を呼んだ?」

「いや、呼んでないが」

「気のせいかな」

 クロードは思い直して、アルコルに乗ろうとする。しかしそこで今度は、「おーい、クロードさんやい」と気の抜ける呼び掛けが聞こえた。今度はヒートも聞き取ったらしく、同様に周囲を見る。すると広場の端っこで建物の陰から手招きする人影があった。真夜中であり、フードも被っていたのでそれが誰か視認することは出来なかったが、その姿と声にやたらと懐かしさを覚えてクロードは近づく。するとその人物はフードを外し、顔を見せた。

「ドゴールじゃないか」

 クロードが驚くのも無理はなかった。

「なんでこんなところにいるのさ。いや、そもそもどうやって来たんだい」

 後ろで警戒していたヒートもクロードの様子を見て、それを解く。

「なんでと言われたら、それは俺がおまえの兄貴分だからとしか言えねえな。兄弟の応援に駆け付けるのに理由なんざいらないだろ。おまえも水臭いよな。補給支援が出来るってなら、俺に頼んでくれたら良かったのによ」

「クロードの兄貴なのか」

「いかにも」

「いや、違うから。色々と世話にはなっているけど」

 ヒートは異なる答えに困惑するが、それは仕方のないことだろう。

「して、クロードよ。聞いたところによると、おまえさんたちは今日の寝床を探しているんだろ。なら、ついてきな。外での立ち話は危険だ」

 ドゴールは四の五の言わずについてこいと言わんばかりに、クロードを連れて行こうとする。ヒートもクロードもひたすらに戸惑っていたが、ひどく疲れていたこともあって彼の強引さに押し切られ、竜を引き連れてついていく。

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