第5話 雨日の惨劇
教会の屋根を伝って南に面する内陣を目指して移動する。少女のくれたロープで内陣を囲む遊歩道へ下りることができた。
衛兵達は西の塔へ向かっているから、上手く反対側に逃げられた。
そのまま森に身を隠すつもりでいたら、人影が現れる。剣を構えようとすると・・・。
「マグナオーン、こっちです」
イリヤ?どうしてここに?
イリヤの後について森を抜けて、町を囲む所壁のところへ出る。
打ち壊された家畜小屋の側にある空井戸に、イリヤは身を入れた。
「城壁を出る抜け穴です。ついてきて下さい」
井戸の底は横穴になっていて、その横穴をしばらく歩くと先の方にキラキラと揺らぐ光が見えた。それは水面に反射した星明かりだった。
ウィザルタル市の側を流れる小川へ繋がっている抜け穴だった。
「万一の時に、町の有力者が逃げ出すための隠し通路です」
「なぜ、あんたが知ってるの?」
「それなりの都市なら必ず設置しますから。周辺の地形から、当たりをつけて見つけました」
「そう。賢いのね」
そのままイリヤの胸ぐらを掴んで引き寄せた。わたしの方が背は高い。イリヤは爪先立ちでふらついた。
「あれ、妹じゃないよね。あんた、何を隠してんの?」
「彼女に会ったんですか?」
「会ったわよ。あれ、異国人だよね?」
おそらく東方・・・それも遙か彼方の伝説になってる異国の少女に違いない。
イリヤの住んでいた町へ通じる街道。ある雨の日、血まみれの死体が見つかった。
旅の一団が盗賊に襲われたようで、周囲を調べると何体もの死体が散らばっていた。襲った方も反撃を受けたようで、盗賊と思われる死体も混じっていた。
惨劇の場から少し離れた大木の麓に、少女は裸で雨の中隠れていたと言う。
おそらく盗賊に着ていた衣服を奪われたんだろう。その少女は町の市警官に保護された。
「薬屋の実家を飛び出した僕は、たまたま募集してた市警官助手に採用されて、彼女の世話をすることになったんです」
事件の方は迷宮入り。旅の一団のことも盗賊のことも、そして少女のことも何一つそれらしい情報が得られなかった。
「唯一の手がかりは、彼女が握っていた剣なんですが・・・」
少女は剣を大木の影に隠して、それから追ってきた盗賊に衣服を剥ぎ取られたらしい。それから隠した剣の側を離れずにいたのだろう。
「結局、捜査は全く進展しませんでした。外国人が関わる事件となったら、田舎町だけで処理する訳にいかず、王都へ彼女を連れて行くことになったんです」
「あんたが?」
「まあ、僕が一番なつかれてましたし・・・いなくても差し支えない存在・・・」
後半は声が小さかった。
確かに、あの容姿の少女を連れ歩いていたら目立ちすぎる。だから「喋れない」「ひどい皮膚病」を騙って顔を隠していた、と言う訳か。
「貴女の方こそ、何なんですか!いきなり教会から力尽くで連れ出そうなんて・・・」
「まあね・・・」
それは、わたしの方も過激すぎる行動ではあったかも知れない。
「最初は、どこに居るかだけ確認するつもりだったんだけどさ。吐き気がするくらい嫌な予感がして、身体が動いちゃったんだよね」
苦笑いしながら、イリヤの襟元から手を離した。やっと自由になったイリヤは二歩ほど下がってわたしの手の届かない距離まで離れた。
「でもさ、わたしが忍び込んだとは思われてないよ。わたしの顔を見た衛兵3人は片付けたから、証言できないしね」
「そう・・・なんですね」
イリヤは若干引き気味だが、覚悟はついてるはずだ。
神託の後で少女を幽閉してから、イリヤも殺されかけたのだから。
「教会の司祭長には、あんたが町に潜伏してるって伝えた後の事件だから・・・犯人は、あんただと思われてるね。きっと」
取り敢えず、笑って誤魔化した。罪を着せられたイリヤは黙ったままだ。
「あんたの妹じゃなくても、あの少女は必ず助け出すよ。あんたには薬で命を助けられたし、少女にもロープで助けられたんだから」
幽閉された部屋のシーツや自分の衣服を細く裂いて、綯って・・・少女も逃げ出そうとしていたんだ。
だから、わたしが必ず助け出す。
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