第44話 それぞれの強化と謎の同行者

「従属封じの杖」が完成した後、俺たちは吟遊詩人によってすごく美化された曲となり大衆の面前で歌われた。本当はただの酒飲みなのに...。


 広場はさらに盛り上がり、村人たちは俺たちを神々のようにアガタテマツり、畏敬イケイの念と感嘆が交錯した瞳で俺たちを見つめている。


「おじさん、かっこいい!あんなすごい力、羨ましいな!」


「こら、デニット様に向かって、おじさんなんて言っちゃダメだろ!!ほ、本当にすみません!!」


「デニットさん!どうやったらデニットさんみたいに強くなれるの?」


「僕も強くなれるかな?」


 子供たちが俺たちの周りに集まってくる。いやはや子供だけじゃない。お年寄りや若い綺麗なお姉ちゃんまで...。


 そんな、止めてくれ。俺はマゼールの力を一時的に使わせてもらっただけだ。そんな羨望のまなざしで見つめないでくれ。何度も言うが、少し前までの俺は酒と女に溺れていたダメダメ親父だったのだから...。


 ちょっとでも、身体を叩いたら、埃がドバドバと溢れ出て来る体なんだから...。


 子供の、キラキラとした瞳が、辛すぎる...。ダージリン村の中心で、懺悔したい気分...。


 しかし...どれだけ騒ぐつもりなんだ...?一度は収束の気配が見えたのに、俺が「従属封じの杖」を作った途端、再び活気を取り戻してしまった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 この終わりの見えない祭りの喧騒を、バリー、チャーム、レバルド、そしてゼファーに託し、俺はズリーとマゼールを伴って、バズボンドの邸宅へと足を運ぶことにした。


 そう、スキル本を見せてもらうためだ。まあ俺が直接見に行かなくても、マゼールがその目で確認すれば、どんなスキル本が何冊あるのかが分かる。


 だが、俺がバズボンド邸に出向き、欲しいスキル本をその場で手に入れてしまおうとなった。全ては、マゼールとズリーが追求した効率と合理性の結果だ。


 俺はこのチームの頭脳たちの言う事を聞いていれば、全ては円滑に事が進む。少々情けないかもしれないが、女性に尻を敷かれているぐらいの方が、物事はうまく進むというモノだ。


 それで...いいんだもん。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 邸宅は、重厚さを感じさせる3階建の建物であった。その外観は、華やかさよりも機能性と堅牢ケンロウさを重視した設計で、バズボンドの人柄を反映している、そんな造りとなっていた。


 バズボンドの邸宅を眺めていると『す、凄いですよ、デニットさん!やはり、邸宅の中から【再生】のスキル本が2冊も見つかったのです!あと、【絆】のスキル本も必要な数が揃いました!』と、マゼールの喜びに満ちた声が脳内に飛び込んできた。


 マゼールはバズボンド邸の内装や美術品、貴金属、観葉植物などには一切の興味を示さない。まあ、ズリーやゼファーと一緒にいる時は、宝石類やアクセサリー品で盛り上がるのだが...。


 しかし、現在のマゼールの関心は、とにかくスキル本一択の様だ。もう「スキル本女子」といってもいいぐらい。


 スキル本...命。


 マゼールの話によれば、俺たちが求めているスキル本がバズボンド邸にあったという事だよな。ということは、つまり...。


『そうですよ、デニットさん!バリーさんは、念願の【魔物のパートナー】として、ランクBへの昇格が可能となりました!そして、驚くべきことに、この屋敷には信じられない数のスキル本が存在しますよ!


 それに...この屋敷には何と、ランクCのスキル本が2冊もありますよ!ヤバイですよ、デニットさん!」


 凄くマゼールが興奮している。ヤバイって...。


 しかし、マゼールがそこまで興奮するランクCのスキル本に、俺も興味が湧いて仕方がない。


「どんなスキル本なんだ?」


 マゼールに確認すると、『まだ...頂けるか分からないので...。ただ、そのランクCのスキル本が手に入れば、デニットさんのスキルは大幅にアップしますよ!』と、俺のスキルがアップすることを示唆した。


 おいおい、余計に欲しくなるじゃないか...。


 あー、気になるな。まあ、ランクCのスキル本は非常に高価だからな。「頂戴♡」なんて言えない。ただ、ランクDのスキル本も大量にあると聞くと、興味が湧いてくる。500冊ぐらいあるのか?想像もつかないな。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 バズボンドは邸宅に着くなり、俺たちを客間に案内し秘蔵のワインだと言って開けてくれた。


 ズリーは横で、バズボンドの住み込みのシェフが作ってくれたプリンを美味しそうに食べている。「こんな時間に食べたら、太っちゃいます!!」と言いながらも、プリンを止めようとしない。いや、止められない様だ。可愛いらしい生き物だ。


 あまりの可愛らしさに話が脱線してしまったが、俺はバズボンドに「どれだけスキル本を持っているんだ?」と、ワイングラスを適当にグルグルと回しながら尋ねた。


 見よう見まねでワインを嗅いでみたが、これが高級ワインと言われても、その良さや違いが分からない。


 バラモンの酒場においてある、くそ不味いワインや食べ物に比べれば、何でも美味しく感じてしまう安い身体に成り下がってしまった。


 俺の味覚はバラモンの酒場で完全に壊れてしまった。まあ、そのおかげで何を食べても美味しく感じるから、今となっては感謝しなければいけないのかもしれない。


 いかんいかん。どうも脱線してしまうな。


「ああ、スキル本のことか?だから広間で言っただろう?沢山あるって」と、顔を真っ赤にしてご機嫌なバズボンドから返事が来た。「500冊ぐらいか?」と俺が聞くと、「はぁはははははははは!その倍以上だ!2000冊?いや3,000冊はあるぞ!!」と高らかに笑った。


「はぁ~?」と、俺はバズボンドに対して驚嘆の言葉を発した。心底驚いた俺の表情は、相当滑稽だっただろう。バズボンドは俺の驚いた姿を見て、腹を抱えて笑っている。


 俺の隣では、ズリーも驚いた顔をしている。でもプリンを食べる手を止めようとはしない...。そして、そっと追加のプリンが給仕係によってズリーのテーブルの前に置いた。


 ズリーが私を見つめるその瞳には、喜びと同時に、食べれば太ってしまうという葛藤が浮かんでいた。


 ズリー、遠慮せずに頂いてしまえばいい。今日のこの和やかな雰囲気を楽しもう。だって、明日からはまた川沿いのダンジョンへと旅立つのだから...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「金になるスキル本は、【ホットウォーター】、【ルーム】、それに【回復】ぐらいよ。それ以外のランクDのスキル本は、どれだけあっても大した金にはならない。だから、俺が保管しているってわけよ。捨てるわけにもいかないからな」


 バズボンドは手酌で、高級なワインを自分のグラスにドバドバと注ぎながら言った。


 まあ、そうだよな。俺もベリーベリー村でスキル本を売って生計を立てていたが、ランクD のスキル本で売れるモノは限られる。出現率の低いスキル本でもランクDだと、エール一杯分の価値も満たないことが多い。


【再生】や【細胞】が出ても、使い道に困るからな。一部のコレクターには好評かもしれないが、そんなマニアックなことをしているのは、裕福な貴族くらいだ。


「ダージリン村のダンジョンでよく見つかる【絆】や【機能】、【安定】等は、俺の懐から少し上乗せして冒険者から買い取っている」と、バズボンドは語った。


 冒険者になる者の多くは、孤児だったり、読み書きや計算を苦手にする者が多い。そういう者を放っておくと、犯罪の道に足を踏み入れ、悲しい未来しか待っていないという。


 ダンジョン上層で見つかるスキル本だけでも、それなりの生活を送れるように支援している様だ。


 確かに他の村や町で見られるスラム街は、ここダージリン村には見当たらない。


 大した領主様だ。


「立派なもんだな」と、飲みかけのワイングラスを片手にバズボンドに向かって呟くと、バズボンドは少し恥ずかしそうに、「このダンジョンでは、13階以降でルビーやサファイアが宝箱から稀に出現する。だからこんなことが出来る!そうじゃなきゃやらん!」と、顔を真っ赤にして俺に言ってきた。


 だが、バズボンドの親の代から続けているため、屋敷の倉庫にはもうスキル本が収まらなくなり、やむを得ず地下の牢屋に突っ込んであるという。


 執事のデリートも、「屋敷にあるスキル本をデニット様たちが全てお持ち帰り頂ければ、我々にとっても大変ありがたいことです。増え続けるスキル本に頭を抱えております」と、切実な表情で俺に訴えてきた。


 どうやら半年に一度、全部のスキル本を陰干しにする様だ。湿気が溜まり本が傷むらしい。その作業はもう従業員全員が参加する大仕事のようだ。げんなりとした表情から、本当に大変な作業であることが伝わってくる。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


【回復】、【剣術】、【ファイア】といったスキル本は、冒険者を目指す孤児院の子供たちや新人冒険者たちに無償で寄付しているようだ。ただそれでも、これらのスキル本は本当に腐るほどあるらしい。


『デニットさん!この邸宅にあるスキル本を頂いて混ぜ合わせれば、チャームさんの所得スキル欄を1つ開放することが可能です!いや、それだけではありません。強化が可能です!バズボンドさんの邸宅には、チャームさんの所得スキル【俊敏】、【感知】が豊富にあります。それらと【サンダー】を100冊混ぜることで、ランクCの【雷光の反応】が作れます!」


【雷光の反応】か...。名前からして強力なスキルじゃないか。で、どんなスキル何だ?


 マゼールによれば、【雷光の反応】とは感知力を用いて危険を察知し、相手の攻撃をギリギリで避けるスキルのようだ。必要なスキル本とその冊数は、ランクDの【俊敏】、【感知】がそれぞれ10冊と、【サンダー】が100冊だ。


 斥候の本職であるチャームのような者にとっては、非常に相性の良いスキルと言えるだろう。


「さらにですね、デニットさん!【剣術】スキルを使ってお勧めのスキル本が作れそうですよ!」と、マゼールは付け加えた。


【剣術】スキルを使ったお勧めのモノ...?


 そうか、あれが作れるな。俺と同じランクCの【雷炎氷刃士】が...。


『そうですよ、デニットさん!【アイス】、【サンダー】、【ファイア】それに【剣術】のスキル本がこの邸宅には沢山あります。それらを頂いて、混ぜ合わせちゃいましょう!』


 マゼールは本当に楽しそうに話す。そうだな、全て混ぜあわせてしまえ。これでチャームは最強だ!


 最強だ...。


 よかったな、チャーム...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「旦那様、旦那様、そろそろ起きて下さい。旦那様...!川沿いダンジョンがすぐそこまで迫っておりますよ!」


「うーん、すまない、ズリー。ついつい眠り込んでしまったようだ...」


 そうだ。俺、ズリー、そしてマゼールで、バズボンド邸に足を運んだ。そこでバズボンドから様々なスキル本を貰ったんだった。その後、確かすぐに混ぜ合わせて、チャームの所得スキル欄が【雷炎氷刃士】、【雷光の反応】、そして【譲渡】となり、マゼールとの会話も可能となったんだ。


 そしてバズボンドは、なんと貴重なランクCのスキル本を2冊もくれた。そのうちの一冊は、マゼールがこれを手に入れれば俺のスキルが大幅にアップすると言っていたモノ、ランクCの【聖なる光】であった。


 この【聖なる光】1冊と、【雷炎氷刃士】3冊を混ぜ合わせて、ランクBの【ヒジリ雷炎氷刃士】が誕生した。


 このスキルはマゼールによれば、【雷炎氷刃士】のスキルに聖なる力が加わり、魔族全般、特にアンデットや悪魔系に対して絶大なる力を発揮するとのことだ。今後の古代魔族との戦いには、大いに役にたちそうなスキルだな。


 完成した時、マゼールは俺以上に興奮していた...。


 ちなみに、バズボンドがくれたもう1冊のスキル本は、【味覚】だった。俺も、バラモンの酒場のせいで、ボロボロとなった味覚を再生するには、ちょうどいいスキルだと思った。しかし、冗談はさておき、俺たちの仲間入りを熱望してくれたカノットへの、土産にすることにした。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「主人!ダンジョンの入り口にがもうすぐなんだな」と、お気に入りのジャーキンベストをみにまとったバリーが、御者席から俺たちに声をかけてきた。


 俺たちは約2週間ぶりに、川沿いのダンジョンに戻って来た。


 わずか2週間の間に、バリーは【魔物のパートナー】となり、チャームも【雷炎氷刃士】、【雷光の反応】という強力なスキルを獲得し、戦力が大幅にアップした。もちろん、俺自身の戦闘力も格段に向上した。


 そんな中...。


「ほう、あそこがタイタンとかいう、そなたたちの仲間がおる場所なのだな」と、何故か馬車に乗り込んでいる、ほろ酔いの男性が楽しげに声をかけてきた...。


 おいおい、町を放っておいていいんかいな...。

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