第35話 それぞれの目指すもの

「優勝候補と言われているようなところは、まず初めからは仕掛けない。それはもちろん、他の家に警戒されているというのもあるが、力をためておく意味合いが強い。どんなに優れた竜であっても、ずっと速く飛び続けることは出来ないからな。さらに言えば、スピードを上げたり落としたりを繰り返すことも疲労を蓄積させるから、少しずつペースを上げていくのが基本だ。短い距離のレースなら話はまた変わるけどな」

「それについていけなくなった竜たちが徐々に集団から脱落していくんだよね」

「そうだな。普通に飛んでいても、おそらくは名家の竜の方が強いが、さらに彼らは身を寄せ合って飛んでいるだろ。隊列の真ん中から後方が最も空気抵抗が少なくて、ほとんど無風の状態になる。だから優勝を目指す家の一番手やもしものことに備えて用意する二番手辺りは、ずっとその陣形の真ん中で飛んでいる」

「ただ敵の妨害から身を守るためだけじゃなくて、後半に備えて体力を温存させているのか」

「そういうことだな。味方が多い方が良いことなんて無数にあるが、その中でも大きなものとして挙げられるのが、前後左右上下で飛べる奴らの数を増やして、陣形をより厚くすることが出来る点だ。厚ければ厚いほどに真ん中にいる竜や竜使いたちは楽に飛べるし、周囲への警戒も任せられる。俺たちのように終始辺りを警戒して飛ばないといけないとなると精神的にも疲労するし、何より緊張の糸はずっとは保てない。王家なんて、自分たちとその周りだけで数十人はいるからな。あれは飛ぶ要塞だ」

 前方の王家の方を見ると、綺麗なひし形立方体の隊列を作り、さらにその周りを何人か飛んで見張っている。彼らが特に警戒しているのは、すぐ横にいるアギルド家である。アギルド家の陣形の規模は王家の半分程度だが、竜使いも竜もとにかく大きくて強そうなものが多く、その上で全く隙のない一糸乱れぬ統制で同じぐらいの速さで飛んでいた。

「そういうわけで、一般的に考えれば数の力と飛行力からして圧倒的に有利な立場であり、逆に名家としてはそれが当然の準備だ。実際、その準備段階で勝敗の九割は決まっていると言ってもいいだろうな。しかも、近年はずっとアシュフォード家が勝ち続けていて、今年も大勢は変わらない。そして勝ち続けるほどに他の中立的な家も協力的になりがちだ。いくら利害関係が薄くとも、とりあえず勝ちそうな方にすり寄っておくのが安牌だからな。だから今回もアシュフォード家のディベリアス王子が優勝するというのが大方の見解なのさ」

 話を聞けば聞くほど彼らに隙は無いように思え、やはり番狂わせなど起きる気がしない。

「だが、俺は必ずしもそうなるとは思っていないんだ」

「えっ、なんで?」

 ヒートはあっさりと言うので、クロードは当然聞き返す。

「理由は幾つかある。ちゃんと説明していくぜ。まず一つに、今回は選挙と重なる年だから。そういう年の方が予想外なことが起こりやすい。それは色んな家がレース内外で様々な思惑を持っていることが大きくて、その中でも王家や名家が最も恐れているのが下克上だ。もちろんそう簡単に出来ることではないし、裏切り行為でもあるから、非常にリスクが大きい。しかしそれでも勝てば家の名前が国中に知れ渡る。それが余程卑怯で汚い方法でもなければ、この国の人々はそのことを喜んで受け入れる。誰しもサプライズを期待しているからな。そして、された側は自分の配下の人心も掌握できていない家だと国民に認定されてしまう。俺たちのような税も大して納められない連中に議員選挙の投票権はないし、ましてや王は議会の議員たちの投票によって決まるから直接的には関係ないが、あまりに世論を無視した投票は懐疑心を生む。竜使いの武力があればそういった不満もある程度は抑えられるだろうが、必然的に内政は不安定になり、他国に付け入られやすくなるので望ましくない」

「ちょっと待って。政治とかの難しい話をされても僕にはよく分からないから」

 べらべらと喋っていたヒートであったが、クロードがさっそく混乱気味の様子になっているのに気付くと、「いやあ、すまんな」と言って笑った。

「そんなに難しい話はしていないつもりだが、とにかく下克上が起きる可能性もあるということだけでも覚えておけ。今回の竜征杯では、すでに名だたる旧家のいくつかが自分の家の旗印を掲げたが、それとはまた別に内部から虎視眈々と狙う輩もいるかもしれない。同じ勢力でも初めに思っていた竜使いとは別の竜使いが、優勝争いに食い込む可能性があるということだ」

「ああ、つまり例えばアシュフォード家の集めた一団でも王子ではなく、別の竜使いが飛び出て勝とうとするかもしれないということか。抑えるべき相手が誰になるのか分からないんだ」

「そうだ。そんなわけで彼らもただ呑気に飛んでいられるわけではなく、味方の様子にも気を配っておく必要があるのさ。まあ、そうはいっても両家ともに昔からその辺りの根回しは上手いから、そうそう起こらないだろうがな。あくまで可能性としての話だ」

 クロードが詳しい事情を知る由もないが、王家の巨大な一団を見て、さらにヒートの話を聞くほどに、王家の側近であったというベース家が王家から離れたことは相当な事であったのが分かる。ベース家の姿を探すが、今のところ近くにはいないようで見つけられない。

「おっ、クロード。向こうを見ろよ」

 クロードが前を向くと、草原と森の向こうに白っぽい建物がぽつぽつと増えてきており、さらにその先には空の青とはまた異なる深みのある青色の水面が眩い程にキラキラと光る湖が見えてくる。

 そこは王都の北西にあるペルセウスと呼ばれる都市であり、大きな水源があるので綿織物業などが盛んで、人口は王都よりも多いと言われるほどに栄えている。

「北の方まで来たことは無かったから初めて見たけど、すごく綺麗だね」

「俺の家も近くにあるんだぜ。ここからは見えないけどな」

「そうなんだ」

 ヒートと会った時、彼は王都のこともよく知っていたので、それほど離れた場所に住んでいるわけではないことは、クロードも予想していた。

「あの湖にはよく家族で出かけてはボートに乗ったりしたものさ」

「じゃあ今日も見に来ていたりするの?」

「いや、いないだろうな。そんな余裕も無いし」

 そこでクロードはヒートの家の事情を思い出し、軽率な発言だったと思い、「ごめん」と謝る。

「いや、別に謝ることはねえよ。ただ、あの湖を見たら頑張らないとなって思っただけさ」

 それから湖沿いにある街に入ったが、王都とはまた違った様相で、活気はあったがどこか大らかで和やかな雰囲気があった。クロードものどかな気分にさせられ、これが数年に一度しかない竜征杯であることも忘れそうになるほどであったが、街を抜け出す辺りにはまた大勢の観客が地上におり、さらに大きな時計塔のそばでは、竜征杯の審判が竜に乗って上空で留まっていたが、彼らは大きな黒板を二人がかりで持ち、そこにはクロードが全く聞いたことの無い竜使いの名前と時刻と思しき数字が白いチョークで書かれていた。

「そうそう。あれが、先に出ていった奴らの目的さ」

「最初にここに辿り着いた人の名前だよね」

「町や都市にある中継地点を最初に通過した者の名前がああやって書きこまれるのさ。竜征杯の序盤は特に目立った動きが少ないから、少しでも盛り上げるためにああやって先着者の名前が記録されるんだ。あれ自体は俺たちのような後方から飛んできた竜使いたちが前の状況を知るためのものだが、記録は観客にも大々的に公表されるから、自分や家の名前を売るには絶好の機会なんだぜ。しかも最初は名家が前に出てこないから、出場者の誰にでも名前が刻まれるチャンスがあり、特に初めの通過地点は短い距離だから狙いどころなのさ。たまに滅茶苦茶速い奴がいたりすると、競竜の選手としてスカウトされることもあるぐらいなんだぜ」

 ヒートが前に出ることの利点を語るが、クロードは特に感心することもなく、「でも、それって勝利を捨てているような飛び方だよね」とやや冷めた言い方をする。

「ひとえに竜征杯での勝利と言っても、それぞれが目指すものは違うからな。色んな考えの奴がいるんだよ。だからこそ俺は始まる前に、お前に確認をしたかったのさ。集団に残って名家の後ろをついていくことで少しでも体力を温存しておくか、それともそれを投げ打ってちょっとした名誉を求めるか」

 クロードはそんなことは露ほども考えていなかったが、さすがに優勝を目指しているとまでは言えず、「そっか」と短く答える。

「ちなみに俺はこれでも短期決戦に強い方だからな。おまえがその気なら、最初からぶっ飛ばして全力で一着を取りに行くのも悪くねえと思っていたんだぜ。俺たちみたいな若い奴らが暴れたら、皆盛り上がってくれるだろ」

「観客のことまで考えられるなんて、ヒートはすごいね。僕は自分がどこまでついていけるかばかり考えていたよ」

「それはちげえよ。俺はただ目立つのが好きなだけさ。自分たちの飛びっぷりで歓声が沸き起こったら最高に愉快だろ。まあ、今回はちょっとばかし封印しといてやるかな」

 彼はそう言って快活に笑ったが、先ほど彼の家の話になりかけたときと同じように、その顔には少しだけ影がさしているようにも見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る