第41話 不敵な微笑み

 バズボンドの傷を癒すため、俺たちは彼の元へと歩を進めた。その途中、ズリーから「旦那様!6階層に着きました!6階層にある落とし穴は、扉から見える十字路を、右に進んだ場所にあるのでしょうか?」と尋ねてきた。


「ああ、その通りだ。待っているいるからな。ところで、そっちには怪我人はいないか?」とズリーに尋ねると、「怪我人はいないのですが、手持ちの食糧とお酒が尽きてしまって...。もう、2人の世話が大変です...」と、ズリーは疲れ果てていた。


 ごめんな、ズリー。しっかり者のズリーは全てを背負い込んでしまったようだ。


 全く、酒飲みと大食漢め。いたいけな少女に迷惑をかけて。


 まあ、ズリーにはダージリン村に着いたら、好きなお菓子やアクセサリーを買ってあげるからな。もちろんゼファ―とマゼールにもだ。


 マゼール、アクセサリーを身につけられる日が来ると信じている。だから、今から買っておこう。


 必ず、その日は来るから...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「さあ、バズボンド様、治療を始めましょう」と彼に伝えると、「デニット様、私に敬称は不要です。貴方様はこの村の英雄です。我々が貴方様に敬称を付けるのは当然ですが、我々に付ける必要はありません」と、きっぱりと答えられた。


 我々を随分と高く評価してくれているようだ。その証拠に、奴隷の身分であるゼファーが対等に扱われている。これは普通では考えられないことだ。だが、ゼファー自身もバズボンドを含めた多くの命を救ってきた。彼女が軽蔑されないのは、当然のことかもしれない。


 その後の話し合いで、我々は互いに好きなように呼び合うことに決めた。バズボンドは俺のことをデニット殿と呼ぶようだ。俺は何でもいいが、仲間たちを奴隷として見下さないで欲しいと伝えた。


 彼や部下たちがそのことを配慮してくれるなら、俺の呼び名などは些細なことだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 結局、俺がバズボンドの部下たち、特に重傷者たち全員を治療した後で、バズボンド自身が俺の治療を受け入れた。彼は「我の膝は死ぬほどの怪我ではない」と言い、部下たちよりも先に自身の治療を受けることを拒んだ。


 棺桶に両膝辺りまで突っ込んでいた部下たちが次々と回復していく姿を見て、彼は男泣きして喜んでいた。


 さらに、「元気になった者たちから、デニット殿の仲間がこちらに向かっているようだ!何人か援護に向かえ!」と、バズボンドはフロアにいる部下たちに指示を出した。


 本当に、世話好きのおじさんだな。まあ、俺もおじさんだけど...。


 そんな世話好きのバズボンドに、次は【高度先端医療】を施す番が回ってきた。


「まだ魔力があるのか?わしは支えてもらえば何とか移動ができるぞ?」と、バンバンに腫れあがった右膝をさすりながら遠慮してきた。


 まあ、いいからと軽い感じで、【高度先端医療】を彼に施した。


【高度先端医療】を発動すると、先ほどのブロウやレギッドと同じく、バズボンドの全身が銀色に輝き始めた。その銀色の光は彼の身体を包み込み、数十秒間続いた後、霧が晴れるように彼の身体から消えていった。


「し、信じられぬ。右膝は諦めていたのに...。以前と変わらぬ、いや、それ以上に調子がいいみたいだ。膝だけではない、腰の痛みや肩の痛みも無くなっておるぞ!」


 どれだけボロボロだったんだよ。この領主様は...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


【収納】から大量に取り出したポーション(効果小)をバズボンドに後払いで提供した。別にジャッカルから《《頂いた》モノだから、金は要らないと言ったが、彼は後日しっかりと支払うと言って聞かなかった。


 もうポーションの価格はバズボンドに任せることにした。


「全員で地上に戻るぞ!軽症の者も遠慮するな!ポーションを飲むんだ!」


 バズボンドの声が部下たちに響き渡り、軽傷の部下たちは次々とポーションを飲み始めた。


 ポーションと俺の【高度先端医療】の力によって、続々と怪我人が復活していった。


 部下たちが一人また一人と立ち上がり、バズボンドの元に集まってきた。「全員が戦えるようになった。本当に感謝する。デニット殿たちをしっかりと、地上に送り届けるからな」と言ってきた。


 本当はこのまま10階層を目指そうと思っていた。しかし、足りなくなったポーションやマジックポーションの補給をする為、一度地上に戻ろうと思った。


 急ぐ気持ちはある。だが、休憩も大切だ。バズボンドたちを連れて、一度地上に戻ろう。


「バズボンド、俺が【転移】スキルでダンジョンの一階までワープして送り届ける。ただし、分かっているとは思うが、このスキルについても無闇に話さないで欲しい」と、バズボンドの顔を見ながら伝えた。


 全員を安全に送り返すためには、この方法しかない。既に多くの者たちが俺の【高度先端医療】の力を目の当たりにしている。ここで能力を惜しんで、バズボンドやその部下たちが亡くなったら、寝覚めが悪いからな。


 俺が持っている全てのスキルを使って、バズボンドたちをサポートしよう。もし噂が広がったら、それはその時に考えることだ。


「何と、お主は【転移】スキルまで使いこなすのか?す、すまなかった、詮索するつもりは無い。部下たちには、デニット殿の能力については絶対に漏らさぬ様にと厳命する。恩を仇で返すような真似はさせない」と、バズボンドが神妙な表情で俺に伝えてきた。


 強張った表情を浮かべるバラモンドに対して、俺は「なーに気にするな、その時はその時だ。そんな小さなことに気を取られている暇はない。やらなければならないことが山積みだからな」と伝えた。


 俺の言葉を聞いたバズボンドは、「や、やらなければならないこと?差支えがなければ教えてくれないか?」と俺に尋ねてきた。まさにその瞬間...。


「だ、旦那様!ゼファー姐さん!」


「主人、ねえちゃん!」


「ズリー!私に会いたかったんでしょ!」


「バリー!こんなかわいい子に迷惑かけちゃだめじゃないかい!」


 再会を喜ぶ声が、いたるところから沸き上がった。


 さあ、メンバーも揃った。地上へ戻ろう。俺はこのフロアにいる全員を一箇所に集め、【転移】スキルで地上へと戻った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 地上ではお祭り騒ぎが広がっていた。


「バズボンド様!無事で何よりです」


「バズボンド様が戻られた!バズボンド様が!」


「あんた~死んだかと思ったよ!」


「とうちゃん!とうちゃ~ん!わ~ん!」


 再会を喜び合う家族や恋人たち。


 いたるところで酒が振舞われ、美味しそうな料理や果物などが振舞われた。


 広場はお祭り騒ぎで、見たこともない魔物の出現により、ダンジョンに取り残された者たち全員の死を覚悟した。しかし、彼らは無事に帰還した。その事実が祭りを盛り上げた。


「今日は、とにかく飲んで、歌って、疲れを癒す日だ!死を覚悟した命、それを救ってくれた者たちへの感謝、それが今日の宴だ!」


 そんなに派手に俺たちのことを紹介しなくてもいいのに...。


「い、いいのかい、あたいまでこのチームのメンバーとして参加して⁉あたいは助けてもらった側だよ?」とチャームは恐縮している。


 沢山の村人から歓迎と感謝の言葉をもらった。バリーとチャームは食事をたっぷりと楽しみ、レバルドとゼファー、それに俺は酒をたらふく飲んだ。


 さらに、チャームとゼファー、それにズリーはスイーツを大量に食べた。同じ名前が複数回出てくる者たちがいるが、まあそれはそれだ。


 楽しんで酒を飲んでいると、バズボンドの方から奥様を引き連れて来てくれた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「主人がお世話になりまして」と、彼女は深々と頭を下げてきた。領主というと貴族のこと。その奥様だ。もちろん、俺たちよりも位が高い。そんな人に頭を下げられるなんて。


 名をユリルと名乗った。


「バ、バズボンド、本当に止めてくれ。俺はこういうことが苦手なんだ」と、俺はバズボンドに対して困惑しながら、何とかしてくれと目で訴えた。


 ユリルは、領主の奥様らしからぬサーコートを身に纏ったスレンダーな人族だった。腰にはグラディウスが装備されていた。


 彼女の鋭い瞳は、強い決意を示しており、その人柄が垣間見えた。


「多くの部下たち、そして旦那様の命も救ってくれたと聞きました。もう少し旦那様のお帰りが遅ければ、私自身がダンジョンに入って彼を迎えに行っていたでしょう」と、彼女は俺の目を真っ直ぐに見つめた。


 本当のことだろう。サーコートを着こなし、グラディウスを腰に装備されている恰好からしても伝わってくる。


 旦那が旦那なら、奥様も貴族らしからぬ、戦闘民族の様だ。


 さらに、「我が家にあるもの、椅子から貴金属まで、お好きなモノは全てお持ち下さい」と彼女は真剣な表情で俺に伝えてきた。


「旦那様と一緒にダンジョンで集めた思い出の貴金属もありますが、それらは再び集めればいいだけのこと」と、さも当たり前の様に言い切った。


 う~ん、格好いい。惚れてまうやろ~。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ただ、そんなに欲張ってまで貴金属など必要ない。まだジャッカルから貴金属や貨幣などが大量に残っている。


 さらに、俺の【異世界車庫】には、大量のオークが山済みになって保管されている。ダージリン村にある肉屋に、干し肉や燻製肉の作成をお願いした。だから、貴金属などを貰わなくても食料は十分ある。


 後、欲しいのは、貴金属よりもポーションやマジックポーションかな?あと野菜や果物?乾燥させた魚、それに黒パンや小麦かな?


 そのぐらいじゃないかな。


 ああ、レバルドが俺を見つめている。その瞳は、かつて路上で見かけた子犬を思い出させる。


 飼って、ボクを飼って~。そんな瞳。


 レバルドも子犬と同じだ。


 買って、お酒を買って~。あの頃の子犬と同じ瞳で俺に訴えている。


 仕方がない。バズボンドに頼んで大量のお酒も用意してもらうか...。先の買い出しでは、2つしか酒樽を馬車に詰めなかったらしいからな。そんなのレバルドにかかれば、1日で無くなっちまうからな。


 バズボンドに度数の高い酒を樽ごと大量に欲しいと頼んだ。するとバズボンドは笑いながら「倉庫にあるものを全部持って行くがいい」と言ってくれた。


 これで、当分の間はレバルドの機嫌はいいだろう。


 そして、タイタンを救った後は、この酒で乾杯しよう。約束通りにな...。


「なあ、レバルド、バズボンドから酒を貰ったら、その酒でタイタンと一緒に飲まないといけないな」と俺は嬉しそうに言うと、「そうですな。つまみは大量に手に入ったオークの燻製でいいでしょうしな。がぁっははははははは!!」と大笑いながら返事をした。


「タイタン⁉」


 俺たちの話を、酒を飲みながら聞いていたバズボンドが、まだ別の場所に仲間がいるか?という顔をしてこちらを見てきた。そして...。


「先程、やらねばならないことがあると言っていたな、デニット殿、差しさわりが無かったら話してくれないか?」と、バズボンドは声をかけてきた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺たちは、従属の魔核に縛られている仲間、タイタンを助けるために、このダンジョンの従属封じの杖を借りに来たこと。


 ダンジョン入り口で壊れた杖を発見し、従属封じの杖を作り直すために、このダンジョンで見つかるスキル本と、10階と15階の中ボスの持っているサファイアとルビーを集める必要があること。その為、明日にはダンジョンの下層を再び目指すことを、バズボンドに話した。


 バズボンドは驚き、「な、何と、従属封じの杖が作れると申すのか?そうか...。つかぬことを聞くが、友、タイタンとやらを助けた後、その杖は其方たちにとって必要な代物か?」と聞いてきた。


 まあ、俺たちにはタイタンさえ救えれば、杖は必要無いか...。このダンジョンも必要そうだしな。寄付してもいいかもな。


「この村にも杖が必要なんだろ?寄付をするよ。ただし、それは先に川沿いのダンジョンで友を救ってからだ。救う時に杖が破壊されてしまうかもしれないから、無事な状態で渡せるかどうかは分からない」と、俺はバズボンドのコップに酒を注ぎながら言った。


「ありがたい。このダージリン村からダランバーグ大聖堂まで、早馬を出しても12,3日はかかるだろう。往復なら、なんだかんだと時間を喰って1ヶ月程はかかるまい。その点、川沿いダンジョンまでならダージリン村から7日ほどで行ける。是非とも、仲間を救ってからでいい。村に杖を寄贈して欲しい」と、バズボンドは答えた。


「しかし、まだ肝心の従属封じの杖を作るためのスキル本とサファイア、それにルビーが全く集まっていない。どんなに頑張っても、おそらく30日はかかると思う」と、俺は見立てをバズボンドに告げた。


 特に【邪気払い】は11階以降でしか手に入らない、取得が難しいスキル本だ。いくらマゼールがいるとはいえ、大量のオークがいる中では時間を要するだろう。更に、15階まで進んでルビーを手に入れるためには、キングオークに挑む必要がある。


 俺が「悪いが時間がかかると思う」とバズボンドに伝えると彼は、「何だ、そんなことで悩んでいるのか。それなら大丈夫だ!」と、俺に対し不敵な笑みを浮かべた。そして...。


「スキル【収納】!」


 バズボンドの横の空間が突如として開いた。そして...。


 ドサドサドサドサドサ!


 ゴロゴロゴロゴロ!!


 バズボンドの横には、こんもりと山済みとなったのスキル本と、さらには女性をひきつけてやまない、大小様々なルビーとサファイアが突如として出現した...。

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