第8話 聖女の護衛
わたしは、夜のうちに宿屋に戻った。
翌日、宿の食堂で町の住民たちと一緒に昼食を食べていたが、教会への侵入者の話題は一切なかった。衛兵が3人も殺されたはずなのに。
・・・殺したのは、わたしだが。
午後になると、領主の使者が宿に訪ねてきた。わたしがまだウィザルタル市にいるのを聞きつけたお妃様が、館に招きたいと言ってくれたそうだ。
堅苦しいのは苦手だから・・・と丁重にお断りさせて貰った。
夕方には、今度は教会から使者が来た。聖女の護衛の依頼だった。
「昨日、護衛はいらないって司祭長様に断られたよ?」
「実は昨夜、聖女様を狙う者が教会を・・・」
わたしの襲撃が、わたしに護衛を依頼させる原因になったようだ。この話を後にイリヤに話した時に「マッチポンプ」と言っていた。何やら美味しそうな名前だ。
教会の西正面の右の塔。その最上部の部屋で、わたしは少女に再会した。
少女はわたしを見て、少し表情を変えたがすぐに元の無表情に戻った。教会の神官助手の若者が「食事だ」と言ってパンとスープを、少女の前に置いた。
多分少女は、わたしたちの言葉を介さないだろう。少女は、わたしたちの知らない国の言葉しか話せないのだと思う。
教会がわたしに依頼した仕事は、少女とこの部屋で生活しながら侵入者から少女を守ることだ。そして少女が逃亡しないように監視すること。
昨夜、蝋燭の灯りでは気付かなかったが少女の頬は肉が落ちて痩けている。ここに幽閉されてから食事を拒否しているのかも知れない。
神官助手が部屋を出てゆき、二人きりになったところでイリヤから預かった金属板を渡した。
少女の射干玉の双眸が大きく見開かれ、それからわたしの顔を見る。少女の眼には涙がこぼれそうになっていた。金属板を両手に包んで、抱きしめるように胸元で握りしめる。
数日が何事もなく過ぎた。
わたしには少女の言葉はわからないし、少女もわたしの言葉は介さない。それでも一緒に過ごすことで少しづつ気持ちが通じ始めた気がした。食事も、わたしと一緒なら取るようになってくれた。
「聖女殿が少しづつだが元気になっているようだ。お礼を言いますよ、戦士殿」
少女の部屋を訪れた司祭長が、慇懃無礼な様子で一礼した。
「聖女様が過ごされるような部屋とは思えませんけどね」
わざと嫌味っぽく言ってみた。
「この部屋が一番警護を厳しくできるのです」
「聖女様を取り返そうとしてるのは、聖女様の兄だと聞きましたが?」
「あの者は悪魔に魅入られてしまったのですよ」
わたしの故郷では神様は一人じゃない。だから神様に気を遣ってられないし、神様と悪魔を区別する理由もわからない。
「ほう、これが聖女殿か。美しい!」
小太りで初老の男が部屋に入ってきた。なめ回すように少女を見ている。
脅えて少女が後ずさりするが、それを追いかけて少女の手を掴もうとした。
ガツン!
少女と男の間に剣を振り下ろした。
「何をする!」
男はわたしに向かって怒鳴り声をあげた。
「聖女様を守るのが仕事なのでね。聖女様を怖がらせる奴は斬るよ」
「馬鹿な!わしを誰だと思ってる!」
「ゲルトランド殿。この方がクルセイド砦の女戦士ですよ」
司祭長が男を制した。クルセイド砦の女戦士・・・は、金持ち商人を黙らせる程度には有効らしい。悔しそうに舌を打って、ゲルトランドは引き下がった。
なるほど。悪徳商人と噂されるゲルトランドの顔は憶えた。
ゲルトランドは司祭長に即されて、部屋を出た。わたしは少女に向かって唇に人差し指を当てて片目をつむって見せた。少女は小さく頷く。
足音を忍ばせて2人の後を追い、会話を盗み聞きした。
「聖女様はいつ連れ出せるんだ?あれならすぐに買い手は見つかるぞ」
「今は駄目です。あの兄を名乗る市警官助手を片付けるエサでもありますから」
「何をグズグズしておるのだ。こんな仕事、領主にやらせればよかろう?」
「領主殿には、近隣都市への手配を任せました。もしも他の町へ逃げていても、そこで捕まってこの地へ送られて来るでしょう」
「うーむ」
わたしは気付かれないうちに少女の部屋に戻った。
「・・・イリヤ」
不意に名前を呟くと、少女はわたしの手を取って微笑んだ。
そう、きっと何とかなるはずだ。
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