第24話 鍛冶屋の親方は嘆いている
豊穣の季節である秋に近づけば、それは竜征杯の本番が近づくことにもなる。今年は夏前の収穫物が上々であり、すでに国中が活気だっている。竜征杯は、元々は竜使いたちの中で主導者を決める厳かな儀式であったが、近年は国をあげての大きな祭りとされており、特に王都では竜征杯にちなんだ物を売り出す露店が立ち並び、他国から観光客もやってくる。それは本来、戦力の意図しない開示や国の治安の悪化などから竜使いたちの間ではあまり良くないことだと考えられていたが、あえて竜征杯の様子をおおよそ筒抜けにし、国の兵力や様相を明らかにさせ、さらにはそこに他国の要人を招くことで、代わりに水面下でのきな臭い詮索活動の抑制につなげていた。そしてそのおかげで市場も活発化し、一般庶民も懐を潤わせることが出来るようになったので、竜征杯は国民にとっても望まれるものになっていた。クロードは政治や経済のことはてんで疎かったが、そういった経緯を詰所で聞いた時には、偉い人は色々考えているのだなと感心した。
そんなわけである程度栄えた町に行けば、人々で賑わった様子が見られ、中には聞いたことのない言葉を話す人もいた。そんな中、鍛冶屋に到着したクロードであったが、店に入ってすぐに親方自らが出てくると、開口一番に「うちにも大口の注文が来ないもんかね」と言い出す。そこで彼の愚痴、もとい世間話に付き合わされることを悟るが、配達員としても彼のような職場をあまり離れない仕事をしていて、頻繁に竜の配達便を利用してくれる良客は無下にできない。
「どうしたんですか、親方。今は農具の注文やら何やらでかき入れ時じゃないんですか」
「そういう注文は沢山来ているさ。おかげで毎日弟子どもをぼろ雑巾のようにこき使ってやっても、昼寝も出来ねえ。配達員さんも忙しいんだろ」
「ええ、まあそうですね」
クロードは彼のやつれた顔を見て、さすがに自分は午後から出勤したなどとは言えなかった。
「でもよ、おまえさんたちはまだ良いよな。税金からたっぷり給料が出るんだろ」
「そんなことはないですよ」
「いやいや、正直に言ってくれて良いさ。俺だってこの歳になれば、さすがに国を守る竜使い様との格差は受け入れているつもりだからよ。実際、非常時は大変そうだしな。最近北の方の豪族が長年にわたる脱税がバレたなんて話を聞いたが、そういう甘い蜜だけを吸っている連中に比べたら立派なものさ。でもよ、同業者が格別な儲け話にありつけたって聞かされると、もうやる気をなくしちまうぜ。やっぱり王都の店に弟子入りでもしときゃ良かったのかねえ。でも俺は人から指図をされるのが昔から大嫌いだし、親父とも毎日掴み合いの喧嘩をしていたぐらいだから、たぶんすぐに追い出されていただろうな」
「王都の鍛冶屋に大口の注文でも入ったんですか」
「そういうことよ。確かに竜征杯も近いし、装具を新調するために注文が入ることはある。だが、そういうのは竜征杯に関係なく、昔からずっと注文する店は決まっているんだ。俺んとこも竜征杯に出場するような家からの注文が少しはあるんだぜ」
「すごいじゃないですか」
「だからよ、そういうのは別に良いんだ。だが、武具一式を十人分ほど、しかも特別料金で政府直々に、つまりは国王名義の臨時注文が入ったなんてことを聞かされたら、誰だって羨まし過ぎて腹が立つぜ。この時期は王家のお抱えの鍛冶屋たちも忙しいから、回って来たんだとさ。腕なら絶対に俺の方が良い自信があるんだがなあ。こういうときにコネやら根回しが素早く出来るには、やっぱり王都に店を構えるしかねえのかね」
「でも、なんでそんな注文が急に入ったんでしょう」
「俺も知らねえよ。互いに弟子どもに店を任せて飲みに行った酒の席で、一方的に自慢されただけだからな。おかげでこっちはやけ酒だったぜ」
鍛冶屋の親方は憎々しげに拳で机を叩く。クロードはさすがにおっかないと思って引いてしまうが、それを見て「ああ、すまねえな」と親方は謝る。
「あ、でも待てよ。そういや、あいつ、気分良く酔っぱらった拍子に色々口走ってたな。なんでも極秘の任務とやらに任命されていた、竜征杯に出ない竜使いたちのものだとか」
「それって、つまり彼らの防具が全て壊れたということですか。その任務で」
「そういうことらしい。まあ、大方は誇張して言っているだけだろうがな」
「もしかしてその注文をしたのって、ベース家の方々ですか」
クロードの頭に浮かんでいたのは、もちろん黒竜のことであった。野生の竜の存在をベース家が中央に知らせ、それからクロードの知らない間に、捕獲のための部隊を派遣したのではないかと思ったのだ。しかしいくら怪力で火を吐く竜といえども、派遣された精鋭たちがそれほどまでにしてやられるとは思えなかった。案の定、鍛冶屋の親方は「王家の側近の一派のベース家のことか。いや、名前は言ってなかったが違うと思うぜ」と答えた。
「そういや、あの家も今回の竜征杯は自分たちだけで出場するんだったな。年々力を付けてきていることは何となく知っていたが、いよいよ勝負に打って出たわけだ。でも間違いなく王家のお抱えの鍛冶屋には断られるだろうな。いや、そうだよなあ、思えば今回はベース家の大口注文もどこかの鍛冶屋にあったわけか。ますます王都の奴らが羨ましいぜ。やっぱり俺もどこかで勝負に出ないといけなかったってことなのか」
親方は心底悔しそうに頭を抱える。
「極秘の任務ってなんだろう」
クロードとしては、親方の葛藤よりもそちらの方に気を取られていた。すると親方は顔を上げて、クロードのことをまじまじと見る。
「あ、すみません。大変ですよね、親方も。いわば隊列の隊長と同じような立場のわけですし」
「そう思うならおまえさんが、全身分厚い鉄で包みこむような防具をいくつも注文するぐらい偉くなってくれよ。あんなぺらっぺらなまな板みてえな盾だけじゃなくてな」
「それは本当にすみません」
クロードは申し訳なくて、悪いことをしたわけでもないのに頭を下げてしまう。
「いや、別にいいけどな。そのうち、従業員総出でクロード様と声を揃えて迎えるようになっちまうかもしれねえから、からかうのはこれぐらいにしておくさ。なんせ農民から成り上がった竜使いだもんな」
「あれ、僕の生い立ちって親方に話しましたっけ」
クロードは首をかしげる。
「いや、だいぶ前に他の配達員から聞いたんだよ。最近、かなり変わった若いやつが入ったってな。なんでも、子竜みてえな竜で竜征杯に一人で出場して優勝しようとしているんだろ?」
「さすがに今はそんなことは考えていませんよ」
余程面白いと思われたのか、改めて配達員たちが誰彼構わず話していることを知り、恥ずかしくなる。
「竜使いの家のしがらみや政治なんて全く分からん鍛冶屋の俺でも、それがいかに無謀なことかは分かるぜ。そうは言っても、毎回個人で出場するような金を持て余した奴らもいるそうだがな。ただ、農家出身で竜使いになれたおまえさんなら、竜征杯で優勝するまでとはいかずとも、それなりの地位を築いて、どこかの家の盾として出場するぐらいの可能性は十分あると思うぜ。何よりまだ若いしな」
竜使いになれたのは特別な事情があっただけでしかなく、今のクロードには竜征杯は他の配達員以上に遠い世界の出来事であった。しかしそれでも、「そう言っていただけるのは、素直に嬉しいですね」と答えておく。
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