第42話 集団の様相、それから彼の様子
「さすがに疲れたな」
ヒートはクロードの横でそれを口にする。しかしその顔には充足感も垣間見えた。
「だが、おそらく折り返し地点までには追いつけるだろう。さっきの町では、王家もアギルド家も過ぎ去ってからまだ二時間と経っていないと言っていたからな」
「ああ、そうだね」
すでに王家が集団を離れてから、二日近く経過していた。その間にはいくつもの町を通り過ぎていったが、そこで逐一どのくらい離れているのか聞いていたこともあり、どうにか追いつけそうなところまで迫りつつあった。しかし当然ここに来るまではかなり飛ばしてきたので、集団の人数も半分ほどに減っており、それはつまり竜征杯が始まってから四日ほどで出場者の半分近くが脱落したことになる。一時は六時間近くも離されていることが小休止をとろうとした町で判明し、そこで気持ちが切れてしまった竜使いたちが大量に脱落していった。さらに後ろの方で疲れの溜まっていた竜同士が体勢を崩してぶつかったことがきっかけで争いに発展し、そこでも何人か落ちていった。単調で先の見えない飛行は辛く彼らを蝕んでいたが、それらを見たこともあって他の竜使いたちは停戦協定を結び、一時的に集団の団結力は高まった。クロードも何度か空中で寝そうになって意識を失いかけたこともあったが、その度にアルコルが鼻を鳴らして暴れだそうとし、それは間違いなくクロードのためを思っての行動ではなかったが、おかげでどうにか持ちこたえた。
「正直なところ、ここまで来られるとは思っていなかったぜ」
「ヒートは本当によく頑張っていたよね」
「頑張ったのは俺だけじゃないし、俺の頑張りなど大して役に立っていたのかも分からない。予想以上にベース家の竜使いたちが優秀だった、それだけだ」
彼の言うように、ベース家がいなければまずこれほどまでに急速に戻っては来られなかっただろう。彼らはいまだに脱落者を一人も出していなかった。王家に勝つつもりで挑んでいるだけあって、それだけの戦力を整えてきたのだろう。すでに、彼らと言い争ったのちに渋々協力することにしたダントン家などは、早々に戦力として提供した竜使いたちが脱落し、残っていた本陣といえる隊列もどんどん小さくなっていき、今や数人しか残っていない。ダントン家の長男も、だいぶ前から絶望した顔で虚空を見ており、どうにか飛んでいるだけの状態であった。おそらく次の町で脱落するのだろう。
「そういえば、さっきもロリアンと何か喋っていたよね」
「ああ、ベース家の内情を聞いていたんだ。差が縮まっているからこそ、飛び続けるために戦力を把握することは大事だからな。まだ全員が持ちこたえているとはいえ、向こうもさすがに腹の探り合いをしているような状況でもないと思ったのか、素直にそれぞれの体調や状態を教えてくれたよ」
「なるほど」
クロードは頷いて見せるが、実は彼がロリアンと話していたことを聞いたのは探りを入れるためであった。
クロードに話しかけてきた中年の男はずっと後方でひっそりと飛び続けている。この険しかった道のりでも脱落しない辺りはそれなりに力はあるようだが、どちらかいえばヒートの方が若い分、体力を残していそうなほどには疲れて見える。しかし、もしかするとあえて疲れているふりをしているだけなのかもしれない。彼はヒートに次いで引くと言っていたが、もう丸一日以上一度も前には出て来ていない。
当然のことだが、協力すると口で言ったとしても、それぞれ自分のことを最優先に考えている。特に今も残っているような者たちは、それを分かっていたからこそ、ここにいられるのだろう。ダントン家は、ベース家やヒートたちが何を言おうが、決して折れてはいけなかった場面で流されてしまった。もしくは自分たちの戦力を過大評価していた。たった一つの判断が勝敗を分ける。クロードはそのことを理解し、だからこそ悩んでいた。
ヒートの場合、言っていることが本当であるならば、竜征杯に出場したのは何かしらの活躍を見せて自分の名を知らしめ、それをきっかけに家を復興させるために今も飛んでいる。しかし彼はこの二日で体力を相当使っており、やはりゴールまで辿り着ける飛び方には見えない。そんな中でも彼はまだ元気を見せているが、それは体力の問題以前に、まだ気持ちが切れていないからに他ならない。ヒートは自分よりもずっと冷静で周りがよく見えている。そして先ほどから、この集団の主ともいえるロリアンを始め、ベース家の人間と積極的に会話を交わしている。実は彼だけでなく、他の竜使いも数人ほど同じように、しかももっと分かりやすく接触を試みている。そしてその中心にいるロリアンは信頼を置いている仲間の数人と、周りには聞こえないように何やら話し合っていた。
そこでクロードは唐突に閃いた。この状況が一体何を示していて、どこから誰の意図によって始められたものであるのかを考えたとき、クロードはその答えに辿り着いた。
「おおっ、あれだよ。あれがこの国で王都に次ぐ第二の都市といわれるバルムだ」
そんな時、ヒートが前を指さしながらクロードに声をかける。
日の沈んでいく山を越えた先には平野が広がっており、そこには竜征杯の折り返し地点に位置する町であるバルムの眩しいほどにきらびやかな街並みが見えていた。その王都よりも大きくて外周を巨大な円形状に壁で囲われた町は、黒系統のレンガの使われた建物が多く、特に今は繁華街が賑わいを見せている。出店や露店が無数に立ち並び、賭博場などの遊戯施設の数はこの国でも最多と言われていて随一の夜の街として知られているが、その先でひときわ存在感を放っているのは小高い丘の上から町を見下ろすようにいくつもの尖塔がそびえ立つ真っ赤な城である。それは西部国境線の最重要拠点であるのと同時に、アギルド家の総本山であった。
「一つの国のようなものさ、ここは」
前方のベース家が高度を下げるので、それに合わせながらヒートは言う。
「たしか初日に、俺が今回の竜征杯で番狂わせが起きるかもしれないということを話したよな」
「そういえば言っていたね」
まだ三日前のことだが、もう随分昔のことに思えた。
「その二つ目の理由がこれさ。折り返し地点がバルムであることだ」
「アギルド家の統治している町だからってことだよね」
「彼らは洞窟の落盤事故を起こしたように、勝つためには手段を選ばない。まだ前の様子は分からないが、ここで何も仕掛けてこないはずがない。まあ、見ていれば分かるだろう」
集団はやがて地面に降り立ち、堀の掘られた通用門に向かう。正門であるこの門の高さは十メートルをゆうに超えるほどの巨大な木扉であり、開け閉めするだけで時間がかかる。やぐらの上に建てられた竜使い専用の通行所があるのだからそこを通れば良いのにとクロードは思ったが、おそらくそれは許されないことなのだろう。
「ん、なんだ、おまえら」
ベース家の人間が横にある詰所の扉を叩くと、気怠そうな顔の衛兵が出てくる。
「我々は竜征杯の出場者だ。審判員の審査を受ける必要がある。ここを開けてくれ」
「証拠は?」
「は?」
「いや、だから証拠を見せろって言っているんだよ。こちとら、怪しい者は誰一人通さないのが仕事でね。おまえたちが竜征杯の出場者を騙る敵の部隊だとも限らないだろ」
「竜使いなのだから自国民だと分かるだろ」
「自国民だからなんだと言うのさ。裏切り者がいるかもしれないだろ。竜使いなのにそんなことも分からねえのか」
「くそ、ふざけやがって」
「あんまり態度が悪いようなら、こちらとしても相応の対応をとらせてもらいますよ」
衛兵は品の悪い笑みを浮かべて言う。
「落ち着け、彼だって証拠を見せれば入れざるを得ない。竜征杯出場者に配られている専用の通行証を出せばよいのだろう」
ロリアンは自身の通行証を彼の前に突きつける。
「ええ、では確認しますね」
彼がそれを受け取ろうとするが、ロリアンはひょいと上にあげる。
「見せれば十分だろう。こちらも急いでいるんだ。紛失されたら困る」
「失くしたりなんかしませんって。ちょっとお預かりするだけですから」
「どうしても確認すると言うのなら、私の前でしろ。いいな」
ロリアンは衛兵を威圧する。
「はいはい、分かりましたって」
彼はしぶしぶロリアンの意見を承諾する。
それから衛兵はこれでもかと言わんばかりに書類に穴があくほどにじっくりと見て時間をかけるので、クロードも含め竜使いたちの苛立ちは募るが、それが爆発する寸前でようやく終えると、門が開いて一行は通された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます