第16話 農作業に勤しむ

 新緑が萌える山々が見下ろす中で、クロードは鎌を使ってせっせと畑に生えている雑草を刈っていた。黙々と作業に没頭していたが、やがて腰が痛くなってくると、背筋を伸ばして遠くの空を見上げる。まさに快晴といえる天気であり、たまに見える雲も散り散りで断続的に浮かんでいるばかりである。夏もじわじわと迫ってきているこの時期にもなると、さすがに日の光を存分に浴びながら作業をしていれば暑く感じられた。

「よう、クロード。頑張ってるな」

「そういうドゴールも」

 いつもいかにしてサボるかばかり考えているドゴールが、クロードと同じようにちゃんと働いているのはかなり珍しいことであった。

「まあな。おまえが真面目に働いている姿を見ていると、俺も少しはやる気になるのさ。兄として見本にならなきゃいけないだろ」

 ヘラといい、ドゴールといい、どうにもクロードを弟にしたがるところがあるが、最近ヘラからはあまり言われなくなってきている気もする。

「それで、本当のところは?」

「まあ、あれだ。ちょっくら筋肉でも付けようと思ってな」

「へえ、それはまたなんで?」

 ドゴールは特にだらしない体型をしているわけではないが、少なくとも身体を鍛えることに熱心になるような性格ではない。

「それはもちろん女の子たちに振り向いてもらうためさ。巷では、筋肉系男子が流行っているらしいぜ。この前、町の酒場のウェイトレスたちも言っていたから間違いねえ」

「そんなことだろうと思ったよ」

 クロードは安心した様子で言う。

「あっ、今ちょっと俺のこと馬鹿にしただろ」

「馬鹿にはしてないよ。むしろその向上心に感心していたぐらいさ」

「おまえは良いよな。最近、一日中農作業をしているからか、背も伸びて筋肉も付いてきたじゃねえか」

「そうかな」

「ああ、今言った通り最近のおまえの様子を見たからこそ、俺もちょっとは仕事を手伝ってみようと思ったんだぜ」

 ドゴールは力こぶを作りながら言う。しかし自分の腕があまりお気に召さなかったようで、渋い顔をしてすぐにやめた。

「でも俺はやっぱり、草刈りをしているより竜に乗って空を飛んでいる方がおまえには似合っていると思うぜ」

「そんなことないよ」

「あるさ。それに、おまえは昔からずっと竜に乗ることに夢中で真剣だったじゃねえか。ほら、俺なんかいつも適当だろ。何をやっても長続きしないし、すぐに飽きちまう。だから、俺はそんなお前の姿を見て、ちょっと羨ましいと思うこともあったんだぜ」

「そうなの?」

 いつも飄々としていて明るいドゴールが、そんな気持ちを抱いていたことなどまるで考えたことも無く、クロードは少なからず驚いていた。

「競竜で負けちまって、そのときにオーヴィーが酷く傷ついてショックだったのは分かるさ。俺だってそれを聞いて落ち込んだよ。でもよ、そろそろまた空を飛んでみても良いんじゃねえか。もうあれから二ヶ月近く経っただろ。きっと前よりも上手く飛べるはずさ。おまえは努力家だからな」

「オーヴィーのさ」

 クロードは彼が励ましてくれていることを分かった上で、その言葉に被せるように言った。

「左の翼の付け根がまだ安定しないんだ。一応オーヴィーだけでならもう飛べるんだけど、それでも短い時間で降りてくるし、飛んでいる最中も庇うようにしていたからあんまり上手く飛べていなかった。空を飛ぶこと自体を怖がっている様子は全くなかったし、機嫌も良かったけど、これから少しずつリハビリをしていっても元通りにはなるか分からないと医者に言われたんだ。だからやっぱりオーヴィーに乗って飛ぶつもりはないよ」

「そうか。それは悪いことを言っちまったな」

「いや、悪いことなんてないよ。僕が蒔いた種なんだから、もっと責められるべきさ」

「それは違うと思うぞ」

 しかしドゴールはいつになく真面目な顔でクロードの言葉を否定した。

「あくまでも結果として怪我を負ってしまったのであって、おまえは全力を尽くして戦ったわけだろ。竜使いじゃない俺に分かる話でもないから偉そうなことは言えないけど、確かにおまえはどこかで誤った判断をしたのかもしれない。それはグレッグを見くびっていたことかもしれないし、引き際を間違えたことかもしれない。でも、それらはあくまでも結果を知ったあとに分かることだ。結果だけを見たら、やらなけりゃよかったと思うことなんていくらでもあるさ。俺だって、女の子たちと飲んでいるときにウケようと思ったあまり、口を滑らせてひでえ下ネタを言ってドン引きされたことは幾度となくあるし、それから当分女の子たちとの飲み会にも呼ばれなかった」

「またすごいところから例えを引っ張り出してきたね」

「でも、別のときにまた同じような状況になったときにな、俺はあえて同じようなことを言ってやったのさ。リベンジしたかったからな。そしたら案の定冷えた空気が流れたんだけど、その中でもずっと黙っていて明らかに誘われたから仕方なくやってきたって感じの女の子が突然爆笑しだしてさ、もうそれからは盛り上がってしょうがなかったわけよ。そのときは他の女の子たちにまで感謝されたのさ。実はその子は、少し前にお姉さんを病気で亡くしていてな、気分転換のために連れ出してきたんだそうだ」

「ドゴールの強心臓ぶりには本当に感心させられるよ」

 クロードはもはやお手上げといわんばかりだった。

「まあな。だが俺が言いたいのは、その女の子に許嫁がいたことなんかじゃない。失敗することばかり考えていても仕方がないってことさ。無謀や無茶は良くないことかもしれないが、でもそれが無謀なことなのかどうかさえ、若い俺たちには判別がつきにくい。だからやっぱり恐れずに挑んでいくしかねえんじゃねえかなって思うわけよ。同じように見えても何かが違えば、また違う結果があるのかもしれない。もちろん今すぐにとは言わねえけど、遅かれ早かれどこかで決心しないといけない時がきっと来るんだ。今のおまえにはピンと来ていないのかもしれないが、俺は俺の言葉がおまえの胸にちゃんと伝わっていると思っているぜ」

 そう言って、ドゴールはクロードの胸を拳で軽く叩いた。

「さあて、俺の鍛え上げた肉体を見せに町に繰り出すとするかな。クロードも来るか?」

「いや、僕はいいよ」

「了解。それじゃあ、またな」

 ドゴールはクロードの表情を見たからか、あっさりそのまま去っていく。残ったクロードはしばらくその場に佇んでいた。

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