第31話 チームを組もう

 事に病院に送り届けると、クロードは病院の外で待っていたがまもなく青年が出てくる。

「俺は大丈夫だと思ったんだけどな。でも、有難かったよ」

 青年はクロードが自分よりも若いことに気付いてからは、かなり砕けた口調で話しかけてきていた。

「それなら良かったです」

 クロードは、竜使いにはプライドの高い人も多いと聞いていたし、多少覚えもあるので、あまり出しゃばった真似をして青年が気を悪くしていないか不安だったが、少なくとも表面上は大丈夫そうであり、安心する。

「正直、キミのような竜使いに会うのは滅多にないからな。提案を聞いたときは、恩に着せて財産を巻き上げようとしているのかと疑ったぐらいさ」

 警戒されている気配はクロードも感じていた。

「だがそれも俺の誤解だった。悪かったよ」

「あっ、いえ」

 そこまで率直な謝罪の言葉が出てくるとは思わず、クロードは少し驚く。

「まだ若そうなのに立派な心構えだな」

「それはあなたにも言えると思いますよ」

「それもそうか。なんたって俺もまだ成人してないからな」

「えっ、そうなんですか?」

 そこで彼が自身の歳を口にするが、それがクロードよりもわずか二つほどしか離れておらず、さらに驚かせられる。

「そうそう。だから敬語もいらないぐらいさ。むしろそんな礼儀正しく出来て、振る舞いも立派なところを見ると、そっちの方がよほど格上の家系なんじゃないか。俺はおまえさんの着ているローブがあまり上質そうなものではないように見えたから、勝手に決めつけちまったが」

「いや、僕の方が間違いなく格式は低いはずだよ。なんせ普通の農家出身だからね」

 祖父のことを踏まえれば普通とは言えなかったが、少なくとも所有している土地の広さなどから考えれば、一般的には普通にあてはまる。

「へえ、それはまた驚かせてくれるな。農家出の竜使いも稀にいるとは聞いたことがあったけど会ったのは初めてだ。これは帰ったら親父や兄妹たちに自慢できそうだ」

「自慢にはならないんじゃないの。偉いわけでも何でもないし」

「珍しいことは価値のあることだと俺は思うけどな。ああ、でも確かに俺の方がおまえに自慢できることを持っている自信はあるぞ」

「もしかして凄い家柄なの?」

「いやいや。ウチは全く凄くもなんともない平凡な竜使いの家系さ。それどころか、今にも取り潰されそうだ。特に際立った功績をあげているわけでもないし、多額の借金まで抱えている始末でな」

「それはまた、大変そうだね」

 クロードは唐突にそんな火の車の家計事情を話されて、どう反応していいか分からなかった。

「でもな、そんな俺にもおまえに自慢できることがあるのさ」

 明らかに話すように促すことを期待されている様子だったので、「へえ、どんなこと?」と聞く。すると彼は露骨に嬉しそうな顔をみせた。

「勿体ぶりたいところだが、そんなに興味津々で聞いてくれるなら教えてやろう。なんとな、聞いて驚け、俺はあの竜征杯に出場するのさ」

「本当に?」

 クロードがそう聞いたのは、今さっき借金を抱えていると話していたからである。竜征杯に出場するとなれば、何かとお金がかかるはずだ。

「嘘を言っても仕方ないだろ。ただ、正直なところを話せば、ウチの家から出場するのは俺だけになっちまってな。親父たちの竜が借金の担保になっていて、俺の竜しか自由に乗り回せないのさ。でも、俺はこう見えて竜のさばき方には結構自信があるからな、竜征杯で注目されるぐらい良いところを見せつければ、どっかの名家に目をかけてもらえるかもしれない。そんでもって家の借金の返済も肩代わりしてもらうって寸法なのさ。あくまで上手くいけばの話だが、少しぐらい希望を持っても良いだろ。どうだ、これはかなり自慢できることだろ。俺たちぐらいの年齢で出られる奴なんざ、そうそういねえからな」

 青年が得意げに鼻を伸ばしていることもあって、クロードは言おうか迷ったが、それでも同年代の竜使いと出会ったことからくる高揚感もあって、その口を開かせた。

「得意げにしているところ悪いけど、実は僕も竜征杯に出るつもりなんだ」

「なんだって?」

 彼は仰々しく、両手をあげて驚いた。

「自分では順序立てて説明できないぐらいには色々あったんだけど、なんやかんやあって出ることになったんだ。出られることは有難いことなんだけど、ちょっと受け止めきれなくてさ」

「すげえな。お前の歳で竜征杯に出場する奴なんて聞いたことねえぞ。そっちの方がよっぽど自慢できるじゃねえか。なんだか負けた気分だぜ」

「いや、勝ち負けは竜征杯でつくんでしょ。それに、僕一人でどこまでついていけるものか」

「お前も一人で出るのか」

「うん」

「そいつは驚きを禁じ得ないね」

 彼はするとほんの少しだけ、その威勢のいい口を閉じると、頭に手を当てて何やら考え事をしていたが、またすぐに口を開けた。

「だったら、俺たちで隊列を組んで飛ばないか」

「それって、僕とチームを組もうってことだよね」

 まさか自分が誰かに誘われる立場になるとは思ってもみなかった。

「そうさ。先に言っておくが、これはたった今思いついたことではあっても、適当に決めたことじゃないぜ。おまえは随分若いのに竜の扱いが相当手慣れていた。幼い頃からずっと竜に乗ってきたのだろう。農家出身なのにどうして乗れたのかは気にはなるが、何か伝手があったのだろうし、それでも一人で出るならあまり関係はない。それに、これが一番大きな理由だが、気が合いそうだからな。さっき俺が老夫婦を運んでいたとき、何人かの竜使いにすれ違ったが、声をかけてきたのはおまえだけだったし、それは俺が普段から目指し、心掛けている竜使いとしての在りようだった。弱きを助けて強きをくじく、そんな竜使いに俺はなりたいんだ。だから、おまえのことは信頼できると思ったのさ。だが、おまえが断るなら食い下がりはしないぜ。竜征杯では、少し状況が変わるだけで味方も敵になりえるからな。普段は良い奴でもそうでいられなくなる時だってあるだろう」

 彼は鷹揚な心構えをみせながらも、冷静かつ熱心に語る。その姿を見て、クロードも決めた。

「いや、組もう。最終的に勝つのは一人だけど、仲間がいるに越したことは無いはず。それに、僕は農家出身ゆえに竜使いのことはあまり詳しくないから、すごくありがたい申し出だよ」

 すると青年は綺麗な白い歯を見せて笑う。

「よし、それなら交渉成立だな。これからよろしくな、相棒」

「ああ、よろしく。えーと」

 そこでクロードは彼の名前を聞いてなかったことに気付く。

「俺はヒート。ライトフィング家の次男さ」

 彼が右手を差し出してきたので、クロードも同じように手を差し出して、握手を交わした。

「さあ、そうと決まったらちょっくらそこいらの立ち飲み屋で決起会でもしないか。俺、安いところ知っているんだ。まだ吞む時間としては早いが、おまえも仕事はもう終わったって言っていたよな」

「うん、大丈夫だよ」

 仕事さえ済めば詰所に戻るのが遅くなっても構わないだろうと思ってクロードは頷くが、そこで重要なことに気付く。

「あっ、でもちょっと待ってくれないか」

「何か用事でもあったか」

「実はまだ竜征杯の参加申し込みの届け出を出していないんだよ。今日までだからすぐに出しにいかないと」

「ああ、そうだ。そういえば、俺もそのために王都に来たんだった」

「今何時?」

 クロードは病院の中にある置時計を見る。するとすでに午後の三時四十五分を過ぎていた。

「あと十五分しかないじゃないか」

「そいつはやべえな」

 二人は大慌てでそれぞれの竜に飛び乗ると、空に繰り出して司法省へと向かう。役所仕事なので時間きっかりに窓口が閉まってしまうため全力で飛ばした。建物が見えたときには早くも受付係の男が閉めようとしていたので、二人は彼にすがるように頼み込み、どうにか書類を受け取ってもらったところで、丁度午後四時を告げる鐘が鳴り響いたのだった。

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