第10話 決着
鞘に入った剣を抜こうとしたが抜けない。よく見ると鞘が緩く湾曲している。その曲がりに沿って剣を引くと、抜けた!
湾曲した片刃の刃で、刀身はすごく薄い。こんな薄い刀身では剣戟を打ち合えない。どうやって戦うんだ?
よく見ると、刃の部分には波のような文様が浮かんでいる。刀身と
あれは、この剣のパーツだったんだ。
そうだ!この剣・・・。
わたしの故郷である東方の女戦士の国。刀身が半ばから折れた一振りの剣が、一族の長のもとにあった。剣なんて消耗品で次々と取り替えるものなのに、その折れた剣は捨てられずに残されていた。
どんな怪力を要して剣を振るおうと、風に靡く草を斬ることはできない。しかし、長が振るった折れた剣でなら、風に靡く草を斬ることができた。そして鉄剣さえも・・・。
「剣の刃に逆らわずに振り抜けば、誰にでも斬れる」
長は、そう言っていたはずだ。
これが、少女が雨の中で盗賊から守ろうとした剣だろう。
わたしは少女の剣を右手に握って、大男の衛兵の前に立った。大男の顔が嫌らしい笑みに歪んだ。そして、わたしの脳天をめがけて剣を振り下ろしてくる。
半歩、身体をずらして大男の一撃を躱し・・・少女の剣をわたしが振るう。刃は、大男の剣の
カラン・・・。
剣の刀身だけが床に転がった。大男は剣の
剣を断ち斬る剣。そんなものは神話の中の聖剣だけだと思っていたが、今わたしの手の中にあったんだ。
悲鳴を上げて逃げようとする大男を、背中から貫いた。
隠し部屋へ繋がる祭壇へ向かうと、まだ4人の衛兵が残っていた。そのうちの一人が剣を投げ捨てて跪いた。
「こ・・・降伏する・・・だから、命だけは・・・」
両手を顔の前であわせた衛兵の脳天から剣を振り下ろす。喉元までが真っ二つに斬れた。ドサリと音を立てて床に突っ伏して鮮血が床に広がった。
「東方の女戦士に剣を向けたなら・・・勝ってわたしを殺すか、さもなくば、わたしに殺されるか。降伏はないんだよ」
悲鳴とも呻き声ともつかない奇声を発しながら、3人の衛兵はわたしに斬りかかってきた。1人はわたしが斬ったが、他の2人は駆けつけたバーダル兵士によって斬られた。
バーダル兵が数人がかりで祭壇を壊すと、地下へ下りる階段があった。その階段を下りた先に隠し部屋はあった。
司祭長とゲルトランドは、部屋の奥でガタガタと震えていた。暖炉の火とランプの灯りで隠し部屋は明るかった。
「お、おまえ・・・裏切ったな・・・」
司祭長は震えながらも、わたしに向き合って恨み言を言う。ゲルトランドは大きく目を見開いたまま口をガクガクさせて、司祭長の背中に必死に隠れようとしているだけだ。
「裏切る?わたしの仕事は、あの娘を守ることと逃がさないことだよ」
剣の切っ先を司祭長の喉元に突き付ける。
「あの娘を奴隷商人に売ろうとする輩がいたから退治に来ただけさ。ここから連れ出そうとした奴隷商人と一緒にね。それが、たまたま依頼人だったとしても仕事は果たさないといけないだろう?」
木製の机の上には神託を記述した羊皮紙が散らばっていた。わたしは、あの娘に聖女の神託を与えた羊皮紙を手にした。それは古代文字ではなく通常文字で記されている。
「普通の文字で書いた神託が、ゲルトランド商会へ引き渡す子供たちなのね」
司祭長は目を丸くして驚いていた。ああ、わたしは字が読めない設定だったっけ。
バーダル兵が、司祭長とゲルトランドを左右から拘束しようと近づく。突然、司祭長は机の上の羊皮紙を暖炉の炎の中に投げ込んだ。
「ははは、これで証拠はないぞ。私を罰することはもうできないぞ!」
司祭長は、ガタガタと震えながら無理矢理に胸を張って勝ち誇ろうとしていた。
わたしはため息をついた。
「バーダルの軍隊が来た意味がわからないの?バーダル市はこれを大義名分にして、ウィザルタル市を実質支配するつもりなの」
司祭長には意味がわからないかも知れない。もうバーダルの軍隊は、ウィザルタル市の主要施設を制圧してるはずだ。領主の館も。
「あんたたちが神託を利用して、町の子供たちを奴隷として売り捌いていた証拠なんていくらでもデッチ上げられるよ。本物がなくなった分、偽物を作りやすくなったんじゃないの?」
司祭長は膝がガクリと折れて崩れ落ちた。ゲルトランドも四つん這いになって、必死に司祭長の影に隠れようとしていた。
ゲルトランド商会の富は、バーダル市のクロイツ家が上手に切り取って自分のものにするだろうと思った。
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