第37話 初めての競り合いと連携
昼頃になると、太陽を全身で浴び続けながらの飛行で身体が汗ばんでくる。風が涼しいことがせめてもの救いではあったが、いくら乗っているだけとはいえ、竜だけでなくクロード自身にも疲れが溜まり始めているのは確かだった。
しかし集団のペースは少しずつ速くなっていく。それは集団の先頭である王家が意図的にそうしているようであった。それによってすでに数人ほど遅れ始めており、さらに先に飛んでいたと竜使いたちに追いつくと、彼らの中にはそのまま置いて行かれる者もおり、その中には最初にペルセウスの町に着いた竜使いと思われる者の姿もあった。彼はクロードたちほどではないがまだ若く、参加している竜使いの中では珍しくみすぼらしい擦り切れたローブを羽織っていて、乗っていた竜共々すでに疲労困憊で辛そうだったが、同時にやり切ったと言わんばかりに清々しげな表情を浮かべていたので、クロードの目をひいた。
「あれほど露骨なのは初めて見たな」
ヒートは集団のペースが上がっているのも物ともせずに、興奮気味に言う。
「この竜征杯は何も王家や名家のためだけのものじゃねえってことだよな。果たすべき目標は人それぞれなんだ」
彼はその姿を見て勇気づけられたようであった。それに対してクロードは何も言わず、代わりにアルコルに「離されないようにもっとぴったり張り付くんだ」と指示を出す。
それからまもなく地表の緑が徐々に減っていき、地面が灰色、光の当たり方によってはピンク色にも見えるようになってくると、広大に連なる岩肌の露出した山々とその麓にある町が見えてきた。
「あれが岩の大地にある、シーシアだ。ここに二つ目の通過地点が設置されている」
「聞いたことはあったけど、本当に大きな岩の中に人が住んでいるんだね」
町の一角には小高い丘のような大きな岩山があって、道も外周を回るように張り巡らされて整備されていて上に登っていけるようになっているのだが、岩山には蟻や土竜の巣のように無数の穴が開いていて、そこに人々が住んでいる。
「暗くなると、あの穴ぼこ一つ一つに明かりが灯るんだ。その光景はなかなかに洒落たもんで、観光客向けに竜の箱舟に乗せて上空からそれを一望するツアーもあるぐらいさ。大岩には色の違う断層が見られるが、あれは古代の火山活動によって火山灰や溶岩が異なる時期に重なり合って形成されたもので、それによって入り組んだ複雑な地形になっているんだ」
クロードたちの見渡す限りずっと遠くまで、灰色の岩で出来た大きな山が連なっている。
「しかもこの町の通過地点は、立ち並ぶ岩山の内部にある洞窟の出口にあるのさ。洞窟は元々あった無数の穴から、さらに鉱脈を探すために長い期間かけて人々が掘って出来たもので、それがこの山々の中で無数に広がっているんだ」
「洞窟内は迷路みたいになっているってことだよね。迷ったりしないのかな」
「迷路どころか大迷宮と言えるだろうな。だが、道標になるものはあるだろう」
彼の言った通り、町の上を飛んでいると、周囲の岩肌にある穴の中でも飛びぬけて大きなものがあり、そこに観客が集まって審判員も立っており、こちらに向かって手を挙げて誘導しているのが見えた。それに気付いた竜使いたちは高度を下げさせると、なだれ込むように洞窟に入っていく。
大きな洞窟とはいえ、横幅や高さから考えてもいっぺんに入れるのはせいぜい三匹ほどであり、中に入れば追い抜きにくく、ここで入った順番がそのまま出る順番になる可能性が高い。だから、たとえば自分の前の竜が遅ければ、自分も巻きぞいとなって前と離れてしまいかねない。また、狭くて暗い場所では何が起こるとも限らない。それらの理由から、彼らは我先にと急ぐ。竜征杯の出場経験のないクロードでもそのことにすぐに気付き、少しでも前に行こうと、ヒートと互いに離れないようにしながら飛び込んだ。
誰も速度を落とさず、もちろん道を譲る気などないため、そこで竜征杯が始まってから初めて、牽制などではない竜同士の激しいぶつかり合いが起こる。主に隊列の最も外側にいるような竜使いたちが、それぞれ自分が付き従う家の者たちを先に前に行かせるために、同じく外側の他の隊列の竜にぶつかって弾き飛ばしに行くか、もしくは隊列の隙間から無理やり入り込んで、その飛行を妨害しようとする。
最前を飛んでいた王家は、その隊列を即座に三列縦隊にすると、一人として欠けることなく、最初に洞窟に入っていく。しかし二番手争いは苛烈なものになっており、何匹もの竜が左右の岩壁や地面に叩きつけられていく。
それらの竜を跳ね飛ばしたのは、ベース家の面々であった。隊列の中央で飛んでいたロリアンはその首から肩にかけて白い包帯を巻いていたが、王家と対立しているにも関わらず悠々とその後ろを飛んでいる辺り、神経の太さがうかがえる。とはいえ彼の姿が見えたのはほんのわずかの間であったし、それよりもクロードはいかに少しでも前に入るかに集中しなくてはならなかった。
二人とも一早く動きだしたこともあって、単独や少人数編成の者たちの中では抜け出した位置におり、すぐ目の前では、名家や旧家とまでは言えずともしっかりと戦力を揃えている二つの家が争っていた。
クロードとヒートは互いに目を見合わせる。ここで落ち着いても悪くないように思えた。事実、ヒートはこれ以上前に出ることを躊躇していた。下手に出ようとして二つの家の争いに巻き込まれ、怪我をせずとも外に弾き出されたら、今よりも後ろの位置に下がってしまう。クロードも同様の計算は出来ていた。しかしここで止まると後ろから突き上げを食らう恐れがあることも分かっていた。ここまでやってきている竜使いたちであれば、二人しかいないのであれば潰せると思うかもしれない。実際にそうされなかったとしても、洞窟内を飛んでいる間はずっと後ろを警戒しなくてはならないだろう。
だから、クロードは目の前で身体をぶつけ合うことで双方が弾かれて間が空いたのを見たときには、すでに「アルコル、行っていいぞ」と声をかけていた。
それまでも前の竜たちが互いに吼えあっていたが、そこに被せるようにさらに低い咆哮を轟かせた。元々闘争心が強く、これまで後ろの方で他の竜の尻を見させられていたことに相当な苛立ちを募らせていた。後ろから発せられた野生を剥き出しにした威嚇に彼らは驚き、ほんのわずかであったが身体をのけぞらせた。仮に竜がそうしなかったとしても乗っている竜使いが身体を少しでも後ろに引けば、それは竜の動きにも影響を及ぼす。
アルコルは二匹の竜を蹴散らすように突っ込んでいくが、さすがに竜征杯に参加している竜使いだけあって、迷うことなく二人は瞬時に協力関係を築きあげ、両側から挟み込んでクロードたちを抑えようとし、さらに第三勢力に気付いた他の竜使いたちも道を塞ごうとする。
しかしそこでクロードたちを潰そうとした竜の片方が不意の攻撃で突き飛ばされ、体勢を大きく崩して味方の竜にぶつかり、連携が乱れた。体勢を崩したのはその竜が後ろから追突されたせいであったが、彼らはアルコルがこじ開けるように開いた翼を押し返すことに気を取られ、後ろから忍び寄るヒートの竜に気付いていなかった。片方の竜が飛ばされたことにより、クロードたちはもう一方にだけ専念すれば良くなり、アルコルがその大きな翼で殴り飛ばすと、ひらけた突破口から他の竜使いたちがそこを閉ざすよりも先に滑り込んで前に出た。そうして同じようにして後ろをついてきていたヒートたちと共に洞窟に入っていく。
「まったく、無茶しやがって。肝が冷えたぜ」
ヒートは咎めるような口調であったが、白い歯をこぼしていた。
洞窟内に入ると、集団は落ち着きを取り戻し、新たな序列を受け入れた。先ほどの二つの家のうちでヒートが追撃しなかった方が、クロードたちの後ろについていた。彼らは自分たちが二人組だと気付くと、少し話し合っていたが、結局は何もして来なかった。戦力的には数で勝るのでおそらく潰そうと思えば潰せただろうが、下手に暗い洞窟内で争えば、自分たちも被害を受けるかもしれないと考えて、ひとまずは放っておくことにしたのだろう。もっと言えば、今躍起になって倒すほどの相手でもないと思われたのだと、クロードは彼らが後ろを重点的に警戒している様子から感じ取っていた。
「そうだね。ヒートが追撃してくれなかったら、たぶん前と左右から押し潰されていたと思う」
クロードは冷静に先ほどのことを振り返っていた。力だけでいえば、アルコルがあの中では最も強かったように思えたし、だからこそ行ったのだが、やはりそれでも一人だけでは簡単には勝てないことを分からされた。しかし結果的には一瞬の判断によって前に上がれたこと、そして何よりグレッグとの競竜に負けたときと比べて全てにおいて成長していたことを喜びたい気持ちと半々であった。
「いや、俺はあそこで行く必要はないと思ったんだぜ。余計なことをして因縁でもつけられたら嫌だったからな。だが、おまえが出て行ったときには俺の身体も動いていた。そんでもって完璧な連携をぶちかませた。そいつの馬鹿力と俺たちの機動力を生かした勝利だ」
「反応してくれて本当に助かったよ」
クロードはこうして少しずつでも集団の前に行くことで、優勝にもほんの少しだけ近づけているような感触を掴む。しかしそこで気を緩めることはなく、少し離れている前方との距離を縮めることにする。
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