第45話 ズリーの夢と襲来者

「しっかしなあ、バズボンド...。本当に、俺たちについて来てよかったのか?こんな非常事態の時に領主が村にいないなんて、村人たちが不安になるだろう?」と、このダージリン村を出発し、川沿いのダンジョンに到着するまでの間で、これで5回目くらいになる質問を彼に問いかけた。


「だから、大丈夫じゃと言っておろうが!わしがいなくても村はちゃんと機能する!わしの妻のユリルやデリート、それに義弟であるウィリーが、しっかりとしておる。その者たちがわしの名のもとに、全ての細かい事を決めてくれるわ。わはははははははは!!」とバズボンドは豪快に笑った。


 何となく常習犯の匂いがする。それと、ウィリーは義弟なのね...。


「バズボンド、奥さんや義弟に丸投げをするのは、これが初めてのことじゃないだろう...」と俺が問いかけると、「ま、まあ、そんなことよりも、わしがここにいる真の理由は、わしが同行することで一日も早くタイタンとやらを救い出し、祠に 「従属封じの杖」を再び捧げることが目的よ」と話をそらした。


 まあ、バズボンドの言っていることは間違っていない。それに、出発前から脱走癖の匂いはプンプンしていたからな。


 村を出発する前に、バズボンドは「川沿いのダンジョンに戻った時にタイタンが暴れ出したり、新たな古代魔族が出現する可能性もある」と、俺たちの不安を散々あおった。


 そして、決め文句のように「このわしがいた方が、絶対にいいぞ」と言って、最後には半場強引に馬車へと乗り込んだ。


 ダージリン村から一歩外へと出ると、【収納】から上質なワインを数本取り出し、俺とレバルドに、「ほれ!」と言って手渡した。バズボンドは手慣れた感じで歯でコルクを引き抜き、一気にそのワインを飲み干してしまった...。


 ものの10秒で高級ワインを空けるなよ...。


 その後、俺たちのスキルや武器についてあれこれと尋ねてきた。バズボンドは楽しそうに、「冒険はいいのう。デニットが羨ましいぞ。こんな美女と酒に囲まれて、わはははははははは!!」と、終始ご機嫌だった。


 まあ、バズボンドと俺たちの志向は重なっている。バズボンドは、一日でも早く「従属封じの杖」を祠に安置したいと願っている。俺たちはその「従属封じの杖」を使ってタイタンを救いたい。お互いが協力することで、それぞれが解決したい問題に迅速に対応できるからな。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 今回、バズボンドの参加を喜んでいるのは俺だけではない。酒飲みのレバルドは勿論、意外な人物がバズボンドが川沿いのダンジョンについて来ると知って、大変喜んだ。


 それがズリーであった。「バズボンド様は大変貴重なスキル、ランクCの【千刃乱舞センバランブ】をお持ちです!その剣技を是非ともご教授願いたいです!」とズリーは語った。


 同じランクCの剣技スキル【レイピアの使い】を持つズリー。彼女はバズボンドのスキル【千刃乱舞センバランブ】による、まるで千の刃が相手に襲いかかる、今までに見たことのない優美で精強な剣技に心を奪われた。


 ズリーは、強くなることに対する志が非常に強い。彼女はバズボンドのスキル、【千刃乱舞センバランブ】から学べる全ての剣術や剣技を吸収したいという強い意志が感じ取れる。


 ズリーは、かつての世話役であり、ぺレンド街の火災により消息不明となっているルリカに強い憧れを抱いてる。ズリーが憧れるルリカは、とても細身で、しなやかな肢体をしていた様だ。


 だが、そんなルリカも、強靭な男性の剛腕から放たれる攻撃を、流れるような剣技で軽々といなし双剣でカウンター攻撃を仕掛け、いとも簡単に相手を打ち負かしたそうだ。この話を、ズリーはプリンを食べる度に良く俺たちに話してくれた。


 新たな強者、バズボンドの剣技が目の前で見れる。そして、望めば指導をしてもらえる!そう思うとズリーは居ても立ってもいられないようだ。


 ズリーは俺に「こんな機会はめったにありません。私のスキル【レイピアの使い】も素敵ですがもっともっと強くなりたいです!私には力と、経験が足りません。もっと修業が必要です!」と熱く俺に語った。


 何があんなに華奢キャシャな娘をそこまで駆り立てるのか...。ルリカへの憧れ⁉生粋のドM魂⁉と思ったが、どうやらその原因は俺にあるようだ。


 ゼファーから聞いた話では、「これからの長い年月、旦那様の隣で寄り添うためにも、もっと私は強くなりたい」と、プリンを食べながら熱く語ったそうだ。


 この話を聞いた時、ゼファ―から「私以外にもマゼール様というお方もいらっしゃるのに。あんなうら若き生娘まで...。本当に神父様は罪なお方です♡」とからかわれた。


 マゼールは無反応...。


 ノーリアクションは止めて。こ、怖いから...。せめてゼファーの様にからかって欲しい。


 少し照れ臭い感じがするが、だが非常にありがたいことだ。ズリーは俺の新たなスキル【ヒジリ雷炎氷刃士】にも興味津々だ。しかし、期間限定の仲間であるバズボンドとは、今しか対戦できないとあって、空いた時間があるとズリーは、バズボンドの元へと足を運び、一心に剣の指導を求める。


 バズボンドは、手合わせを挑んでくるズリーに対して、熱意を込めて指導を行ってくれた。世話やきな性格は彼の本質なのだろう。


 さらに、戦闘を三度の飯よりも愛しているようだ。しかし、「最高の楽しみは酒だ。いいや、今のは嘘だウソ。もちろん、嫁が一番だ」と、彼は慌てて言い直した。


 最強の戦士は、いつの時代も自分の嫁の様だ...。


「ご主人様はバズボンド様の後に、しつこいと言われるぐらいお誘い致します。覚悟して下さいね!」と、ズリーは可愛らしい舌を出してウィンクをした。こんな可愛い少女に熱心に誘われることは嬉しいのだが...。剣技かよ!と思ってしまう自分がいる...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そんな皆の前では、いつも明るく振舞っているズリーだが、時折、何かに思いを巡らせているような仕草を見せることがある。彼女が自らの心情を打ち明けたのは、今から3日前の夜だった。


 その日も、ランドとメリーは俺たちのために一日中、馬車を引いてくれた。2頭とも朝までゆっくりと身体を休めて欲しい。そんなランドとメリーが魔物に襲われないように、交代で見守りをする。今の時間帯は俺とズリーが見張り当番だ。


 マゼールが『私が見張りを務めますので、皆さんはズリーさんのスキル【1K】で休息を取って下さい』と提案してくれる。しかし、全てをマゼールに任せるのも悪い。それに、バズボンドとチャームが加わったことで、部屋の中は少々の狭さを感じた。そこで交代で、外で見張りをすることに決めた。


 まあ、本来ならば野外で寝るのが当たり前。マゼールの優しさに甘えていただけだからな。


 でも、焚火っていいよな。特に、闇夜にひっそりと燃える焚火は、その情緒が溢れ出て...好き。


 闇夜の中、焚火の炎が風に揺れ、パチパチと音を立てて温かみを放っている。その炎だけで、酒のつまみとしての役割を果たし、十分な存在感を示している。


 ただ...実際のところは、敵が襲ってきたら俺たちが気づくよりもずっと前から、マゼールがそれを感知し伝えて来る。まあ、俺とズリーはマゼールの退屈しのぎみたいなもんだ。


 焚火に枯れ木をくべながら他愛もない話を3人で話していると、ズリーが俺の目を見つめ、自分に言い聞かせるように最近よく見る夢のことを、ぽつりぽつりと語り始めた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「マゼール様、そして旦那様。近頃、私の夢の中にはかつての世話係、ルリカが頻繁に現れます。彼女が私に剣術の手ほどきを施した日々、私が心から愛して止まなかったプリンを手作りしてくれたあの時間。そして、私の髪を優しく結んでくれた時のこと...。あの美しく、優雅なルリカと過ごした一瞬一瞬が夢の中に蘇るのです...」


 闇夜を見上げると、頭上には信じられないほどの星々が明るく輝いていた。その明るさに引き寄せられるように、ズリーは夜空を見上げた。


 そして...。


「ルリカは、きっと生きていると思います。いえ...信じています。他の兄弟や親族の死は知らされました。でも、ルリカだけは消息不明のままです。せめて彼女だけでも生きていて欲しい。例え過去の私のように辛い思いをしていても、いつかは幸せになれるはずだから...私がそうであるように」と、頬を赤らめながら俺を見つめて語った。


「ズリー...。そうだな。旅をしていれば、何かしらの情報が耳に入るかもしれない。ギルドに立ち寄って情報を集めてみよう」と、俺はズリーに伝えた。いい加減に「きっと生きているよ」とは言えない。この世は残酷で先が見えない。


 だが...。


 俺やズリーのように生きていればいいことは必ずおこる。泥水をすするような日々を過ごしてきた俺も、今ではこんな素晴らしい仲間に囲まれているんだ。何が起こるかは誰にも分からない。だからこそ、ルリカも生きていて欲しい...。


 俺はそう願いを込めながら、新しい枯れ木を手に取り、まるで賽銭を投げ入れるかのように、闇夜の中で揺れ動く炎に数本投げ入れた。その瞬間、闇夜の一角に、力強い希望の灯火のような炎が生まれた...。


 そして、温かい光に包まれた俺たちは、何も話すことなく、見張りの交代時間まで、ただただ静かに焚火を眺めていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 あの夜から3日後。俺たちはついに川沿いのダンジョン入り口についた。ダンジョン周辺、いや、セカンドブリッジ周辺にはある変化が起こっていた。


 ここいら一帯で大量に現れた魔物たちは、なりをひそめるようになった。どうも俺たちが川沿いのダンジョンで大量の魔物を狩ったおかげで、周囲に漏れ出していた魔物の気配が減少し、落ち着きを取り戻したようだ。


「この辺り一帯もウソのように落ち着いたな。ウィリーたちはきっと橋の再建に取りかかるだろう。いや、奴のことだ、もう始めているか」とバズボンドは言い、ニヤッと笑った。更に、レバルトと陽気に「橋の再建祝いだ、乾杯だ!!」と、ワイン瓶を合わせている。


 おいおい、乾杯じゃねえよ。今からダンジョンに潜るんだよ。「乾杯だ!!」じゃねえよ。それにレバルト...。まあ...いいや。


「でも、橋の再建なんていう大規模な工事を行うなら、バズボンドがいなくていいのか?」と、当の本人に聞いてみると、「俺がいなくても、あいつらが「俺がやれと言った」と勝手に作り始めるさ」と、豪快に笑って教えてくれた。更に...。


「俺は飾りだ。それでいい。橋の工事は人手もいる。莫大な金が動く。木を切り倒す者、運ぶ者、乾かしたり、組み立てにもな。それに、宿屋や飯屋、飲み屋に娼館だって、すべてが潤う。後...奴隷商会だってな。危険な仕事は罪悪人たちにやらせるさ。安心しろ、戦争奴隷は別だ。本当のごくつぶし達を強制的に働かせるのさ」と言い切った。


 何だかんだと、この酒飲みもしっかりと領主をやっているんだな。それと、俺と同じくらい仲間に恵まれている様だ。とはいえ、あまりに長い期間バズボンドを借りているのもよくない。さっさとタイタンを救出して、丁重に領主様をお返ししないとな。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「川沿いのダンジョンは、ダンジョン内部まで馬車で行けるのか。戦利品などを大量に運べるありがたい場所だな。橋を元通りにした後は、定期的に訪れたいものよ」と、まんざらでもない表情をする。妻のユリルも、未踏のダンジョンは喜ぶらしい。なんでも最近、マンネリらしい。


 最後はどうでもいいが...。


 川沿いダンジョン入り口につながる洞窟までやって来た。「この洞窟内を1kmほど先に進むと、ダンジョン入り口のドアがある。そして、ダンジョン10階の「中ボスの間」にタイタンがいるはずだ。一気にワープをして、タイタンを助けてしまおう」と、バズボンドに伝えた。


 俺たちを乗せた馬車が洞窟内に入ると、マゼールの急を知らせる声が俺たちの脳内に響いた。


『デニットさん、緊急事態です!タイタンさんが10階で何者か、いえ、古代魔物と対峙しているようです!何か違和感を覚えていたのですが、ようやくこの距離で確認できました!すみません、私の力不足で...。さらに、古代魔族以外にもう一体、いえ、もう一人いるようです!私は先に行って、状況を確認してきます!!」


 そう矢継ぎ早に、マゼールは俺たちに新たに得た情報を伝え、会話を切ってしまった。マゼールの奴め、無謀にも一人で10階へと向かったのだろう。


「おい、ちょっと待てマゼール!無闇に行っちゃいかん!!古代魔族なら、お前を感知できる!!無理をするな!!」


 しかし、応答がない。見に行ったようだ。くそ、変に責任を感じやがって。


 とりあえず俺たちも急ごう。「バリー、入り口まで急いでくれくれ!!」と、バリーに告げると、「りょうかいなんだな!ランド、メリー、だのんだぞ!!」と、鞭を与えるのではなく、言葉で二頭に奮起を促した。


 バリーの熱い想いに応えるかのように、2頭はこれまでの倍以上に力強く、ダンジョンの入口へと向かって走り始めた。


 そんな俺たちの慌ただしさに、バズボンドが問いかけた。


「な、何かあったのか?皆、表情が硬いぞ?」とバズボンドは俺たちの顔を見つめながら尋ねてきた。バズボンドにはマゼールの声が伝わらない。状況が読めないのだろう。


 すると...。


『デニットさん!!古代魔族はダージリン村のダンジョンに現れた古代魔族ゾーンの様です。そして、もう一人ですが、強力な阻害魔法により詳細が掴めません。すみません、私には特定できません。ただ...タイタンさんと同様に「従属の魔核」が付けられて、操られているようです!』


 マゼールが、慌ただしく10階で得た情報を俺たちに伝えてくれた。得られる情報だけを得て、無茶はしなかったようだ。


 古代魔族ゾーンの名前がマゼールから挙がると、皆んなの視線がバズボンドに集まった。「何だ、皆んな、何か問題でもあったのか?もしかしたら、マゼール殿から何か言葉があったのか?そうか...奴がおったのだな。今度こそ、けりをつけてくれるわ!!」


 そう言いながら、バズボンドは自慢の長剣に目を向けた。


 しかし、もう一人の存在、タイタンと戦っている者とは一体誰なんだ?何にせよ、急がないとまずいな。


 誰であろうと、タイタンを救うまでだ。とにかく急ごう。待っていろよタイタン!


 揺れる馬車の中、華奢なズリーの身体を守りながら、心の中であれこれと思案するデニットであった...。

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