第40話 忘れかけていたスキルの活用

「し、神父様!あ、ありがとうございました!必ず...必ず来て下さると信じておりました!」と、ゼファーは俺を強く抱きしめ、心の中を吐露トロした。


 ゼファーの美しい表情と神秘的な瞳は、まるで戦場に降り立った聖女様のような威厳と美しさを放っている。その眼差しを直視すること自体が、何とも畏れ多い感情を呼び起こす。彼女の美しさに見惚れていると、背筋に冷たい悪寒が走った。


 俺も学習した。つい先ほど、機械音一歩手前のマゼールの声が、俺の脳内でリフレインしている。


 それにチャームという客人もいる。いつまでも抱き合っている場合じゃない。残念だが、これ以上は危険だ。現実に戻ろう...。


 早くマゼールの肉体を集める旅に戻らないと、様々な意味で身体が持たないな...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 さて、のんびりしている暇はない。ここにいる者たちを回復して回らないと。ただ...。ゼファ―が俺の後ろにいるチャームをすごく気にしている。


 まあ、時間もないので手短に説明をしてしまおう。


「ゼファー、こちらはチャーム。彼女はバリーのお姉さんだ」とチャームをゼファーに紹介した。


「バ、バリーの、お姉さん?」とゼファーは驚いた表情を浮かべ、チャームを見つめたた。まあ、妥当な反応だ。俺もニワかには信じられなかったしな。兄弟で似ているところといったら、よく食べる所ぐらいだ。


「あたいはチャーム。上の階層で死にかけている所を、旦那に助けてもらったんだよ。まさか、弟まで世話になっているとわね。弟共々よろしく頼むよ。ゼファー...さん」と、ゼファーと握手を交わした。


「ゼファーでいいですよ。すみませんでした。あまりにも兄弟で似通っていないので...。一瞬フリーズしてしまいました。今は戦力になる仲間が必要な状況です。心強いです!ですが...もしこの先もチームに残るというのなら、このチームの掟を守って頂くことになります。ご覚悟を...」


 ゼファーは、何かを示唆するような言葉をチャームに向けて静かに口にした。その後に続く彼女の穏やかな微笑みが、その意味深さを一層際立たせた。


 こ、怖い...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺は脳内で以下のことをズリーに伝えた、6階層でゼファーと合流したこと、そして、6階層入り口付近に見分けがつきにくい落とし穴があること。目印として、ポーションの空き瓶を置いてあることも...。


 また、ズリーたちもすでに6階層に続く扉が見える場所まで到着している様だ。ズリーたちが揃えば、一気に戦力は増す。再開が待ち遠しい。


 ただ、ズリーたちの到着するのを、じっと待つつもりはない。俺は自分自身を動かし、次の行動に移る。


 目を周囲に向けると、つぶりたくなるような光景が辺り一面を覆っていた。


 おそらく、バズボンドの部下であろう兵士たちが、至る所で倒れている。視界に入る範囲で確認すると、バズボンドの部下たちは死んでいる者はいないようだが、多くの者が深刻な傷を負っているのは明らかだ。


 周囲には空のポーション瓶が散乱している。この状況は、彼らが大きな戦闘に巻き込まれ、その最後の一滴まで使い果たしたのだろう...。


 動ける者は、ほんの一握りだけだった。彼らは何らかの怪我を負っていた。そして、彼らの武器の刃先にはオークの血がこびりついており、その血の油分が、薄暗いダンジョンの中でギラギラと光っていた。


 さらに、皆、返り血で全身が血まみれだった。そんな状況を気にする余裕もないほど、彼らは追い詰められていた。その行動は、自分の愛する子供や妻を守るため、そしてその子供たちの未来を託すに値する男を守るためだった。


 この、暗く閉ざされたダンジョンで戦う男たちは、剣を振り、その男の盾となった。


 ダージリン村の領主、バズボンドのために...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ゼファー、バズボンドは何処にいる?村人たちは彼の安否を非常に心配していた。まずは領主様の治療から始めよう!」と、俺はゼファーに伝えた。


「分かりました、神父様!こちらです!」と、ゼファーは、俺をバズボンドが匿われている場所に案内し始めた。


 その間も、オークたちは次々と迫ってきた。「全く、しつこいブタどもだね。私も参戦するよ!旦那たち!領主様とやらを助けに行ってきな!」とチャームは、果敢にオークの群れに突っ込んでいった。


「バズボンド様なら、奥におります!左足をハンマーで強打され、満足に動けない状況です!」と、一人の兵士がサーベルオークと戦いながら俺たちに教えてくれた。


 俺たちはバズボンドを追い、ダンジョン深部へと進んでいくと、バズボンドを守る兵士たちが、身動きの取れない状態でダンジョンの壁にもたれかかっている光景が目に飛び込んできた。


 かろうじて息をしている者が数人いる。放っておけば数時間、いや、数分で命を落とすだろう。バズボンドの治療から、優先的に行おうと思ったが、救える命には次々と【高度先端医療】を施して回った。


 3人ほどの命を救ったところで、「わ、私はハンマーマーオークの一撃をくらって...。おお、ゼファ―殿!もしや...そちらのお方がゼファー殿のご主人様ですか!私を癒してくれたこの能力で、是非とも我が領主様の治療を!」と、一人の名も知らない兵士から懇願された。


「あ、あちらです!バズボンド様は向うの通路を2回ほど右に曲がった行き止まりで、陣を張っておられます。私が案内します、ささ、急いで!」と、そのの兵士が、緊迫した表情で俺を急き立てた。


 要するに、彼はバズボンドの治療を急いでやれということだ。まあ最初からそのつもりだけど...。


 どれだけ領主様は、皆から愛されているんだ?



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そんなことを思いつつ、兵士の指示した方向に急いで向かって行くと、壁の向こう側から、「その声はブロウではないか?毒矢を受けて重傷を負ったと聞いていたが、一体何が起こったのだ⁉」と、驚きに満ちた声が聞こえてきた。


 その声に誘われるように角を曲がると、壁にもたれて座っている大柄な男と視線が交わった。長髪の髪を後ろで縛られており、目は細く鋭い。口元には髭が生えており、その存在感は威厳を放っている。彼の横には大きな大剣があり、主人と同じように壁にもたれていた。


バズボンドは古代魔族との戦いで、満身創痍だ。特にの右膝は見るからに痛々しく、腫れ上がっている。


 バズボンドからブロウと呼ばれた男は、「バズボンド様、援軍が到着しました!ゼファー殿のお連れの方が到着すると同時に、我々の治療を始めて下さいました!わ、私の傷も癒して頂けました!」と、嬉々とした口調で、バズボンドに告げた。


「ゼ、ゼファー殿!あなたの言葉は真であったのか?瀕死の重傷者が、主人のスキル1つで回復したという話は...」


 バズボンドの声は驚きと混乱で震えていた。


 彼の目は、信じられないモノを見つめるように、俺とゼファーを交互に見つめた。


「だから言ったじゃないですか」と、ゼファーは少々ご立腹の表情を浮かべ、バズボンドを見つめた。


 まあ、バズボンドの考えが正しいだろう。スキル一つで瀕死の者を治すなんて、普通の者は信じない。


 そんな能力者が存在するのなら、領主であり貴族でもあるバズボンドの耳に届かない訳がないからな。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 まるで自分がいる世界から離れてしまったかのような表情を浮かべていたバズボンドが、突如として我に返ったよう表情を浮かべ、深刻な眼差しを浮かべ俺たちを見つめた。


「す、すまん!話は後だ、その件については何度でも謝る。だから、先にレギッドを治してはくださらぬか?お礼ならいかほどでもする!レ、レギッド以外も、ここにいる者たちすべてを動ける状態にして欲しい!その為なら、屋敷にある貴金属をそなたたちに全部渡そうぞ!」


「バ、バズボンド様、い、いくらなんでも!」


「奥方様に、怒られてしまいます!」


 周囲は一様に騒然とした。確かに、瀕死レベルの者を動けるまでに復活させた場合、ミスリル貨がいくらあっても足りない大業だ。だがバズボンドは払うと言ったからには、彼は報酬を払う事を部下たちは分かっているからこそ、心配しているのだろう。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 その時、後ろから「何だい⁉ずいぶんと賑やかだね、旦那、それにしてもこのダンジョンから出て来る魔物の数は異常だよ」と言いながら、チャームも場に加わった。


 チャームの歩いてきた後方の壁には、矢や槍が突き刺さり、床には、折れた剣や盾が散乱していた。相当な数のオークを倒してくれたんだろう。


 バズボンドは、深い悲しみと絶望に満ちた表情で、「わしの右腕のレギッドが今にも息を引き取りそうなのだ!わしをかばったばかりに...。どうか、どうか、そなたのスキルで、レギッドを元の状態にまでに復活させてほしい!」と訴えてきた。


 俺は、バズボンドに対して「バズボンド様、今、その者を治しますよ。どうかご安心を。さあ、レギッド!復活の時間トキだ!」と、俺はレギッドに【高度先端医療】を施した。


 俺の呼びかけに答えるように、レギッドの全身が銀色に輝いた。そして銀色の光に包まれたレギッドの身体は、数十秒間光り輝いた後、霧が晴れるように彼の身体から離れていった。


 彼の顔色は土色から健康的な褐色へと戻り、呼吸も安定してきた。これでレギッドは大丈夫だろうと思ったその瞬間...。


 ガクン!


 突如として視界が闇に包まれ、バランスを失いそうになったその瞬間、チャームが俺を支えてくれた。彼女に支えてもらわなければ、俺は顔面から地面に突っ込んでいたかもしれない。


 それにしても、チャームは片手で俺の身体を支えてくれた。驚異的な腕力だな。


 そう、俺は魔力が尽きたようだ。連続で【高度先端医療】を使いまくったからな。


「だ、旦那、大丈夫かい!」


「し、神父様!」


『デ、デニットさん、無茶をし過ぎです!急いでマジックポーションをお飲みになって下さい!』


 そう、皆が心配の声を上げてくれた。さらに...。


 バズボンドは、誠実な瞳で、「だ、大丈夫か!す、すまない、我が部下の為に...。今は何も恩を返せぬが、地上に戻ったら先ほども言った通り、相応の礼をする。領主として嘘をつくつもりはない」と、俺に訴えてきた。


 それに対し、バズボンドの配下の一人であるジルマは、「まさか...バズボンド様、を皆様に?相応の礼だとは思いますが、を渡したら、奥様が何と言われるか」と、不安そうな表情でバズボンドを見つめた。


 バズボンドという男も、領主という立場にあり、人望もあるようだが、奥方には頭が上がらないようだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 まあ、礼などは一旦置いて、バズボンド以外の全員も安全に地上に戻したい。そのためには、できるだけ多くの者が自分で歩けて、戦える状態にまで回復させる必要がある。


 何といっても、このダンジョンの魔物の数は異様だ。傷ついた者をかばいながら脱出できるほど、甘いモノではない。


 俺がマジックポーションを飲みまくれば...。しかし、なんだかんだと必要に迫られ、マジックポーションの在庫はそれほど多くはない。とりあえず、できる事から始めていくか。


 俺が一人で深く考え込んでいると、マゼールが『大切なことを忘れていませんか、デニットさん?』と、俺に話しかけてきた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「大切なこと?」


 マゼールが俺に向かって、『私たちは【転移】スキルを持っていることを忘れていませんか⁉戦況を見つつ、バズボンドさんやその部下、そしてゼファーさんが本当に困難な状況に立たされた時に使うつもりでしたが、今がその時ですよ!ここで使わない理由はありませんよ!』と、強く訴えてきた。


 ああ、そうだった...。川沿いダンジョンの中ボス、ビッグオクトパスを倒した際の戦利品として手に入れた【転移】スキルがあったな。すっかり忘れていた...。そうか、これを使えば、怪我人がいようとも一度で全員がダンジョンの1階層まで移動できる。


 しかし、この【転移】スキルは確かに便利だが、まだランクCということもあり、制約も多い。


 ダンジョンでは一気に上下5階層への移動、地上では5kmまでの距離を瞬時に移動するという素晴らしい能力を持っている...。だが、インターバルとして1日が必要で、その期間中は他のスキルを使用することができないという制約がついている。(30話)


 マゼールによれば、【転移】スキルの使いどころの判断が非常に難しかったとのことだ。


【転移】スキルを初めに使えば、バリーやズリー、レバルドを含めたチーム全員で、ゼファーの元にすぐにたどり着けた。


 だが、インターバルには1日を要する。それに加えて、他のスキルが1日間使えないため、【高度先端医療】も使用できない。その結果、インターバル期間中は、バズボンドたちの怪我を治すことが出来ない。


 また、4階層周辺にはチャームを含めた、大量のオークと戦う冒険者一行の姿も見つけた。一気に転移をしてしまうとこの者たちも救えなくなる。


 この為、ギリギリまで【転移】スキルを使う事を俺に勧めなかったと、マゼールは俺に伝えてきた。


 マゼールは、何度もゼファーやバズボンド、それに彼の部下たちの状態を確認した様だ。


『もう、大変だったんですからね!』と、マゼールは俺に言ってきた。


 結果的には、マゼールのおかげで、チャームも救うことができ、【高度先端医療】により、重傷者も救う事が可能となった。


 後は、ズリーたちが到着するのを待ち、皆を一階層に【転移】させるだけだ。


 さあ、それまでの間、俺たちはバズボンドたちを治療して回ろう。ズリーたちが来たら、一旦地上に戻ろう。村の皆に、領主様たちの元気な姿を見せてやりたいしな。


 ダンジョン内は相変わらず、オークたちの唸り声や戦闘の音が響き渡り、一種独特の喧騒が広がっている。


 油断大敵だな...。そう思いながらデニットは気を引き締め、まずはバズボンドの治療に向かったのであった。

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