第4話 人を運ぶ
昼近くまで草刈りに勤しんだ後で、ヘラの兄弟たち、特にドゴールには名残惜しそうに見送られながら、クロードはオーヴィーに乗って市街地にある詰所に向かった。
今日は配達物も少なく、クロードの仕事はここから竜に乗って二時間ほどにある街に小包を届けるだけであったので、その小包を棚から取り出して外に出ようとしたところ、受付係のブティミルに声を掛けられる。
「丁度いいところだったな、クロード」
「何が丁度いいんですか」
「小包と一緒に運んでくれ。さっき来たところでな、すぐそこで待っているんだ」
「待っている?」
クロードは開け放たれた扉の外に出る。するとそこにはローブに着せられているようにしか見えない小柄な女性が立っていた。「どうも」と彼女は手を挙げて挨拶してくる。
「えっ、人を乗せても大丈夫なんですか」
「ああ、配達員は人も運んで良いことになっている。滅多に使われないがな」
「そうなんですか」
女性の方がブティミルに訊く。
「ええ。急ぎの用事でもなければ馬車などの陸路で済みますし、あんまり人ばかり運んでしまうと他の配達物が運べなくなるので、それなりの値段設定になっていますからね。庶民はおいそれと利用できませんし、身分の高い方は自前の竜と竜使いがいます」
「なるほど。それで利用者が少ないんですね」
「そういうわけで頼んだぞ、クロード」
「はい」
クロードは返事をする。
「とても可愛いらしい竜ね」
クロードの腰に掴まる女性は片方の手で背中を撫でながら言う。
「もっと大きな竜の方が良かったですよね」
可愛いと言われると、クロードとしては少しばかり複雑な気持ちになる。
「いや、そんなことはないよ。でも珍しいよね、あなたが自分で飼っているんでしょ」
「なんで分かったんですか」
クロードからは全くそんな話はしていなかったので驚いた。
「そんなの一目見れば分かるわよ。あなたにすごく懐いているし、他の厩舎にいた竜よりもずっと綺麗な身体をしているじゃない。口の中や鱗の間なんかもマメに洗ってあげているでしょ」
「僕がするのは時々ですけどね。普段は自分で家の裏手にある小川に行って、そこで勝手に水浴びしているので」
「えっ、放し飼いにしているの?」
「基本的にはそうですね。さすがに街中では今みたいに轡や手綱を付けていますけど、やっぱり無い方が嬉しそうですから」
「へえ、すごいね。竜がいつでも自分の元に帰ってきてくれるなんて、まるで伝説の竜使いみたいじゃない。深い信頼関係を築いているのね」
「そんな大層なものではないですよ」
そう言いながらも、クロードはついつい口角が上がってしまい、それを誤魔化すために話を変える。
「それよりも気になったのですが、さっきから竜について詳しいみたいですけど、やっぱりお家で飼っていらっしゃるのですか」
移動手段として馬車ではなく、わざわざ竜を利用していることはもちろん、彼女の身なりや上品な仕草からもそれなりの身分の人間であることがうかがえた。
「そうよ。二十匹ぐらいはいるかしらね」
「そんなにいるんですか。ということは、やはり専門の飼育員の方が毎日面倒を見ているんですよね。うちの厩舎はたまにしか来てくれないので羨ましいです」
クロードはいつでもオーヴィーのことが一番であったが、厩舎にいる他の竜たちも嫌いではなく、むしろ他の配達員に比べればずっと気にかけていた。仕方のないことではあっても、厩舎に押し込められる竜たちが時々不機嫌そうに騒いでいるのを見ると、自分が飛ばしてやれたらと思わされる。普段扱っていない竜を飛ばすというのは決して簡単なことではなく、それこそ信頼関係なり主従関係を築いていなくては、ふるい落とされたり、暴走したりする恐れもある。竜を飼うにも乗るにも政府の管理局への申請が必要であり、それだけ危険であると認識されているということだ。
「そうだね。竜のケアはとても大事なことよ。毎日見ていないと気付きにくいことも多い。でも基本的には人間と同じ。毎日、昼間は適度に飛び回らせて美味しいご飯を食べさせてあげて、夜は掃除の行き届いた厩舎でふかふかの藁を敷いて眠らせてあげれば良いわ」
「本当にお詳しいですね」
「実はね、私はその厩舎の飼育員をやっているんだ」
「えっ、そうなんですか」
「わざわざ配達員の詰所に来たのも、ちょっとこの辺にいる竜が見てみたくなってね。連れもいたんだけど放って来ちゃった。どうせ向こうは馬車で先に帰っただろうから、ついでに利用させてもらうことにしたわけ」
「へえ。それじゃあもしかしてこちらに来たのもお仕事ですか」
今日が休日や祝日ではないだけに、そういった考えに至るのは当たり前のことであったが、すると彼女は「うーん」とうなった。
「あっ、ごめんなさい。言いたくないようなことであれば言わなくていいです。余計な詮索は守秘義務にも反しますから。すみませんでした」
クロードは気分を害したのかと思い、慌てて謝る。するとその様子を見て、彼女は噴き出すように笑いだした。
「ふふ、竜だけじゃなくて乗り手さんも可愛いらしいわね」
そう言われて、クロードは顔を真っ赤に染める。
「でもあなた、若いけど立派な配達員ね。乗せてもらったのがあなたで良かったわ」
彼女が腰に回している腕は棒切れのように細かったが、大人の余裕と包容力があった。
「中には、こうやって飛んでいる最中でも構わずお尻や胸を触ってくる竜使いもいるからね。ちゃんと竜で飛ぶことの危険性を分かっているのか心配になるわ」
「そういう問題でもない気がしますけど」
クロードはまっとうな指摘をする。
「私がなんであの街に来ていたのかという話だったわね。あなたは誰かに言いふらすようなことはしなさそうだし、まだ着くまで時間もかかりそうだから話してもいいかな。それに、私は焦ってないから大丈夫よ」
彼女はちらりとオーヴィーを見る。二人乗っていることもあって、いつもと比べると疲れているようであった。クロードは途中で休憩することを全く望んでいなかったが、彼女がそう言うのであれば、断ることもできなかった。
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