第43話 救世主 デニット
『さあさあ、デニットさん!杖とスキル本が揃った今こそ、「従属封じの杖」を作っちゃいましょう!タイタンさんがお待ちですよ!』
確かにそうだ。俺たちの最終目標は「従属封じの杖」を作ることではない。この杖を完成させ、タイタンを救うこと、それこそが俺たちの真の目標だ。杖造りは、あくまでも通過点にしか過ぎない。
一刻も早く、「従属封じの杖」を作って、タイタンの待つ川沿いのダンジョンに向かうとするか。それにしても今日のマゼールはよく話すな。
スキル本が大量に集まって、マゼールはご機嫌のようだ。さらに、「従属封じの杖」を作るのに必要なサファイアやルビーを集める必要も無くなった。そりゃ、興奮して饒舌になるのも無理はないわな。
しかし、こんな元気で魅力的なマゼールの声も、当然ながら俺たち、つまり【譲渡】のスキルを持ったメンバーだけにしか聞こえない。
つまり、チャームにはマゼールの声が聞こえない。
チャーム本人に聞いたところ、彼女の所得スキル欄は、【俊敏】、【剣術】、【感知】で既に埋まっている様だ。したがって、新たに【譲渡】を使ってマゼールとの会話を試みることは、すぐには難しい。
このため、俺たちのメンバーの中で、チャームだけがマゼールの声を聞くことが出来ず、俺たちが喜んだり、驚いたりする姿を見て、きょとんとした表情を浮かべている。
もしも、これからも同じチームで活動してくれるのであれば、チャームと話し合いが必要だ。彼女の所得スキル欄に一つの空きを作り、【譲渡】スキルを取得させることで、マゼールとの会話が可能になるようにする必要がでてくる。
【俊敏】、【剣術】、【感知】を混ぜ合わせて、一つの強力なスキルを作り出すことは可能だろうか?もし、これらのスキルを組み合わせることが可能ならば、所得スキル欄は一気に2つも空くことになる。その空いたスキル欄に【譲渡】をセットし、チャームもマゼールとの会話ができるようにしたい。
バリーの姉ちゃんだしな。マゼールを紹介しておいた方がいいな。弟が突然、人目のないところで話し始めたら、心配するだろうしな。実際に少し心配しているし。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「バズボンド様!「祝福の杖」お持ちいたしました!!」と、遠くから大切そうに木製の箱を抱えて駆けつけてくる者の姿が見える。
バズボンドもその駆け寄ってくる者に対して、「おお、待っておったぞ!」と、ねぎらいの言葉をかけた。
おいおい、ルビーやサファイアも、このぐらいの待遇を得てもいいんじゃないのか?
俺たちの前に丁寧に運ばれてきた「祝福の杖」を見つめながら、そう思った。
さらに...。
「バズボンド様~!」と大声を上げ、大きなリュックを背負った男性が遠くから俺たちの方向に駆け寄ってきた。
「これが、お求めのスキル本です!」
彼はバズボンドの元へ倒れこむように駆け込んできた。村の一大事、死に物狂いで走って来たのだろう。
「祝福の杖」、スキル本に宝石...。それにマゼールという存在...。役者はそろったようだな。
『デニットさん、スキル本と杖が到着したようですね。さあ、杖の製作に取り掛かりましょう。そして、【再生】や【絆】のスキル本は、バズボンドさんの屋敷を訪れてからの楽しみとしましょう!』
マゼールは、楽しみに溢れ、興奮を抑えきれない様子で提案してきた。
バズボンドの屋敷で【再生】や【絆】のスキル本が見つかれば、【魔物のパートナー】と【錬金術】の作成が可能となる。バリーが【魔物のパートナー】としてランクアップすれば、強力な魔物ともティムができ、さらには戦闘中、どこからともなく魔物が応援に駆けつけてくれることもある様だ。
そして、言うまでもなく、2つ目の【錬金術】が作れるとなれば、あと1つで【遺伝子医療】が完成する。マゼールだけじゃなく、全員がその瞬間を待ち望んでいる。
脳内で、「ついに,わしの腕も治る日が近づいてきましたのう。感動のあまり、酒が進んでしまいますわ。がぁははははははははははは!!」と、脳内で高らかに笑う男がいた。
どうぞどうぞ、お好きなだけお酒をお楽しみ下さい。ただし、明日からは再び働いてもうらうけどね。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「何が起こっているのですか、神父様?」と、ゼファーも俺達の元へと合流してきた。
ゼファ―は、村人全員から絶大な人気を博した。その美しさもさることながら、ダンジョンで彼女と共に戦った者たちは、「もし...ゼファー様が助けに来てくださらなかったら、我々は命を落としていたでしょう」と、口々に彼女への感謝の言葉を述べた。
美しさと強さを兼ね備えたゼファーが、鬼気迫る姿でオークに立ち向かい、多くの者達の命を救った。
その勇敢な姿は、ダージリン村の詩人に感銘を与え、彼はゼファーの勇姿を称えるバラッドを即興で作りあげ、感情のこもった歌声で村人の前で歌っている。
女性がオークにつかまれば、
そんなゼファーに対して、村人たちは深い感謝の念を抱いた。
救われた者たちやその家族が次々とゼファーの元に感謝の言葉を伝えに来て、彼らはお酒やお菓子、洋服や貴金属などを置いていった。
洋服や貴金属について、「これを受け取ってもよろしいのでしょうか?」と、ゼファーは俺に尋ねてきた。
「それは心からの贈り物だから、遠慮せずに受け取っていいだろう。ただ...ゼファーさえよかったら、ズリーとマゼールにも分けてあげて欲しい」と伝えた。その言葉に、ゼファーは「もちろんです♪」と、喜びに満ちた声で応えてくれた。
洋服や貴金属などは非常に高価な品々だ。それに洋服は何枚あっても困るものではないからな。
村の女性達から贈られた貴金属を、ズリーとゼファーが楽しそうに選んでいる。
「ゼファー姐さん...私も頂いて、よろしいのでしょうか⁉村の皆様方は、ゼファー姐さんにもらって頂きたいのではないでしょうか⁉」
少々恐縮した様子で、ズリーがゼファーに対して小声で聞いてくる。
そんな申し訳なさそうに振る舞うズリーに対して、「貴方は私の可愛い妹分よ。一緒に選ぶのは当然のことよ?もちろん、マゼール様の分もね。それに、ただでさえ綺麗な私がこんな素敵なアクセサリーを独占したら、フェアーじゃないでしょ?」と、ゼファーはズリーにウィンクを送った。
「姐さん...ありがとう。じゃあ、私はこれ!」
「あーそれ!絶対ズリーに似合うと思うわ!」
ズリーとゼファーは、村人たちから勧められるアクセサリーや貴金属などを、まるで実の姉妹のように楽しみながら選んでいた。
月明かりの下、少し肌寒い風が舞う中で、デニットだけでなく、村人たちも2人の行動を温かく見守っていた...。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『さあ、デニットさん!早速、「従属封じの杖」を作りましょう!何だか久しぶりです!今回は大仕事ですよ!何といってもミスリルの杖とスキル本、そして2つの宝石を混ぜ合わせて、エンチャントの杖を作るのですから!』
何だかマゼールの奴、とても気合が入っているいるな。声から漏れ出てくる熱いオーラが、ビンビンと伝わってくる。それに、少し肌寒さも感じていたが、マゼールの声を聞いたら、それも吹き飛んでしまった。
バズボンドから譲り受けた、10階と15階の中ボス戦で得たサファイアとルビー。そして、村の祭りで使われていた「祝福の杖」。これらは全て、一つしかない貴重な品物。失敗は許されない、そんな緊張感が漂っている。
まあ、マゼールなら大丈夫だと信じてはいるが...。がんばれよ、マゼール。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「さあ、マゼール!「従属封じの杖」の作成を頼む!」と、俺は心配を振り払うかのような熱い思いを込めて、脳内でマゼールに頼んだ。
すると...。
レバルドは、少し離れた場所で ウイリーやクラーリー達と酒を交わし、豪快に談笑していた。だが、口元に近づけた盃の動きを、ピタリと止めた。
バリーも、黒パンにダージリン村の奥様たちが作ったオーク肉の炒め物を詰めた、特製サンドイッチをほおばる手を止めた。
ゼファ―とズリーも...アクセサリーを選ぶ手を止めた。
それぞれが目を閉じ、心の奥底からマゼールへと力を送り込む。そう...それは、温かく、優しく包み込むような力...。その力は、神秘的なエネルギーとなってマゼールに流れ込んでいった。
『了解です!そして皆さん...ありがとうございます!デニットさん、レバルドさん、ゼファーさん、ズリーさん、そしてバリーさん!「従属封じの杖」を作っちゃいましょう!』と、マゼールが元気いっぱいに俺たち全員に声をかけた。
久しぶりだな。マゼールが【混ぜるな危険!】の能力を使うの...。なんだか俺までワクワクしてきた。
そんな俺に対して、マゼールは『デニットさんが「従属封じの杖」を作るふりをして下さい!」と言ってきた。
おいおい、嘘だろ...。
「お、俺が作る...ふりをするのか?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「従属封じの杖」を作り始めると知り、ズリーやゼファー、バリー、チャームやレバルドが、俺の元に集まってきた。
そして、「主様しかいないですじゃ!主様の元にマゼール様がいらっしゃるのですじゃ!」と、レバルドが皆の気持ちを代弁するかのように、俺に伝えてきた。
その言葉を聞いた皆んなも、俺に向かって深く頷いた。チャームは、なにがなんだか分からない様子だが、場の空気を読み取り、「頑張っておくれよ、旦那!」と、俺を励ましてくれた。
「よ、よし、やってやる!マゼール、一緒にやるぞ!」と脳内でマゼールに伝えた。覚悟は決めた。ためらっている時間はない、タイタンを救うために行動を開始ししなければ...。
その後、一拍置おいてからバズボンドに向かって、「これから「従属封じの杖」を作る。 【冷静】、【安定】、【意思】、【邪気払い】のスキル本を5冊ずつ、そして、10階と15階層の中ボスとの戦いで得たサファイアとルビー、そして「祝福の杖」を広間の中央に置いてくれ」と、俺は静かに、しかし確固とした口調で頼んだ。
俺の声に反応したバズボンドは、「おお!ついに「従属封じの杖」を作って下さるのか!さあ、皆の者よ、ここにいらっしゃる、救世主デニット様が「従属封じの杖」を作って下さるぞ!ダージリン村の新たな時代幕開けを、村人に伝えるような大きな声を響きわたらせた。
「おお!まさか目の前で、救世主様のお力を目の当たりにできるとは!」
「お爺さん、椅子に座っていちゃだめですよ。頭が高いですよ!」
「ザボ、ルジン!寝ている場合じゃないよ!起きなさい!神のお力を見守るのですよ!」
お母さん...小さな子供は寝かせたままでいいですよ...それに、そんなに期待値を上げないで...。何だか罪悪感が半端ないから。「従属封じの杖」を作るのは、マゼールだし...。
そんな罪悪感をと一生懸命戦っている間に、広間の中央には必要なモノが全て用意された。さあ、マゼール様...お願いします!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『さあ!混ぜ混ぜしちゃいますよ~!危険ですよ~!』と、軽快な口調でスキル【混ぜるな危険!】の開始を告げた。
俺も皆の前で「さあ、「従属封じの杖」杖を作るぞ!皆の者は危険だから後ろに下がっているように!」と言った後、目の前の杖やスキル本に気合を込めるふりをした。特に意味もなく、両手をスキル本と杖の方向に向けて、「はぁ~!!」と叫んでみた。
何度も言うが、作るのはマゼールだし。
広間の床から、まるで自然の摂理のように、【冷静】、【安定】、【意思】、【邪気払い】のスキル本が宙に浮かび上がった。
それぞれのスキル本は、まるで一つの生き物かのように、自動的にページを開いた。そして、スキル本の中に刻まれていた神秘的な文字は、まるで運命を司る神々が望んでいるかのように、「祝福の杖」に吸収されていった。
集まった者たち視線は、広間の中心を見つめ、その一瞬一瞬を深く心に刻んでいった。そして、彼らは目の前に広がる驚異的な光景に、ただただ...息を呑んでいた。
そして...。
「祝福の杖」にサファイアとルビーが杖のロッドに
その瞬間...。
ピカァァァァァァァァァァァァァァ!!!
神秘的な光がまるで新たな生命の誕生を祝うかのように、広大な範囲を覆いつくした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「な、何だこの光は!!」
「しゅ、祝福の杖が、光り輝いている!!」
「お母さん!!怖いよ~!!」
「だ、大丈夫よ、凄く暖かな光だから!!」
「な、何ということだ...。デ、デニットは、いや、デニット様はやはり、我々の村を救うために来てくださった、救世主様...」
村人たちはそれぞれの思いを抱きつつ、デニットを崇拝するような眼差しで見つめた。
杖が眩い輝きを放ったその時、マゼールの声が俺たちの脳内に響いた。
『EXスキル、【混ぜるな危険!】の効果により、ランクDの【冷静】、【安定】、【意思】、そしてランクCの【邪気払い】のスキル本5冊が...』と、マゼールは、もったいぶるかのように言葉を一旦止めた。
数秒の沈黙の後、マゼールは言葉を続けた。
『さらに、10階の中ボス、ビッグオークから得たサファイアの塊と15階のキングオークから得たルビーの塊を混ぜて...混ぜ合わせて...「従属封じの杖」が完成しました!!』
マゼールは、深い満足感と喜びが込めた声で、俺たちに対して力強く伝えてきた。
マゼールから「従属封じの杖」の完成を伝える声に対して、「さすがマゼール様じゃ!」や、「信じておりました、マゼール様!」などの声が脳内に響きわたった。
そして、俺も...。
「お疲れ様。ありがとう、マゼール」と、言葉短く感謝の気持ちを伝えた。
もう、たらたらと礼を述べる必要はない。マゼールには、俺の心の中の感謝が伝わっているはずだ。
深夜にもかかわらず、村人は増え続け、俺に対する熱い視線が増していく。明らかに、「祝福の杖」の形状が変化した。期待感が高まり、「従属封じの杖」が完成したのではないかと、周囲はざわついている。
そのような状況の下で、マゼールは俺に向かって、『さあ、デニットさん、皆さんに報告を!喜びの報告をお願いします!』と、背中を押してきた。
何だか悪いなマゼール。美味しい所だけ俺が頂いてしまって...。だが、そうだな。マゼールの力を報告させてもらうよ...。
決意を固めた俺は、「皆の者よ!」と、沢山の村人を見つめ、そして声を張り上げた。その瞬間、ざわつきが一瞬で静まり返った。そして...。
「ここに集まるダージリン村の者たちよ!「俺の究極奥義の...スキル【混ぜるな危険!】によって、「従属封じの杖」が無事に完成したぞ!」と、高らかに宣言をした。
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