第39話 背後からの一突き

 やがて捜索隊が無事に別の出口を見つけると、直ちに集団は出発した。元々クロードたちがいたのが洞窟の終わる間際の場所であったため、迂回したところでそれほど時間はかからずに外に出ることが出来た。そこにもまた何か仕掛けられてはいないかと警戒もしたが何もなく、慌てふためく審判の一人に遭遇し、そこで臨時に通過者の確認と内部にいた竜使いたちの安否の確認が行われた。それから棄権する者たちの輸送をするべく、運営の医療班や町の事業者たちと連絡を取り合うため、審判員は町に向かっていき、確認を済ませたクロードたちは先を急ぐ。

「ここからはまた一段と厳しくなるぜ、覚悟しとけ」

 ヒートの言葉通り、集団は王家を筆頭にアギルド家を含めた先発隊に追いつくために速度を上げ続けていく。目に映る風景はぐんぐん迫ってきては遠ざかっていき、黙々と進んでいく一行からは一人また一人と脱落者が出てくるが、味方も含めて誰一人待たなかった。すでに洞窟で足止めされていた分だけ離されているだけに、飛ばしていかないと下手をすればこのままゴールまで追いつけなくなるかもしれないという不安さえちらついていた。

 日が沈んでからも、集団の速度は一向に落ちなかった。通例では毎晩、少ない時間でも休むようだが、今回は思わぬ足止めを受けたせいで、その時間も切り詰めていかないといけない。

 そうした中、序盤から先陣を切って集団を引っ張ってきた王家に仕える者たちも、最後に力を振り絞ってかっ飛ばし、やがてもう飛べなくなるほどにまで力を出し切ると、集団から次々に千切れて見えなくなっていった。そこでも後ろを振り向く者はいなかったし、クロードにももはやそんな余裕はなかった。丸一日以上も飛んでいるのは初めての経験であり、足はパンパンになって股は筋肉痛で痺れを覚え、手綱を持つ腕はあげるのも苦労するほどに重くなっていた。あれほど喋っていたヒートも夜になってからはほとんど無言で、時々「大丈夫か」と声をかけてくる程度になり、アルコルも無駄に騒いで余計な体力を使うようなことはしなくなっていた。クロードとしてはアルコルがいつ飛ぶのを拒絶し始めるかと心配だったが、様子を見る限りでは、他の竜よりも早く脱落することを、つまりは根競べに負けることを嫌がっているようであり、そこに関してはまだしばらくは大丈夫そうだとホッとしていた。

 しかし、そんな中でさらにその状況に追い打ちをかけるような出来事が起こる。そしてそれは意図して起こされたものであった。

 クロードは前の方でロリアンが味方に何か合図を送ったところまでは見えたが、初めは何をするつもりなのか分からなかった。するとそれを機にベース家の面々が、一斉にすぐ前にいる王家の竜たちの間に割って入りこもうとする。普通に考えれば、最前線に行くことは風を受けるだけであり、損な役回りを引き受けることになる。しかも今のように疲れている頃合いであれば、なおさら彼らに利益はない。だから集団の他の竜使いたちは、ベース家が前を引っ張ることで、より早くアギルド家に追いつこうとしているのではないかとさえ思ったようだ。

 しかしそれは全く逆の考えであった。

 彼らは王家を守る隊列の最も外側にいる竜使いと竜に対して数人がかりで素早く取り囲むようにして身体をぶつけ、明らかに攻撃、もしくは妨害行為をし始めた。

「ロリアン、こんなときに何をしている」

 王家の護衛が諌めてもロリアンは無反応で、ただ目の前の竜使いを攻撃する。疲れていたこともあって警戒が薄れていたようで、数匹の竜とともに王家に仕える竜使いが落とされていく。

「おい。私怨なのか何なのか知らないが、今我々が蹴落とし合っている場合じゃないだろ」

「そんな非合理的な感情で私が動くとでも思っているなら、あなたは王家の護衛役には相応しいとは言えませんね。少し遅れを取ったぐらいで何をそんなに焦ることがありますか。あなたが注意しなくてはならなかったのは、そこではなかったはずですよ」

 そう話している間にも次々と王家の隊列は外側から剥がされ、完璧を保っていたひし形の隊列は段々と崩れていく。

「確かにアギルド家がだいぶ先行していますが、それでもこの調子で飛ばして行けば、せいぜい折り返し地点までには追いつけるはず。彼らも足止めが成功したところで最後まで逃げ切れるとは思っていないでしょう。彼らは竜征杯において二番手に位置する軍勢ですが、そもそも王家とは大きな戦力差がありますからね。王子もそのことが分かっているから、洞窟内でも呑気なことを言っていられたのです。ですが、あなたは自分が指揮する立場であるがゆえに、過度に心配して焦りが生じ、状況を正しく判断出来ていない。多少の犠牲を払ったとしても、結局そのうち追いつくのであれば、そのことに考えを費やす必要はなく、むしろここで仕掛けてくる存在が潜んでいることを、つまり自分たちの背後を警戒しなくてはならなかった。我々を取るに足らないと思ったのか、それとも単に余裕がなかったのかは知りませんが、ここで私たちのような第三勢力が取る最善の行動は、アギルド家に追いついて情勢が落ち着いてしまうまでに、大本命であるあなたたちの戦力を少しでも削ることであり、そこを考えなかったのは紛れもなくあなたの失態ですよ」

 彼らとて疲労は溜まっているはずだが、それでも空を自在に飛び回り、一体ずつ着実に撃墜していく。それはクロードも見たことのある光景であり、お手の物とでも言わんばかりであった。王家の取り巻きの竜使いたちも援護するが、これまでずっと大人しくしていたベース家に比べて疲労が蓄積されていることもあって統制が取れておらず、下手な加勢はむしろベース家の餌食となった。そしてその勢いを見た他の家の竜使いたちも、あからさまな攻撃こそ仕掛けないが、さりげなく隊列に割り込んで邪魔をしたり、あくまで事故を装って後ろから軽く小突いて体勢を崩させるなどでベース家を支持した。

 圧倒的な数を誇り、大樹のように安定していた王家の隊列が、局地的な強い風に吹かれて葉が飛ばされて枝がへし折られていくようにみるみると散っていく。それはまさに下克上と呼ぶのに相応しい光景であり、それまで一応は同じ目的を持って飛んでいた集団も、ロリアンの行動によって本格的に瓦解し始めていた。

「切り離すんだ」

 そこで王子は静かに言った。護衛の男は王子の方を見る。彼は至って落ち着いた様子であった。それまで彼は自分の失態についてだけでなく、この状況にまつわる様々なことを話そうとしていたが、そんな王子の様子を見ると平静を取り戻し、毅然として「行くぞ、おまえたち」と号令をかける。すると王家の残っている面々は隊列を内側に絞って外側でロリアンたちの攻撃を受けていた者たちを切り離しながら、一気に加速する。それは味方を見捨てることに他ならなかったが、前を行く隊列に縋りつこうとする者はおらず、彼らはいわば囮となってロリアンたちの足止めをすることで、前を行く竜使いたちを守っていた。そのおかげもあって、王家は邪魔者たちから離れることに成功し、さらに前へ飛んでいく。

「申し訳ありません。ロリアンの言う通り、警戒を怠っておりました」

 護衛の男は王子に謝る。しかし王子はすぐに頭を上げるように促した。

「別にいいさ。こういう事態も元より織り込み済みだったわけだし、僕だってこの状況ならロリアンも安牌を取ると考えていた。彼らはアギルド家以上に大人しくしていたからそのうち仕掛けてくるとは思っていたけど、それでももっと人が減ってからだと思っていたし、何よりこれは彼らにとって危険な賭けだからね。正直なところ、割には合っていないと思うよ」

「どういうことですか」

「おそらくここで戦力を削いでくるのは合理的な判断だったのだろう。でも裏を返せば、今動かなければ勝てないと考え、踏み切らざるを得なかったということでもある。結果として安定していた集団は崩壊して二分したわけだけど、こっちにいるのはほとんど僕らの味方だけだ。つまり切り離された向こうの集団には、積極的に集団を統率し牽引する家はなく、後ろで風を受けずに済む恩恵も無くなる上に、集団に絶対的な強者がいなくなったために情勢が不安定になる」

「つまり抑止力が消えることで、集団にまとまりがなくなると」

「そうだね。この後、彼らは代償を払うことになる。だから、あのとき焦っていたのは実はキミではなく彼らの方だったんじゃないかと思っているよ。そういうわけで、これからもキミに隊列の指揮を取ってもらうけど、いいね」

「はい」

 護衛はより一層意気込んで返事をした。

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