第18話 野生の竜の捜索
翌日からベース家による野生の竜の捜索が始まった。彼らは町にある宿屋に泊まっており、そのことはすぐに周囲に知れ渡ったという。町まで買い物に出かけていたヘラが教えてくれた。
「あの辺に竜使いが泊まれるような宿屋なんてないから、馬小屋に竜たちを入れようとしたらすごく嫌がって、昨日は空いていた配達の詰所の厩舎に寝かせたらしいよ。そこでも元々いた詰所の竜たちとちょっと不穏な感じになったみたいだけど」
「それなりの家であれば、厩舎ももっとずっと快適なものだろうからね。不満だったんだろう」
「そういう話を聞くと、やっぱりオーヴィーはすごく良い子なんだって分かるわね。どこだろうと基本的にいつも大人しくしているでしょ」
「そうだな」
昨夜、彼らが町に戻っていった後、オーヴィーの様子を見に行ったが、やはり来訪者たちの気配には気付いており、その目をぱっちりと開いていたので、とりあえず説明しておいた。怪我をする前は、クロードが背中に乗っていなくても裏山を飛び回っていたが、今日は厩舎で大人しく休んでいる。まだ怪我が癒えたわけではないので当然ではあったが、状況を察してくれたようだった。
「グレリン家にも挨拶に行って、数日ほど滞在することを話したそうよ。でも流れてきた噂によると、害獣駆除のために中央から派遣されたことになっていて、クロードのおじいさんのことは一切伏せているみたい」
「へえ」
クロードはあまり気のない返事をするが、ヘラは続ける。
「前にクロードが話していたように、ベース家とグレリン家は昔から親交があったけど、今回の竜征杯は別々に出場するんだったよね。やっぱりお偉いさん方は抜け目がないというかしたたかね。私は何も言わなかったけど、詰所の人たちは、どうせグレリン家は気の良い人しかいないから、適当に誤魔化されていることにも気付いてないんだろうって話していたよ」
「詰所に行ったのか」
「うん、帰りにちょっとだけね。皆、いつでも戻ってきて良いって言ってくれていたよ」
「そうか」
クロードはそれだけ答える。
「もしかして嫌だった?」
「嫌じゃないけど」
「けど?」
「いや、これで終わりだよ」
「そう」
彼女はほんの少しだけ残念がっているようにも見えた。
「それにしても、野生の竜なんてホントにいるのかしらね。裏山なんてよくクロードたちも飛んでいたけど一度も見たことなかったでしょ。あっ、でも最近だったら分からないか」
「そうだね」
クロードは自分が見たことについては言わないでいたが、何故かは自分でも分からなかった。しかし言わなかったところで、少なくともベース家の人たちであれば、容易に見つけ出すはずだ。計四匹の竜が空を飛んで探すわけであり、あれだけ大きな翼の竜であれば遠くからでも見えるはずだし、いくら気性が荒いとはいえ、四対一であればどうにかなるだろう。ましてやベース家の長男であり、竜征杯にも出場するロリアンもいる。彼の飛びっぷりを見たわけではないが、真剣に王子たちに張り合おうとしているのだから、それ相応の力があるに違いない。
「それに、まさかクロードのおじいさんが凄腕の竜使いだったなんてびっくりだよね。いまだに一日中畑仕事をしていられるなんて丈夫なお爺ちゃんだなあってぐらいしか思っていなかったよ。クロードが竜に乗るのが上手いのも遺伝だったんだね」
彼女は軽い調子で喋っているが、それも竜使いのことをあまり知らないからであろう。
「クロードはずっと竜征杯にこだわっていたけど、おじいさんが出場したことは全く知らなかったんでしょ」
「ああ」
「じゃあやっぱり血筋なんだね、そういうところは。上手く言えないけど血が騒ぐ感覚なんかもクロードは感じていたのかな。これまで、なんでクロードが竜征杯に出ることにこだわっていたのか、私にはちょっと分からなかったけど、これで納得できたわ」
「今となっては関係ない話だけどね」
クロードはあっさりと言う。
「関係はないかもしれないけど、私は嫌かな。おじいさんがあの人たちに教えに行くのは」
「好待遇で迎えてくれるっていうんだし、良いことじゃないか。じいちゃんだって楽が出来るに越したことは無いだろ」
「それはそうだけど、なんていうか気持ちの問題っていうかさ。だってちょっと強引じゃない? 竜使いとはいえ、夜遅くに押しかけてきて、こっちの地元から出場するグレリン家を出し抜こうとしているわけだし」
「僕たちはグレリン家の土地で耕している農家や世話になっている商工家でも何でもないんだから、それこそ関係ないことだろ」
そこまで言って、クロードは自分が少しばかりムキになっている気がして、「いや、でもそういう気持ちもあるかもね」と言い直す。
「そうだ。いっそのこと私たちが先にその野生の竜を見つけて、どこかに隠れてもらうってのはどうかな。隠れる場所は私の家でもいいよ」
「それは名案だ」
クロードは呆れながらも、ヘラは自分の心中を慮って言ってくれているのかもしれないと思い始めてもいたので、その後も適当に相槌を打っておく。
しかしクロードの予想は外れ、もしくはヘラの願いが届いたのか、三日ほど経ってもベース家の人々は野生の竜を保護するどころか、その姿を拝むことすら出来ていなかった。クロードが直接聞いたわけではないが、彼らの疲弊した様子から一目瞭然である。しかしだからといって、やはりクロードには何も関係のない話であり、日々農作業に勤しむばかりであった。
そんな中、昼下がりに作業がひと段落して時間が空いたので、クロードはオーヴィーの様子を見に行っていた。いつも通り、オーヴィーは厩舎の中で休んでいたが、やはりクロードの姿を見ると、すぐに起き上がって犬のようにその尻尾を振り、とてとてと飛び跳ねながら駆け寄ってくる。クロードはそんなオーヴィーを抱き止めて、その身体を撫でてやる。
たまにはその辺を自由に飛ばしてやりたいと思うが、裏山にはベース家の人たちが飛んでおり、今のオーヴィーを彼らに会わせたくはなかった。オーヴィーに自分を乗せて飛べないことを気にさせたくなかった。
クロードはオーヴィーが人を乗せて空を飛ぶことはもう二度と無いのではないかとさえ思い始めていた。それはクロードの気持ちの問題かもしれない。しかし今のクロードには、オーヴィーとまた空を飛ぶイメージがどうしても浮かばなかった。ついこの間まで、毎日欠かさず長い時間一緒に空を飛んでいたにもかかわらず、ぱたりとそれが無くなってしまうと、もう遠い過去の色褪せた記憶のように思えてしまう。
そうはいっても、もし本当に二度とオーヴィーと飛べなかったとしても、オーヴィーへの親愛の情は永遠に変わることはなく、きっとこれからも家族として一緒に居続けるだろう。そのことだけは確信しており、それで十分だとクロードは身体を撫でながら思っていた。
しかしそこで、オーヴィーはまたいつもと違った少し警戒するような鳴き声をあげるので、クロードはオーヴィーから離れて後ろを振り向く。すると厩舎の入り口には小柄な女性が立っていた。
「相変わらず仲睦まじくて、微笑ましいわね」
「どうしたんですか」
クロードが尋ねる。
「特にこれといった用があったわけではないんだけどね。ちょっと行き詰っているから、気分転換にあの時の可愛い竜でも見に行こうかなと思ってさ。勝手に入ってきちゃってごめんね」
彼女はわざとらしく舌を出すが、クロードはそれに対して何も言わなかった。
「あなた、少し雰囲気変わった?」
「どうでしょうか」
クロードは肩をすくめる。
「やめたんですってね、配達員」
彼女がそう切り出す気はしていた。もしかしたら、以前彼女に対して懐っこくしていたオーヴィーが警戒するような様子を見せたのも、クロードを案じてのことだったのかもしれない。
「大人相手に一対一の競竜で負けてしまい、そのときにその子も傷を負ったと。正直、その話を聞いたときは驚いたわ。あなたがそこまで本気で竜征杯を目指しているとは思わなかった。でも、その可愛い竜で参加しようとしていたのはさすがに無謀だったわね」
「オーヴィーには、悪かったと思っています」
それは彼女には関係のないことだということを、暗に示しているつもりでもあった。
「そうね。でもあなたは健康そのものでしょ、毎日畑に出ているぐらいなんだし」
「それは嫌味ですか」
クロードはさすがに苦笑いを浮かべてしまう。そこで、「あっ、いや。そういうつもりじゃないのよ。ごめんなさいね、緊張しているせいか上手く言葉が出て来なくて」と慌てた様子でハンナは謝ってくる。
「いえ、こちらこそ少し神経質になっていたのかもしれません」
「ふふ、やっぱり優しい性格は変わっていないのね」
ハンナは目を細めて、クロードを見る。
「ちょっとの間だけでいいから、一緒に来てくれないかしら」
優しいと言われた直後に、手を合わせてそのようにお願いされてしまえば、断るのは難しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます