第40話 残された集団

 クロードは王子が仲間を切って先に行くのを見て、遅れてはならないと前に出ようとした。しかし、残された王家に仕える竜使いたちに阻まれ、取り残されてしまった。じきに彼らもベース家や他の家々によって掃討されたが、むしろここからが問題であった。クロードのすぐ前では言い争いが始まっている。

「王家に仕掛けたのはあなたたちだ。責任を取ってこの集団を引っ張っていくべきだろ」

 先ほどからそう主張するのは、ダントン家という十分に名家と呼べるほどに有名な家の長男であり、主に彼とロリアンが言い合っていた。

「あなた方も途中からちょっかいを出していましたよね。私たちだけの責任というのはいささか無理があるのではないですか」

「そんなに前を引くのが嫌なら、初めから何もしなければ良かったではないか。何故おまえたちがこんなところで攻撃し始めたのか理解に苦しむ。むしろ我々が加勢したおかげで王家との全面的な戦いにならずに済んだのだ。感謝していただきたい」

「偉そうに言うが、あれが加勢と言えるものなのか。ろくに状況も見極められず、私たちが牙城を崩すことを期待しながらも、報復を恐れて中途半端な態度を取っていただけではないか」

「ふっ、笑ってしまうな。おまえたちが王家を崩せるなどとは誰一人思ってなんかいない。あまりに自惚れが過ぎるのではないか。そんな傲慢さゆえに、そこにいるグレリン家にも断られたのだ。なあ、そうだろう」

「そういうわけではないですけど」

 クロードの働く詰所のある町に居を構える竜使いの一家であるグレリン家であったが、その長男はしどろもどろに答える。彼の人の良さは町でも有名だが、そんな様子でよくも自ら旗揚げをして竜征杯に出場して来られたなと思わわずにはいられない。

「なら、おまえは奴らの肩を持つというのか。我々の作戦を無茶苦茶にしたのだぞ」

「長いものに巻かれ続けることを作戦と呼ぶとは、私も驚きを隠せませんね。それならばいっそのこと王家の盾として出場した方が良かったのではないですか」

「三番手を目指すことの何が悪いというのだ。我々はおまえたちのような身の程知らずの目標を掲げる馬鹿ではない。このまま王家もアギルド家も逃がして一向に構わない。三着争いで厄介になりそうだったおまえたちを確実に潰せるのならな」

「臆病者に負ける気はしないな」

 すでに一触即発の空気であり、他の竜使いたちもどちらに付くべきか考えているようであった。ただ、こうしているうちにも王家との差は開くばかりであり、クロードは焦っていた。自分たちだけが出て行けるような雰囲気でもないし、出て行ったところであれだけ飛ばしていた王家に単独で追いつくのはほぼ不可能だろう。もはや打つ手が思い当たらなかった。

「まあまあ、ちょっと落ち着いてくださいよ」

 しかしそこでクロードの横にいたヒートが彼らの間に割って入っていく。

「誰だ、おまえは」

「名乗るほどの者でもありませんが、ライトフィング家のヒートと申します。今回は事情により、単独で出場しております」

「酔狂者か」

 ダントン家の長男は吐き捨てる。

「その通りです。ですがそんな酔狂者の私でさえ、この事態は酔えないし狂えません。そしてあなた方にもそれぞれの考えがあり、譲れないものがあることも理解しているつもりです。ですから、ここは私が先頭を飛んで集団を引いて差し上げましょう」

「なんだそれは。まさか一人でずっと引っ張って王家に辿り着けると本気で思っているのか」

「誰も引かないよりかは近づけると思いませんか」

「極論だな、話にならん。第一、これだけの人数がいるなら最低でも先頭に五人は必要だ」

 そんなことはヒートも分かっているはずであり、その上で志願しているのだろう。クロードも彼と同じようにここで遅れてはならないと思っているが、それでも彼と同じことは言い出せなかった。仮にここから集団を引っ張っていけば、体力を著しく消耗し、あわよくば追いつけたとしても、そこから先はとても戦えないだろう。クロードは優勝することなど今や考えてはいないつもりであったが、それでも躊躇して、声をあげられないでいた。

「では、私も引きましょうか」

 そこでさらに集団の後方から声があがり、一人の男が「ほら、前に出てくれ」と自分の竜に呼び掛けながら出てきた。ロリアンもダントン家の長男も怪訝そうに男のことを見る。それは彼が周りの竜使いたちよりも明らかに一回り以上は年上に見えたからであった。彼の姿は出発する前にちらっと見かけていたが、やはり若い竜使いたちの集団の中では明らかに浮いていた。

「どこの家とも知れない若造の次は年寄りか」

 ダントン家の長男はもはや呆れた様子であった。しかし彼は笑みを浮かべて答える。

「年寄りで申し訳ありませんね。場違いなのは承知していますよ。ですが、人手が足りないのであれば枯れ木も山の賑わいと言いますし、私も加わらせていただこうかと思いましてね」

 彼の丁寧な物腰によって、殺気だった空気が多少和らいでいく。

「年寄りついでに少しだけ口を挟ませてもらいますが、このままでは間違いなくここにいる全員が王家の方々に追いつく前にリタイアすることになると思いますよ」

「なんだと」

「怒らせたのであれば、すみません。ですが、これは今まで三度この大会に出場してきた私の経験則です。毎回、まとめ役となる家がいない後続の集団は一度崩壊してしまえばもう二度と上がってはいけませんでした。ほとんどの場合は、誰も前で引きたがらずにずるずると飛行速度が落ちていく、もしくは争いが勃発してそれぞれの竜と竜使いを消耗させ、いずれの場合も審判員に回収されて終わりでした」

「俺たちは自分たちの力だけでも持ちこたえてみせるさ」

「その心意気は素晴らしいものですが、現実は非情です。落盤事故とベース家の方々による襲撃によって戦力の削れた王家といえども、まだまだアギルド家の軍勢の数にも遥かにまさっているのが現状であり、彼らに運良く追いつけたとしても、最後まで体力が持たないでしょう。今この場にいる方々の目標はそれぞれ違うでしょうが、王家に食い下がろうとしているのであればもちろんのこと、三番手を狙うにしても最後まで飛び切らなければいけません。それでも良いのですか」

 男はベース家とダントン家、さらには他の竜使いたちに呼びかける。少しの間静まり返っていたが、やがてロリアンが「分かった。私たちの家からも牽引役を出そう」と言った。自分たちが現状を作り出したという自覚があったからであろう。すると今度はダントン家の脇にいたグレリン家の長男も「私たちからも出します」と声をあげる。

「おい、俺たちから出す必要はないだろ。何を言っているんだ」

 ダントン家の長男は口を出す。

「あなたの家とは協定は組みましたが、旗揚げはそれぞれ別ですから。決めるのは私です」

 しかし彼はきっぱりと言いのけた。するとダントン家の長男は大きく舌打ちをしたが、「四人だけだ。それ以上は何があっても出さないからな」と吐き捨てるように言った。

「もちろん強制は致しませんが、他にも募集します。一人でも多く、少しの時間でも良いので引っ張っていただけると助かります」

 クロードはさすがにこうなれば自分も参加せざるを得ないと思って観念していたが、そこでヒートがすぐ近くまで寄ってくると、他の人には聞こえないように小さな声で「おまえは出てこなくていいからな」と言うので、思わず彼の顔を見た。

「良い流れが作れたんだ。二人とも出張る必要はねえよ」

「でも、僕らはそれこそグレリン家とダントン家のように協定を組んでいるだけじゃないか」

「いいから、分かったな」

 しかし彼はクロードの言葉を強引に押し込めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る