第7話 薬師イリヤ

「最後にもうひとつ、訊いていい?」

「もう、何なんですか?」

 バーダル市への旅の準備を整えているイリヤは少し苛ついて不機嫌な声で応じた。早く支度を整えて、すぐにでも出発したいのだろう。

「どうして薬屋の実家を飛び出したの?市警官助手なんかより、絶対安定した仕事でしょ」

 沈黙・・・完全に言葉に詰まってるのがわかる。

「父が再婚しまして・・・」

「ああ、継母との折り合いが悪くなったのね」

「いえ、継母の人は・・・性格もいいし、かわいい人なんですが・・・」

 継母を「かわいい人」?すごく違和感。

「まさか、継母になった女性とイケナイ関係?」

「違います!」

 思わず、イリヤが声を荒げて否定した。

「父のところへ弟子入りした女性で・・・僕にとっては妹弟子・・・だったんです」

「妹弟子って・・・年下なの?」

「はい」

「あんたのお父様っておいくつ?」

「51歳です」

「新しいお母様は?」

「18歳・・・」

 えーと・・・。まあ、王族や諸侯の政略結婚なら十分有り得るよね。

「年下の妹弟子だった女の子を、お義母さんと呼びづらくて家を出たわけ?」

 本音を言うと、少し笑いこらえていた。

「彼女は14歳の頃から父の店で住み込みで働いていて、頭も良くて、父の立派な助手になってたんですよ。僕より腕も良くて・・・」

 うん、うん。

「父からは、お前があの娘と結婚して店を継げって言われたんですけど・・・彼女の好きな相手と言うのが、僕ではなくて父だったんです」

「それで、お父さんの方が再婚しちゃったの?」

「はい」

 ここで我慢しきれず、笑い出してしまった。

 それで家を出てからイリヤは、町の教会で薬の調合をする副業をしながら市警官助手の仕事をしていたと言う。

「でも、薬のお店の跡継ぎは必要でしょう?いずれは帰らないといけないよね」

 またイリヤは言葉に詰まる。

「いえ、もう義母のお腹に跡継ぎになる子供がいますから」

 思わず爆笑してしまった。


 旅の支度を整えたイリヤに、念のため路銀を渡した。

「いいんですか?」

「あんたが無事にクロイツ家へ辿り着いてくれないと、わたしも動けないからね。代わりに、最後の最後にもうひとつだけ訊いていい?」

「どうぞ」

「わたしのこと信用してくれる?」

 その時には、イリヤは小さく笑った。

「クルセイド砦のオリオーンは姑息なことはしないと信じてます」

「知ってたの?」

 クルセイド砦の戦功で「マグナ」の称号を貰った。それで今はマグナオーンと名乗ってる。

「砦は陥落して軍隊が敗走する中、たった一人で敵陣に斬り込んで、敵部隊を壊滅させ奪われた軍旗を奪還した、と聞いてます」

「それ、尾ひれがつき過ぎてるよ」

 わたしはバーダル市領主の傭兵としてクルセイド砦の戦争に参加した。そしてバーダル側が敗北して撤退することになる。その時にしんがりの部隊にいただけ。

「湖と山に挟まれた細い街道を抜けたところで迎撃に転じたんだ。追撃してくる敵の騎兵部隊が展開できないところを個別に攻撃しただけ。当然一人じゃないしね」

 砦を失った負け戦だったのに、終わってみれば敵軍の方が損害が甚大だったらしい。

 イリヤは、わたしを信じてバーダル市へ向かってくれた。

 わたしもイリヤを信じて待つことにしよう。

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