第4話 射干玉の髪の少女
神託授与の儀式。昔は年の一度のお祭りとして催されたが、今は日常的に14歳の誕生日の教会に訪れて神託を受けるようになったと言う。
身廊の中央通路を14歳の男の子が祭壇へ向かって歩いている。
このウィザルタル市の名門フレネル家の次男の14歳の誕生日。通路の両脇に並ぶ椅子は、祭壇前から中程まで、男の子の両親とそれに招待された客たちが陣取っている。
後方の椅子には、名門子弟の儀式を見物しようと物見遊山の住民も来ていて、わたしもそれに混じっていた。
「この男子は、神職に就くべき者!」
司祭長の声が聖堂に響いた。神職と言うなら教会で神官になると言う意味だろう。
名家の子弟は「長男は跡継ぎ、次男は神官、三男は軍人」が常道だから、極めて無難な神託だ。聖堂前方の椅子に陣取っていたフレネル家とその取り巻きは、歓声をあげている。
名門フレネル家の神託授与が終わり、聖堂から人が出て行くのに逆行して、わたしは祭壇へ向かう。
「あなたは領主のお妃様の護衛をなさっていた・・・」
ローブのフードを取って顔を見せたら、すぐにわかったようだ。自己紹介はいらなかった。
「町で聖女様の話を聞いて、護衛が必要なんじゃないかと思ってさ」
司祭長は怪訝そうに唇を歪めた。手元で神託を記録した羊皮紙を箱にしまうところだった。
「なに、それ?」
箱の蓋が閉められる前に手を伸ばして、数枚の羊皮紙を取った。
「へえ。もしかして、ここに神様からの神託が浮き上がるの?」
「違います。神託は私の心に響いて、それをここに書き写すんです。それより・・・」
司祭長はわたしの手から羊皮紙を奪って、そそくさと箱に戻して蓋を閉める。
「神の示しを盗み見る行為は厳罰に値します」
「大丈夫じゃないの?どうせ、わたしは字が読めないもの」
「今回だけは大目に見ましょう」
一応、お礼を言っておいたけど、字が読めないのは当然嘘だ。
数枚しか覗けなかったが、それで十分。教会だけが読める古代文字で記された神託もあったが、普通の文字で記された神託もあった。
この司祭長は、何らかの理由で神託を使い分けている。
「神託に納得しなくて、聖女様を取り返そうとした兄だっけ?似た男を昨夜見たって言ってる人がいたんだよね。かなり剣の腕も立つ奴なんでしょ、護衛いらない?」
「ご心配ただいて恐縮ですが、他の土地の方を巻き込むことではありません」
司祭長の目配せで側にいた神官助手が側廊を教会入口へ向かって移動したのが見えた。
旅の途中のよそ者といざこざを起こしておいてよく言う・・・との感想は噤んだ。
「残念だなあ。もう少し、町にいるから気が変わったら声かけてね」
わたしも帰る素振りをしながら、側廊を走る神官助手が右の塔への階段を登るのを確認した。
教会を出て、正面入口を背にして西を見ると領主の館が見える。あの館でお妃様が平和に暮らしていることを祈りつつ、振り返って教会を見上げた。
正面入口の両側には、上に伸びる塔がある。この塔の部分は近年改修されたようで石積みは新しい。普通は倉庫として使われる部分だから、簡素な作りが当たり前なのに、豪華な装飾もなされている。大きく威容のある双塔で、領主を威嚇してるようにも見える。
わたしは帰るフリをして教会側の森に身を隠していた。日が暮れて夜の闇に包まれると、右の塔の光取りの小窓や通気のための窓の隙間には蝋燭の灯りが漏れる。そう、ある部屋だけ。
左側の側廊から侵入して、ここから右の塔の上の部屋を目指す。
・・・だけど。
右の塔を見回っているのは神官や神官助手ではなかった。剣と鎧で武装した衛兵だ。
尋常じゃあない・・・一刻の猶予もない!
その直感に従って目的の部屋を目指した。途中、3人の衛兵を打ち倒して、部屋の前に着いた。鍵がかかっていたが木製の扉を剣で壊して中へ飛び込んだ。
そこには、本当に聖女のような少女がいた。
漆黒の、いや射干玉の色の長い髪。そして同じ色の双眸。幼さの残る顔立ちだが、切れ長の眼には凜とした強さが漂う。白い顔にある鮮血ような紅い唇が小さく開く。
「・・・なに、これ?」
彼女の口は動いて、声も聞こえる。なのに言葉が理解できない。
階段からバタバタと大人数の足音が迫ってくる。
少女は部屋の窓を開けて外を指さした。窓の下には身廊の屋根が見える。屋根には飛び降りられるが、その先は?
少女はベッドの下に隠していたロープを引き出して、わたしに手渡した。ベッドのシーツや衣服を細く裂いて編んだロープだった。
少女を連れて、大人数の武装した衛兵とやり合うのは無理だ。今は少女の好意に甘えて、1人で逃げるしかなかった。
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