第42話 アッチアチのマゼール

「どうだ、役に立ちそうか?」


 バズボンドは、【収納】から取り出したスキル本と、宝石の山を俺たちの目の前に広げてみせた。


 さらに、バズボンドは、「「従属封じの杖」を作るのに必要なスキル本がこの中にあるかどうか分からない。しかし、ダージリン村のダンジョンで手に入れたスキル本は、俺が大量に持っている。それに、今俺が【収納】から取り出したスキル本は、その一部でしか過ぎない」と、彼は俺に伝えてきた。


 どうやら、サファイアやルビーについては、今回【収納】から取り出したモノが全てらしい。だが、スキル本に関しては、屋敷に戻れば腐るほどあるらしい。というのも、宝箱からはスキル本が頻繁に出現するからだという。


 バズボンドたちは祠の管理を定期的に行っているため、ダンジョンに潜る機会が多い。


 ダージリン村のダンジョンで頻繁に見つかるスキル本としては、【ホットウォーター】、【機能】、【絆】、そして【ルーム】が挙げられる。その中でも価値があるとされているのは、【ホットウォーター】と【ルーム】だけだ。それ以外のスキル本は、あまり人気が無いようだ。


 さらに、どのダンジョンからでも頻繁に出現するスキル本としては、【回復】、【剣術】、【ファイア】が挙げられる。特に【回復】、【剣術】は、冒険者が少しでも安全に探索を進めるための、ダンジョンからの優しさとも言えるかもしれない。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 スキル本やサファイア、ルビーが広場に転がる音を聞きつけたズリーは、食事を中断して俺の元へとやってきた。


「旦那様、これは...驚きました。大量のスキル本に、大きなルビーやサファイアまで!しかし、バズボンド様はO型なのでしょうか…。もう少し、ルビーやサファイアの取り扱いには慎重になった方がいいと思います。貴重な品が...」


 ズリーの表情と声色から、怒りを感じ取れる。可愛い顔をしてぷんすかと怒っている。


 バズボンドが発動した【収納】スキルの合図と共に、ルビーやサファイアが空間から床へと転がり落ちた。それらの貴重な品々が傷ついてしまったことに、彼女は深くお怒りのようだ。


 俺もそう思う...。


 俺の親指ほどのルビーやサファイアは、めったやたらに手に入るモノじゃないぞ、バズボンド...。もっと大切に扱えよ。ただ、その中でも2つだけが布で包まれている。包み方は雑だけど。


「その布に包まれているモノまさか...」と、俺がバズボンドに恐る恐る聞くと...。


「そうだ。それらは10階と15階の中ボスを倒した時に手に入れたサファイアとルビーよ。その大きさは、13階以降で稀に宝箱から見つかるルビーやサファイアと変わりないが、その輝きは全く異なる。だがら、こうやって布で包んで大切に扱っているんだよ」と、バズボンドは語った。


 どう見ても、2つの宝石は適当に包まれているようにしか見えないが....バズボンドの中では、厳重な保管方法なのだろう。俺の隣で、ズリーが頭を抱えている。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 お怒りモードのズリー様とは異なり、俺の脳中には、興奮を隠し切れずにそわそわしている者が存在する。


『す、凄いですよ、デニットさん!私たちが必要とする、「従属封じの杖」を作るためのスキル本と、サファイアとルビーがここにあります!後は杖さえ手に入れれば、作ることが出来ますよ、デニットさん!』


 マゼールは、凄く興奮した口調で俺たちに伝えて来た。ただ、話にはまだ、続きがある様だ。


 ズリーもマゼールの話に耳を傾け、「まさか、もうすでに「従属封じの杖」を作るための材料がそろっていたなんて...!それならば、タイタンさんをすぐにでも助け出すことができますね!」と、喜び溢れる声が聞こえた。 


『ズリーさん、その通りです!だけど、それだけでは終わりませんよ!驚きはまだまだ続きます!バリーさんの【魔物使い】のランクアップに必要なスキル本が、ここで集まる可能性が出てきたんですよ!』


 マゼールは、一気に俺とズリーの脳内で語りかけてきた。


 マゼールはここまで話し終えた後、『はぁ...はぁ』と息を切らしている。う~ん、興奮しているな~。俺の隣にいるズリーも、脳内のマゼールの様子に驚き、若干引いた様な表情を見せる。


『バズボンドさんがここに出したスキル本だけでも、【絆】は大量にあります!屋敷に更に10冊ほどあれば...。念願の【魔物のパートナー】にランクアップが可能です!でも驚くのはまだ早いですよ~。そして、さらに...さらに...!』


 マゼールのテンションのリミッターが外れかかっていると思わせるぐらい、彼女の興奮が上昇しているように思われる。おいおい、まだ続くのか?


『ここにある大量のスキル本の中には、【再生】のスキル本が複数確認されます!私の認識では、ダージリン村のダンジョンには、【再生】は見つけられないはずですが、なぜだかバズボンドさんはそれを持っています!屋敷に【再生】があと2冊あれば...【錬金術】が作れます!レ・ン・キ・ン術ですよ!』


 そりゃ凄い!


 もし、バズボンドの屋敷に【再生】のスキル本が存在し、そして【錬金術】のスキル本を一冊作れたとしたら...。


 その状況下で、あと1冊の【錬金術】のスキル本を手に入れることが出来れば、ランクBのスキルである【遺伝子医療】の作成が可能になる。


 そうなれば、レバルドは勿論、マルタイ奴隷商店の給仕係のモッカなど、欠損で苦しむ者たちの治療が可能だ!


 レバルドの腕が回復すれば、その戦力は大幅にアップする。いや、もう敵なしになるかもしれない。


 そりゃ、マゼールのテンションが高まるのも、理解ができるな。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ダージリン村のお祭り広場と化しているローズティーガーデンの一角で、俺とマゼールはバズボンドの話に耳を傾けつつ、まだ見ぬ【遺伝子医療】に心を奪われている。


 俺とマゼールは興奮のあまり、ライトアップされたバラの美しい姿や香りを楽しむことを忘れてしまった。普段であれば、『デニットさん、興奮しすぎですよ!バラの高貴な姿や香りを五感で感じ、心を落ち着かせて下さい!」とマゼールに諭されていたはずだ。


 しかし、今や、マゼールが俺以上に興奮しており、周囲の状況を的確に把握し、心を落ち着かせることは、到底無理な話であった。


 でも...以前と比べると、本当に人間味が溢れるようになったな。マゼール...。本当に嬉しく思うよ...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 マゼールは再び語り始めた。もしバズボンドの邸宅に大量の【空間】が存在し、それを譲り受けることができれば、【異世界車庫】は【異世界倉庫】へと進化し、また【召喚五百矢】は【召喚千矢】へとランクアップする可能性が見えてくるという。


【異世界車庫】から【異世界倉庫】へのランクアップは、ランクAへの昇格を意味する。つまり、俺はこの世界で2人目のAランカーになるということだ。


 この世で確認されている限り、ランクAのスキル本は【編み物】だけだ。その所有者は通称、「裏編みの貴公子」と呼ばれているようだ。


 何がすごいのかは全く理解できないが、ちまたのおば様たちからすれば、それは神の領域のようだ。


 うん、わからん。


 まあ、まずは「従属封じの杖」を作って、次にバリーのスキルをランクアップしてあげないとな。


 バリーは、まだ自分だけが十分に強くなれていないと、感じているようだからな。ウォー・ハンマーをぶん回して、かなりの力をつけているのだが...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 バズボンドは、少し酔っ払って顔を赤らめながら、「俺たちは祠の様子を見に行くことが日課よ。それに、妻からダンジョンデートをせがまれるからな。その度にスキル本がたまっていくというわけよ。はぁーははははははは!」と豪快に笑い飛ばした。


 バズボンドは大分ご機嫌な様子で、ぐびぐびと酒を飲んでいる。もう、レバルドなみ。誰も止めない。いや、止められない様だ。


「足りないスキル本があったら遠慮せずに言ってくれ。俺がいれば、ダージリン村のダンジョンなら15階まで瞬時に転移することが可能だ」とバズボンドは言って、大量に積まれたスキル本の山に目をやった。


「13階以降では、稀に小さなルビーやサファイアが宝箱から見つかる。中ボスを倒した時に得られるモノと比べるとその輝きは落ちるがな」


 バズボンドは言った後、【収納】から取り出した、大小さまざまなサファイアやルビーを俺たちの目の前に差し出してきた。


 それは先程、バズボンドが床に落としたモノであった...。ズリーの顔が引きつっている。何か言いたいのだろうが、ぐっと我慢をしている。えらいぞ、ズリー。


「それと...」とバズボンドは言いながら、ダンジョン以来の重々しい表情を見せた。


 バズボンドは「できれば...このサファイアやルビー、そしてスキル本で、チャラにしてくれないか...。あれだけ多くの者達を救ったスキルと、ゼファー殿を派遣してくれた恩義には、到底足りないとは重々承知をしているが...」と、遠慮がちに言ってきた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 バズボンドは少し心配そうな目でこちらを見つめてきた。しかし、彼が遠慮しているようだが、親指ほどの大きさの宝石を軽く見積もっても、50個以上あるぞ?


 周囲の部下や村びとも不安そうだ。俺たちは山賊ではないぞ?金品を奪い取っていくつもりは、毛頭無いのだが...。


 安心して欲しい。


「それで十分だし、こんなに沢山いらないよ」と、バズボンド告げると、周りにいる者たちも彼と同様に安堵の表情を浮かべた。


 俺たちに、どれだけ、たかられると思っていたのだろう?



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「なあ、バズボンド?屋敷にあるスキル本の中に、【絆】、【再生】、【空間】はあるか?あれば欲しい。それとさっそく「従属封じの杖」を作りたいと思う。頑丈な杖を用意してもらえるか?」


 今まで使っていた「従属封じの杖」は、古代魔族によって簡単に折られてしまった。何かのきっかけで、再び古代魔族が現れた時に備えて、簡単には折れない杖が必要だからな。


「うーん、スキル本に関しては、使いの者に至急調べさせる。後、杖だが...そんな都合のいい杖があるとは...」と、バズボンドは困惑した表情を出してきた。彼だけでなく、妻のユリル、ウイリー、そしてレギッドまでもが、唸り声を上げた。


 すると、執事のデリートが、「ありますよ、1つだけ!秋の月に行われるダージリンティー祭で使われる、通称「祝福の杖」がミスリル製です!それを活用するのはいかがでしょうか?」と、ここにいる全員に対して大きな声で提案をした。


「おお、確かに!」


「おお、あれなら頑丈だ!」


「ミスリルなら、魔法の伝導性にも優れている。「従属封じの杖」としての効果も高まるかもしれないぞ!」等、村人からも賛成の声が上がる。


 祭りのクライマックスでは、参加者全員分のダージリンティーをコップに注ぎ、その上で「祝福の杖」を振りかざすという儀式が行われる。その後、参加者はダージリンティーを飲み、1年間の健康と安寧を祈る。


 この「祝福の杖」は、その儀式の最後を飾る重要な役割を果たす。


 しかし、そんな大切な「祝福の杖」を使っていいのだろうか?俺はバズボンドの顔色を伺う様に見つめた。


 俺の視線を感じ取ったバズボンドは、樽に残ったウイスキーをロックのまま一気に飲み干し、コップをテーブルにゴン!と置き捨てた。そして...。


「なーに、何の問題もない!式典用の「祝福の杖」はまた作ればよい。それよりも、現状の問題を解決することが先だ!よし、「祝福の杖」を使って、デニット達に「従属封じの杖」を作ってもらおう。村を救うぞ!皆の者!」と、バズボンドは村人たちに向かって宣言した。


「バズボンド様!」


「バズボンド様の英断に幸あれ!」


「いいぞ、バズボンド様!」


「剣王!バズボンド様!!」


「いや、剣王もとい、賢王だ!!」


 異様な盛り上がりの中、「祝福の杖」が急遽、「従属封じの杖」に変わることとなった。


その時、俺の脳内で、俺を呼ぶ声が響き渡った...。


『デニットさん!私の出番の様ですね!!今回の私は、超!気合が入りまくっていますよ~!!』と、いつも以上にアッチアチのマゼールが、早くも俺の脳内で【混ぜるな危険!】を使う体制を整えている様であった。

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